キリスト教や聖書について、出会った人や本などについて書いています。



王冠1よく読まれた記事王冠1


2016年2月更新

http://ameblo.jp/pastorswife/entry-12124156478.html

  • 17 Dec
    • 今までで一番嬉しかったプレゼント

      アメブロの「お題」があるので、そのお題で投稿します。今までで一番うれしかったプレゼントは、主人と子供たちがお小遣いを出し合って「母の日」や私の誕生日などに、雑貨屋さんで選んでくれたプレゼントです。素敵すぎて使えないから、そのままとってあります。子どもが生まれてから一定期間の育児中は、お世話をしたり、与えたりする一方のような感じですが、みんなで協力してママのことを思い、自分のお小遣いの中から出してくれたんだな、ということがとてもうれしく、成長を感じたことでした。私は「勉強しなさい」とは言いませんが、子供にいくつかのことを言うことがあります。★二つ持っていたら、「一つは誰かのために」と考えなさい。★1日の時間の100%を自分のためだけに使うな。★自分のお金の100%を自分のためだけに使うな。これは大人でも意識しておかないと、通常では自分と家族のためだけに一生を費やしてしまいがちだからです。前回は「990円のジーンズがつくられるのはなぜ?」という記事を投稿しましたが、「分かち合う心を持った子供に成長してほしい」と願っています。だから、今までで一番うれしかったプレゼントは、「自分のお小遣いの中からママのために」と買ってくれたプレゼントでした。高額でなくても、少しでも「他の人のために」と目を向けるようにするには、子供時代から親自身が関心を向けて行かないと、子供の心が勝手に他の人に向くことはないように思います。 「自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。」(新改訳聖書ピリピ人への手紙2章4節)・・・今なら、欲しいものって何だろう・・・?これもアメブロの「お題」ですが。アメブロサンタからのおくりもの2017時間とお金があれば、イスラエルへ行ってみたいです。やっぱりイエス・キリストが歩まれた地を実際に見、実際に歩いてみたい。体力があまり落ちないうちに行けるといいな、と思います。ブログでイスラエルの写真などを紹介するのが夢ですね(^^)このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      NEW!

      33
      1
      テーマ:
  • 15 Dec
    • 「990円のジーンズがつくられるのはなぜ?」

      最近、教会では水曜日の集会で「聖書が取り扱う公義(=社会正義)と社会悪」について学んでいます。個人の悔い改めるべき「罪」とともに、社会的な罪からも救われる必要があることを教えています。「990円のジーンズがつくられるのはなぜ?」私たちの身の回りには100均や「激安商品」などがあり、我が家も「激安」でないと買えないというのもありますが、なぜそういう「激安商品」が売っているのか、考えたことはありますか?「990円のジーンズがつくられるのはなぜ?」という本があり、長女が夏休みの読書感想文のために読みました。安い洋服を作るのに、バングラデシュの女性たちが1か月4000円ほどの賃金で、劣悪な環境で働いているというのです。本の内容 世界の縫製工場といわれるバングラデシュには、世界中のアパレル企業から大量に注文が殺到します。 世界に販売網をもつH&M、GAPも、日本のユニクロにとっても激安商品の供給国なのです。 1カ月4000円ほどで働く女性たちの生活から、グローバル化した世界の現実が見えてきます。 990円のジーンズがつくられるのはなぜ? ファストファッションの工場で起こっていること [ 長田華子 ] 価格:1512円(税込、送料無料) (2017/12/15時点) 「金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです」(第一テモテ6章10節) この世で起こっているあらゆる悪や事件は、多くが金銭に関わる出来事になっています。 不正、ごまかし、詐欺、横領、搾取、汚職、売春、人身売買、政治汚職、強盗、殺人・・・ 日本の豊かな生活の陰に、バングラデシュの貧しい国の人たちの労働力を低賃金で搾取している現実があること。 持っている国が持たない国を奴隷のように扱うこと、また、その現実に気づかず、目を向けない事などを学びました。 通貨社会の私たちは、確かにお金がなければ生きていくことができず、お金を得るために働きます。 けれども、クリスチャンであっても注意しなければなりません。 「ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛を持って自分を刺し通しました。」(第一テモテ6章10節) イスカリオテ・ユダは銀貨30枚でイエスを裏切り、信仰を捨ててしまいました。 「神にも仕え、富にも仕えることはできません」と聖書に書かれている通り、現代の偶像である「富」(アラム語でマモン)には、心を奪われたりしないようにと注意しなければなりません。 このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      45
      4
      1
      テーマ:
  • 14 Dec
    • 「本当に大切なものは、華やかな世の巷にはない」ゴスペルフォーク

      クリスマス礼拝は、今年は12月24日(日)です。クリスマスの4週前から待降節(アドベント)に入り、教会のアドベントクランツのろうそくは、10日の日曜日に2本目のろうそくに火をつけました。街が華やかになるほど、思い出す曲があるのですが、「本当に大切なものは、華やかな世の巷にはない」と歌う、私の父がよくギターで歌っていた曲です。「この喜びが」 1・この喜びが胸にわいたのは それは主イエスと出会った日のこと 富も誉れも色あせて見えた それは主イエスを信じた日のこと 友よ君は何を目当てに 何を求めて歩いてるのか 本当に大切なものは華やかな世の巷にはない 2・私もまた主に出会うまでは むなしいものに憧れていた 本当に大切なものは愛の他ないと知るまでは 主イエスの他に幸いはない 「この喜びが」という曲についてフェイスブックのお友達が調べて下さいました。「これは、スコットランド民謡にフェリス女子大学の教授だった(共立女子聖書学院の讃美指導者)奧山正夫先生が詩を付けられたものです。共立女子聖書学院の同級生にききました。」このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      28
      2
      テーマ:
  • 13 Dec
    • 小さなクリスマス会

      昨日はCちゃん宅へ急きょ、うつ歴10年のMちゃんの運転で、車で1時間半。いつも荒れた日本海を見ながら、おしゃべりしながら向かいます。午前中10時半に集合し、帰宅すると夕方5時前なので、訪問は一日がかりになります。小さなクリスマス会子どものころから施設や養護学校で過ごし、入院や手術を繰り返し、現在、自宅療養中のCちゃん。毎日、外の景色も見えないお部屋の中で、起き上がっても見える景色は変化のない壁だけです。障子から感じられる外の明るさだけが分かります。喜びや楽しみが極端に少ない生活。そんなCちゃんを覚えて、「そうだ、小さなクリスマス会ができたらいいな…。」と思いました。Cちゃんの好きなクッキーなどの焼き菓子を買ってきてCちゃんの家の近くでクリスマスケーキを探し、キャンドルと讃美歌を持参してクリスマスの讃美歌を歌いました。私がクリスマスの紙芝居をして、Mちゃんにはクリスマスのメッセージが書かれたペンの文章を読んでもらいました。「クリスマスのはじまり」 約2千年前、神は私たちを愛し、ひとり子のイエスキリストをこの世に与えて下さいました。 彼は世の救いと平和と希望のためにこの世にきました。これがクリスマスの始まりです。 皆さんイエス様のお誕生をお祝いしましょう!街はクリスマスムード一色になっていますが、主役のはずのイエス・キリストがいないクリスマス。イエス・キリストは立派な宮殿ではなく、家畜小屋で生まれました。初めのクリスマスには、クリスマスケーキもツリーの飾りもなかったんですね。クリスマスには、どうぞお近くの教会でお過ごしください。世が与えるものとは一味違うクリスマスを体験できますように…。今日は午前中に集会があり、私もMちゃんも疲れを覚えていたので「Mちゃんは欠席かなあ・・・」と思っていましたが、ちゃんと出席。Mちゃん、ホントたくましくなったなあ・・・。このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      25
      1
      1
      テーマ:
  • 12 Dec
    • 自宅療養からのSOS

      今日は、元創価学会のおばあちゃんを訪ねる予定でしたが、自宅療養中のCちゃんからSOSのメッセージがあり、うつ歴10年のMちゃんと一緒に車で1時間半のCちゃん宅へ向かいます。自宅で介護して下さっているお母さんが、だんだん年齢を重ね、介護が疲れているみたいです。子どもの頃は抱っこしたりできていたのが、今はおんぶして階段を上り下りするのも大変で、お互いにストレスを感じながら生活している様子。入院中や養護学校にいた頃などは、むしろ家族とも距離があり、良かったのかもしれませんが、ずーっと続く介護に家族が疲れを覚えているよう。そうすると、頼りのお母さんがだんだんCちゃんにつらく当たるようになり、Cちゃんがとても心細い生活をしているようです。私一人では対応が追い付かないので、うつ歴10年のMちゃんと3人でグループLineのメッセージを使い、会話をしています。今日はCちゃんの好きな焼き菓子を買い、クリスマスのお話をして小さなクリスマス会になれば…と思います。クリスマスの讃美歌も歌えるといいな。県内は強風で、時々あられも降っています。Cちゃんの心に聖書のお話が届きますように…。このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      33
      5
      1
      テーマ:
  • 11 Dec
    • 牧師館の水道が止まった、その時!

      先週、牧師館の水道が止まったんですよね。ちょうどエリヤがケリテ川のほとりでカラスに養われたって話を書いていた頃かな。エリヤは飲み水だった川がかれてしまったけど、我が家では水道が止まるという事態に。お風呂も台所も水が出なくなるって、築40年の建物なので、2年に1回くらいあります。過去には洗濯をコインランドリーで、お風呂を銭湯で…ってなると、すごく出費がかさんで「この生活はいつまで・・・?」ってなったことがありました。 そんな時、私たちはすぐに業者を呼ばず、まずは連絡するところが…。うつ歴10年のMちゃんの旦那さん(クリスチャンホーム育ち)です。旦那さんは、集会にはあまり積極的な方でなく、聖会などもできれば避けたいようなタイプでして^^;「信仰、信仰」って言わないし、そんな感じが正直あまりしません。けれど、教会の会計を任されたり、器用なので修繕や音響などのことをしてくれています。その日も「ブレーカー落ちてないのに、水が出ない!」とLineのメッセージで連絡。すぐに電話がかかってきて、主人と話をしていましたが、旦那さんが来てくれることに…。時間はすでに夜の10時を回っていましたが、「教会へ行ってくる。」とMちゃんに連絡を残し、来てくれました。「一家に一台」的な旦那さんは、すぐにリセットボタンを見つけ、水が出るようにしてくれました。(ホっ(^^)すごいなあ、旦那さん。仕事が終わって、帰ってゆっくりしていたところ、教会の事のために車を30分走らせ、作業が30分くらい、帰りにまた30分。一旦、教会を出てから、言い残した注意事項を伝えるためにすぐまた戻ってきて、注意事項を私たちに伝え、帰って行きました。「神様、神様」「信仰、信仰」とは言わないタイプですが、確かに教会の事を気にかけ、大事に思ってくれている。それは見てたら分かります。重要な場面ではMちゃんと一緒にお祈りをすることもあり、Mちゃんが落ち込んでいるような時には「空の鳥を見なさい。」など、さりげなく適切な聖書の言葉が飛び出すこともあるそうです。仕事がきつくて、いつも疲れてる感じですが、会社でも後輩に慕われ、教会でも信頼されている旦那さん。ご家庭やお仕事の守りと祝福がありますように、私たちもいつも覚えています。このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      28
      1
      1
      テーマ:
  • 10 Dec
    • 「かめの粉は尽きず、つぼの油はなくならない」

      預言者エリヤがカラスに養われた後、次は「シドンのツァレファテに行き、そこに住め」と神様からの言葉がありました。この箇所も「預言者エリヤ」の有名なエピソードですが「!(びっくりマーク)」がつくようなところがたくさんあります。「ひとりのやもめに命じて、あなたを養うようにしている」カラスに養われた後、ケリテ川の水がかれてしまい、エリヤは死活問題に当たります。水が飲めなくなってしまったのですから。エリヤからしたら「神様、川の水がかれる前に次の指示だしてよ^^;」と思ったかもしれません。でも、これが神様の方法であり、導きなのだと思います。ギリギリのところで次の指示が出る。その次の指示というのが「ツァレファテに行き、そこに住め。そこのひとりのやもめに命じて、あなたを養うようにしている。」(第一列王記17章9節)というものでした。!「やもめ」なのか!「やもめ」って、日常会話ではあまり使われない言葉だと思いますが、「夫と死別または離別し、再婚していない女性」のことです。エリヤを養う人として選ばれたのが、身分の高い人や裕福で食べ物が有り余る人ではなく「やもめ」であったことが1つめの「びっくり!」。!死のうとしていたのか!ツァレファテの門につくと、ちょうど「やもめ」がいたので、エリヤは「水差しにほんの少しの水」と「一口のパン」を要求します。けれども、養ってくれるはずのやもめは「パンを持っていない。」と。ただ、かめの中に一握りの粉と、つぼにほんの少しの油があるだけだと言います。さらに今から最後の食事をし、「息子と一緒に死のうとしている」のだと・・・。養ってくれるはずの「やもめ」は、貧しい「やもめ」であるばかりでなく、もう今にも死のうと思っている人だったとは!エリヤはびっくりしたことでしょうね。このやもめを神様が選ばれるとは…。!まず「私」なのか!状況を掴んだエリヤは、彼女にこのように答えます。 「恐れてはいけません。行って、あなたが言ったようにしなさい。しかし、まず、私のためにそれで小さなパン菓子を作り、私のところに持って来なさい。それから後に、あなたとあなたの子どものために作りなさい。」(第一列王記17章13節)「しかし、まず、私のために・・・」って、この状況で「おい^^;」って感じですよね。「まず『私』なんかーいっ!」って、ツッコミたくなります。これまたびっくりですよね。でも、そのように言ってのけることができたその理由として、イスラエルの神が「そのかめの粉は尽きず、そのつぼの油はなくならない。」と言われたからなんですね。いずれ死のうとしていたとはいえ、最後の食べ物を神の人に差し出すには、やもめも一大決心が必要だったことでしょう。!他にも家族がいたのか!「息子と死のうとしていた」という「やもめ」は、息子と二人暮らしのイメージだったのですが、「彼女と彼(エリヤ)、および彼女の家族も、長い間それを食べた。」(15節)という箇所に目が留まりました。他の箇所だと「彼女の息子(son)」と書いているのに対して、ここでは「彼女の家族(family)」と書かれていて、定かではないですが他にも家族がいた可能性を表していると思います。エリヤにとっても、やもめにとっても生きるか死ぬかという「サバイバル状態」での出来事。そんな中、エリヤは「主の言葉の通りに行い」、やもめは「エリヤの言葉のとおりに」しました。信仰と実生活は「別物」と思われやすいですが、聖書はこうして「信仰と実生活は同一線上」にあることを教えているように思います。実生活の中で神に信頼していく中で、保険や預金通帳が私たちを守ってくれるものではなく、「なぜだかわからないけど、神様がしてくれた業」である「かめの粉は尽きず、つぼの油はなくならない」というような経験をすることがあります。川の水がかれた時、死ぬ直前のやもめに出会った時というのがエリヤにとって、「真の神が生きておられる」ことを頭の中での理解ではなく、実生活における生き生きとした経験として持つきっかけとなったのです。「ピンチはチャンス」という言葉は、目に見えない神様がおられることを知るために、信仰と現実の生活にも言える言葉だと思います。このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      42
      1
      1
      テーマ:
  • 08 Dec
    • 少年院でのクリスマス会「光は闇の中に輝いている」

      今日は珍しく午前中から頭痛があり、いまいちな体調で少年院へ向かいました。最近、疲れすぎのサインは「頭痛」です。とほほ。11時半に集合し、12時着、1時間の準備をして午後1時から開始のクリスマス会でした。早速「今日の少年院、どうでしたか?」とメッセージをいただき、覚えて下さった皆さんに感謝です。今日は26人の少年たちへお菓子やケーキを用意し、教会員の賛美、みんなで一緒にゲームをしたり聖書のお話を聞いたりしながら過ごす時間が与えられました。職員、教会員合わせて50数人の会となりました。私の向かいと両隣にも少年たちが座り、いろいろお話することができましたよ。…と言っても「何をしてここの少年院へ来ることになったのか?」とか、「出身は?」といった質問はしないように言われているので、無難な話題を探すのに結構、神経を遣います。「家に帰ったら真っ先に食べたいものってなあに?」と聞いてみると、元気いっぱい答えてくれたのは、「白米!」・・・なんか意外な感じがしましたが、少年院ではいつも「麦ごはん」を食べているため、お正月に一度しか白米は出ないので、白米が食べたいそうです。他には「(入所前は)お菓子ばっかり食べて生活していた」と言う少年は、「ここに来てから、めっちゃ筋肉ついたんっすよ!」とさわやかな笑顔で話してくれました。栄養バランスのとれた食事をし、運動することでもれなく少年たちは健康的になってるみたいです。今日の少年院クリスマス会の様子「救い主は待っておられる」教会員の特別賛美として、毎年「救い主は待っておられる」を賛美しています。神様が待っておられることを少年たちが思い出してくれたらいいなあ…。「救い主は待っておられる」歌詞はこちら。「光は闇の中に輝いている」私は今日はピアノ奏楽のご奉仕でしたが、キャンドルサービスでろうそくに灯をともした後、電気を消したらホントに真っ暗になってしまい、楽譜も鍵盤も見えなくなって慌てました^^;ろうそくの火を近くに持ってきたら楽譜が見えるように…。周りが暗ければ暗いほど、闇が深ければ深いほど、小さなろうそくの灯りがとってもあたたかく、ありがたいものだと感じました。闇があるから光がわかり、その光が素晴らしいものだと分かります。少年院の少年たちはどんな過去を持っているのか私たちにはわかりませんが、今日のろうそくの灯りの思い出と共に、いつの日か教会へ心を向け、足を運んでくれる日が来るといいな、と願っています。少年院のクリスマスを覚えて支援して下さった皆さんに感謝いたします。来週から順次、記載住所宛にサンキューカードをお送りさせていただく予定です。このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      46
      1
      テーマ:
  • 07 Dec
    • 預言者エリヤはカラスに養われた

      昨日は「とっておきのクリスマス」が無事行われ、小学校で一緒に役員をしていたお母さんなど、普段は教会に来ていない方々も多数集われました。息子が小学校の間くらいしか、このような交流はないと思うので、今声をかけられている役員、来年は執行部やらないといけないかなあ…と思案中です。「わたしは烏に、そこであなたを養うように命じた」先日、婚活支援者との話の中で、「40代後半の男性で年収400万は少ないのか?」って話になり、その方が「普通の人は意外と気にするから、一般感覚を知っておいた方がいいよ。」と言って、このサイトを教えてくれました。平均年収ランキング2017私は牧師家庭に育ち、現在も牧師の家庭なので、確かに一般感覚とは違うのだと思います。牧師の平均年収は280万と言われ、これで見ると20歳男性の平均に満たず、大卒1年目の23歳女性の年収にあたります。それで家族4人とか5人で生活している場合が多いです。牧師のほか、他の学生伝道の働きやキリスト教関連の職種なら、あまり変わらないかもしれません。「牧師の年収」と言っても、地域や教団、教会によっても格差があります。その話はまたの機会に…。牧師の家庭って「意外と関心の的なんだな」と思うときがあるのは、「神に従っていった結果、この人たちはどんな生活をしているんだろう?」と思われていると感じるんですね。牧師の妻としては、やはり大変な事もあり、日々、サバイバル感満載だけど、基本は「やっぱり祝福だ」「今日も守られた」と実感しながら過ごすことができて感謝に思っています。なぜなら、ケリテ川のほとりでカラスに養われた預言者エリヤのような体験をリアルに経験することがあるからです。 「ここを去って東へ向かい、ヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに身を隠せ。そして、その川の水を飲まなければならない。わたしは烏に、そこであなたを養うように命じた。」新改訳聖書第一列王記17章3~4節ケリテ川付近の地図発見。画像出典中央の「ヨルダン川」の右側が「ギルアデ」、左側が「神の約束の地、カナンの地、イスラエル」ということになります。この「ヨルダン川」を超えてイスラエルの民は「出エジプト」から40年を経て「約束の地」へ渡って行ったんですね。「カラス」って頭のいい鳥らしく、いじめたりすると人の顔を覚えて攻撃したりもするらしいです。また、とても貪欲なので「分け与える」ということがほとんど見られないようで、そんなカラスがエリヤを養うようにというのは、本当に神様がなさる業としか考えられないようにするためだったのだと思います。荒野で過ごし、ただカラスが運んでくるパンと肉が頼りの生活。「荒野」というのは、確かに神様にしか頼ることのできない場所で、まったくもって人を介さず、ただ神と自分自身とのつながりによってしか生きられない場所です。荒野のような状況の時、人は神様と出会い、深い信頼で繋がることがあります。何も問題がなく満たされている状況の時、人は神様を必要とはせず、神に求めることをしません。「牧師の家庭」というのも、いろいろな場面で試されることもあるけれども、節約や我慢、ただ耐えるだけの生活なのではなくて、「神様ってすごい!」「神様の御言葉は本当なんだ!」ってわくわくしながら体験していける生活でもあるんですね。だから私はこの「エリヤがカラスに養われた」って箇所が大好き。牧師の奥さん方は、こういうことをそれぞれに経験されていて、「子供のコートがない。コートを買うお金がない。・・・神様!!」と叫んだ時に、「今朝、神様に示されてきました。お子さんのコートのために・・・」と、ぴったりその日、祈った直後に献金を持ってきてくれた人の話などを聞きました。いつか牧師の奥さん方のエピソードをまとめた証集を書きたいな、と願っていますが、いつになるかな・・・。今日も神様とともに、わくわくと過ごす一日でありますように…。このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      47
      1
      2
      テーマ:
  • 06 Dec
    • 「とっておきのクリスマス」

      今日は10時半から、教会のクリスマス委員と女性会の皆さんが中心になって準備した「とっておきのクリスマス」があります。クリスマス委員が考えたネーミングも素敵♪コストコでドイツのクリスマス菓子「シュトーレン」を買ってくる!と言っていたので、今日はそれも楽しみ。10数年ぶりに教会へ2年前くらいだったか、「ブログを読んだ」という方からメッセージをいただき、「長年、教会から離れているので復帰したい。」と。「それは嬉しい!」と思いましたが、久しぶりの教会は敷居が高かったのか、なかなか「行けた」という報告がない。「もう行くのやめちゃったのかなあ・・・」と思いつつ、ここ2年くらいフェイスブックで投稿を見守っていました。先日、「10数年ぶりに教会へ行った」という写真付き投稿を発見。翌週は「寝坊して行けなかった」という投稿^^;いろいろな思いがあったことと思いますが、まずは一回、クリスマス前に復帰できたこと、本当に嬉しく感謝でした。クリスマスは教会へ思いが向きやすく、教会でもいろいろなプログラムを用意していることと思います。初めて教会へ足を運ぶ方、教会に久しぶりに行ってみようかな、という方が起こされますように…。このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      32
      5
      テーマ:
  • 05 Dec
    • 預言者エリヤの出身地「ギルアデ」ティシュベ人エリヤ

      今日は金曜日の少年院クリスマス会のために、ミカンを2箱買いにイオンへ。「火曜市」なら少し安く買えるかと思って( ´艸`)今日の石川県内はパラパラとあられが降って、時折、強風が激しく、一時、電車も止まったようです。午後は一件、クリスチャン同士のお見合いに立ち会い。クリスチャンのお母さんから「もうクリスチャンの枠を外したら?」と言われていた女性でしたが、「初めから足並みがそろわないと分かっている人と結婚して不要な重荷を負いたくない。」と苦悩しながら前に進んできました。・・・ひょっとしたら、このお見合い「決まるんじゃないか?」という予感がしてます。ギルアデのティシュベの出のティシュベ人エリヤ聖書を読んでも、地名とかあまり関心がなく、歴史も地理も全く興味なしでした。今回、「うつ」の話題から「預言者エリヤ」を思い出し、読み返してみたら「なんとワクワクする箇所なんだ!」と夢中になっています。 ギルアデのティシュベの出のティシュベ人エリヤはアハブに言った。 「私の仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。私のことばによらなければ、ここ二、三年の間は露も雨も降らないであろう。」 第一列王記17章1節第一列王記16章でイスラエルの王となった「オムリの子アハブ」は、「彼以前のだれよりも主の目の前に悪を行った。」と書かれています。彼は「イゼベル」と結婚し、「バアルに仕え、それを拝んだ。」「バアルの宮に、バアルのために祭壇を築いた。」「アシェラ像も造った。」「ますますイスラエルの神、主の怒りを引き起こすようなことを行った。」と書かれています。彼の妻「イゼベル」は聖書の中の「三大悪妻」としても有名で、他に名前が挙げられているのはヨブ記の「ヨブの妻」、新約聖書の「ヘロデの妻」です。列王記の中でも、イスラエルの神(聖書に出てくる創造主なる神)から離れ、主の怒りを引き起こすきっかけとなっているのは「偶像礼拝を持ち込むようになった結婚」です。イゼベルの食卓につくバアルの預言者は450人、アシェラの預言者は400人、主の預言者たちはイゼベルによって殺され、他の預言者たちはオバデヤによってかくまわれて洞穴に隠れていました。イスラエルの中でさえ信仰が見られなくなった時代、預言者エリヤは突如「アハブ王」の前に立ち、冒頭の言葉を告げたのです。「私の仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。」と。預言者エリヤの出身地「ギルアデ」「ギルアデ」って、こんなとこみたいです。画像出典;wikipedia「ギルアデ」は、神が約束の地として与えようとされた「カナン」の目の前にあったそうです。エリヤの先祖たちは、「神の約束の地」に入ることを拒み、それよりも目の前の「ギルアデ」に住むことを選び取った人たちです。なぜなら「ギルアデ」は家畜のために良い土地だったから。「神の約束」より「生活を守ることを選んだ」ことについて、民数記32章ではモーセが彼らを叱責した話が出ています。神の約束の地に入らず、入ろうとしなかった「不信仰な人たち」が住んでいた場所、それが「ギルアデの地」でした。でも、これって物々交換や狩猟の時代ではなく、貨幣通貨時代の現代も同じだな、と思います。「まずは生活が守られないと…。」と考えるのが一般的だし、現実問題その通りです。でも、神様は信仰によって「神の約束の地」を選んでほしかったに違いない。「ギルアデ」とは、現実の生活と神の約束、神の祝福との「選択」を意味する土地と言えます。預言者エリヤは、そのような人々が暮らす土地から出た、ギルアデ出身の預言者だったのです。このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      21
      テーマ:
  • 04 Dec
    • 少年院でのクリスマス会があります

      今週は水曜日午前中10時半からお昼にかけて、平日のクリスマス集会「とっておきのクリスマス」があります。今年は各集会のクリスマス委員が、本の朗読や独唱などのプログラムを考え、お昼はサンドイッチなどの軽食で来会者をおもてなしします。昨年まで小学校の役員をしていた時のお友達が来てくれると連絡があり、嬉しいです。昨年の少年院クリスマス会金曜日は金沢市内の少年院を訪問し、クリスマス会が行われます。牧師が聖書のお話をし、讃美歌を歌ったり、ケーキを食べたりして過ごします。讃美歌を歌ったり、聖書のお話を聞くのが「初めて」と言う子も少なくありません。わたしはピアノの奏楽担当です。教会ではこの日のために「1口100円献金」を集めて、少年たちが普段食べられないお菓子やケーキを準備します。現状、私たちの教会1教会で担っているので、もしもサポートして下さる方がいらっしゃいましたら下記のページから1口500円~献金のサポートができます。少年院クリスマス献金受付はこちら今年も昨年同様、60人分のお菓子やキャンドルなどを用意します。わたしはみかん2箱購入担当です。昨年は重荷を持ってケーキの差し入れをしてくださった方がいらっしゃり、ヤマザキのクリスマスケーキがとてもおいしかったです。わたしは一時期「少年院の先生になりたかった」時期があったので、学生時代に慰問に行ったり、今でも教会の働きを通して少年院との関わりがあることは本当に不思議です。少年たちとお話しできる機会があることは、私にとっては本当に喜びです。このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      48
      1
      テーマ:
    • コストコのオーナメントチョコ&子供クリスマス「リッツパーティー」

      昨日は子供クリスマス会で「リッツパーティー」をしました。今回はCGC商品のクラッカーを使用。ハムやチーズ、フルーツなどを思い思いにトッピングして食べます。昨日は中学生と高校生の娘が「子供会の司会者デビュー」を果たしました。台本を私が作成し、読めばOKなようにして準備し、まずは初めての司会者経験。学校では何度か経験していると思いますし、お手伝いしてくれたことがとてもうれしかったです。今日(月)から娘たちは試験ですが、子供会の時間は目いっぱい子供たちと遊び、その後、勉強していました。プログラムの中で、ツリーにコストコのチョコレートオーナメントをつける時間もあり、「24日(日)に来てくれたおともだちがもらえるよ♪」という企画にしました。今週は、水曜日の平日午前のクリスマス会と、金曜日の少年院でのクリスマス会が予定されています。このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      23
      9
      テーマ:
  • 03 Dec
    • 預言者エリヤ「死を見ることなく天に上げられた人」

      先日、金曜日に中学生たちを連れて石川県聖書教会連盟「内灘聖書教会」へ行ったとき、喫茶室に「Ministry(キリスト新聞社の雑誌)が置いてありますよ。」と教えられました。聞くと、個人で購入された方が、「クリスチャンの結婚」特集内で私がインタビューに答えた記事にしおりをつけて、自由に読めるように置いてくださっているとのこと。嬉しく思いました。死を見ることなく天に上げられた人うつ歴10年のMちゃんの証から「預言者エリヤ」の箇所を思い出したのですが、Mちゃんも鬱で苦しんでいた当時、エリヤの箇所に導かれ「まだ死んではいけないんだ。」と教えられて証をしたそうです。預言者エリヤの時代背景やその働きについての箇所は読んでいましたが、今回、改めて読み返してみると、すごくドラマチックな激動の人生だったんだな、と思います。また、エリヤは聖書の中に出てくる「死を見ることなく天に上げられた人」2人のうちの一人というのは、特に特記すべきことのように思われます。一人は「エノク」(始まりという意味)アダムとエバの息子「カイン」の息子も「エノク」で町にその名前が付けられたことも記されていますが、創世記5章21節から出てくる「エノク」は、ヤレドの子であるエノク。65歳でメトシェラ(子)が生まれた後、300年生きました。 「エノクは神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった。」新改訳聖書 創世記5章24節このエノクはノアの曽祖父にあたります。二人目が「預言者エリヤ」エリヤが天に上げられた様子は、以下の通りです。 「こうして、彼らがなお進みながら話していると、なんと、一台の火の戦車と火の馬とが現れ、このふたりの間を分け隔て、エリヤは、たつまきに乗って天へ上って行った。」新改訳聖書 第二列王記2章11節最近は「エリヤ」の箇所を興味深く読んでいます。今日は日曜日。各地の教会の上に祝福がありますように…。今日は午後1時半から、私たちの教会では子ども会があります。このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      30
      1
      テーマ:
  • 30 Nov
    • 預言者エリヤも「うつ」になった!?

      うつ歴10年のMちゃんの証を掲載してから、旧約聖書の「預言者エリヤ」を思い出しました。エリヤは神様から特別に選ばれた器として、不信仰な人々と偶像礼拝にあふれた社会に対して、北イスラエルの王様「アハブ王」に対して神様からのメッセージを伝えた「預言者」です。『エリヤ』とは、ヘブル語で「わが神はエホバ(主)なり」「ヤハウェは我が神なり」という意味です。エリヤについて有名な話(第一列王記17章~)はいくつかあります。・ケリテ川のほとりでカラスがパンと肉を運んできて養われる(3節~)・ツァレファテのやもめに養われる(壺の油がなくならず、かめの粉が尽きなかった)(8節~)・やもめの息子が生き返る(17節~)・バアルの預言者450人との対決(18章)・イゼベルに殺されることを恐れ、弱り、死を願う(19章1節~)・ホレブの山で主と語り合う(19章8節~)・ナボテのぶどう畑の出来事を通して、再び預言者としてアハブ王の前に立つ(21章)・エリヤは死を見ることなく、たつまきに乗って天へ上がって行った(第二列王記2章)アハブ王もイスラエルの民も積極的に「バアル」の神を拝んでいた時代、エリヤが真の神につき従うことは危険であり、命がけの事でした。しかし、人数にも状況にも屈せず、バアルの預言者と450対1の戦いに勝ったのです。死を願ったエリヤ大きな任務を果たしたエリヤは、疲れ果て、その後イスラエルの民たちの大した変化が見られなかったことに失望し、アハブ王の妻「イゼベル」からいのちを狙われていることを非常に恐れました。この時エリヤは「自分の死を願って言った。」と書かれています。「主よ、もう十分です。私のいのちを取って下さい。私は先祖たちにまさっていませんから。」(第一列王記19章4節)この時、エリヤは大きなことをなし終えて「燃え尽き症候群(バーンアウト)」であったか、もしくは死を願うほどの「重度のうつ」だったのではないかと思います。私は何度か軽度~中程度のうつを経験したことがありますが、「死を願った」ことはなかったので、中程度どまりだったと思います。それでも、どうにも力が湧いてこなくて、通常の生活に支障があるくらいでした。通常できていた日常の「普通の事」を普通にできる力も気力も失ってしまうのが「うつ」です。なので、よく周りからは「怠けている」と思われがちなのですが、何もしなくても心と精神、脳が非常に疲れた状態になるので、激しい疲労感に襲われます。「なんとかしなきゃ」と思うのですが、どうにも自分の力では這い上がれない状態になっているので、焦ったり、達成感や充実感のない毎日を過ごします。「死を願うようになる」というのも、重度のうつの症状の一つなので、信仰を持っていてもエリヤのように「死を願うような重度のうつ」にもなり得ます。「起きて、食べなさい。」すっかり弱ってしまったエリヤに対し、御使いは「あなたの信仰はどうした?信仰が弱いからだ!」などとは言わず、横になって眠っているエリヤにさわって、ただ一言、「起きて、食べなさい。」と言われました。焼いたパン菓子と水を飲んでまた横になると、主の使いがもう一度、「起きて、食べなさい。旅はまだ遠いのだから。」と言われました。「食べられない。」「眠れない。」という場合、まずは服薬を持ってしてでも最低限の体力を回復させなければなりません。教会は弱っている人に対して「信仰が弱いから」とか「悪霊につかれているから」などと簡単に言ってはいけないと思います。弱っている方がますます傷ついてしまうからです。食べること、寝ることができていないと、極度の疲労感のために死にたくもなるのだと思います。だから、自殺防止の働きをしている人は、まず「食べさせて、落ち着かせること」と言います。医療の分野、精神科の分野、信仰や教会の分野、いろいろありますが、まずもっての基本は御使いがしたように「食べるように勧め、休ませ、正常な判断ができるようになる体力と気力を回復させる」ということが大事なんじゃないかと考えています。なので、私はできる限り、元気な人も弱っている人も「一緒に食べる」ことを大事にしたいと考えています。日曜日のお昼や、教会の集会の時など、機会があれば一緒に食べる企画を考えたりするのが好きです。料理が得意とは言えませんが、何でもいいからとにかく一緒に食べることが大事。うつ歴10年のMちゃんは日中時間があるので、長期入院、自宅療養している方のお見舞いに行く時などに、よく一緒に食事をします。最近は日曜日の教会のお昼のメニューが「うどん」から「ラーメン」に変わっただけで、大人も子供も「テンションあがる~♪」と喜んでいて、自然に笑顔になります。食べて元気をつけること、大事です。このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      43
      8
      1
      テーマ:
  • 29 Nov
    • うつ歴10年のMちゃんが輝いている理由・その2

      昨日、小学生の息子が置きっぱなしにしていた食パンを発見。「もぉ!こんなところに置きっぱなしにして!」と言いながら、片付けがてら一口食べる。大体片づけながら食べるので、体重が減らない…。一口食べて…「まずっ!!」マーガリンに三温糖のイメージで食べたのですが、ものすごく激まず。私は食べ物に対してほとんど「まずい」とは言わないですが、すごい味だったんです。そこで息子を呼んで、「なんなの、これ?」と聞いてみると、チャレンジャーな息子が作った「ポン酢&こしょう」だと。「ポン酢はうまいが、パンには合わないことが分かった。」と息子。チャレンジャーすぎるっ!さて、うつ歴10年のMちゃんが輝いている理由、前回の記事の続きです。ここから ↓私は心配事がある時こそ、礼拝に出て聖書にある人生の導きに耳を傾け、神様が下さっている全き愛と平安にどっぷり身をつけておくことをお勧めします。今の私になんの不安もないかといえば、そうでもありません。不安や心配事は「恐れ」で、それらを野放しにしたくありません。もっと悪い事態にならないよう心に留めているうちに、そのことばかり考え逆に囚人のように「恐れ」に囚われてしまいます。先ほどとは逆の、負の循環に嵌ってしまいます。そうならないうちに、心配事は神様の下へ持っていくよう心がけています。実際「あなたがたのうち誰が心配したからと言って命を延ばすことができますか」と聖書にある通り、私たちに人の命の長さを変えたり心配事を劇的に解決する力など与えられていません。神様が与えてくださったのは自由意志と愛と十字架の贖い。その自由意思で心配事を神様に委ねる意思決定をしていきたいと願っています。↑ ここまでMちゃんは、独身時代などは「体調が悪い」と言って、礼拝に来れるような「良い状態」はほとんどなく、礼拝を休みがちでした。「体調が悪い」というのは、体調だけでなく、気分や精神的なもの、霊的なものを含んでいると思います。Mちゃんはクリスチャンの男性と結婚し、クリスチャンホームに育った旦那さんが少々のことでは礼拝を休まない姿に学び、徐々に礼拝出席率が上がり、今では欠席することがほとんどないという感じでここ数年来ています。以前はよく教会の人から「Mちゃんは体が弱いんだから、奉仕などの無理はさせないで。」と言われました。けれど、私は自分のうつの経験からも確信を持っていました。・神を礼拝し、信仰生活の中で過ごすこと・自分の事だけでなく、他の人の事に心を向け、神様の御用のために、他の人のために奉仕することこのようにしていくことで、うつは悪化するのではなく、改善していくと。なぜなら神が人間をそのようにお造りになられたので、本来の希望や喜び、平安が戻ってくるからです。これは私も経験しているし、がっつり10年うつ歴があるMちゃんが生きた証人になっていると思います。ただし、そこに至るまでには、ある程度の最低ラインまでの回復が必要であることや、急には無理があるので、プロセスを踏みながら時間をかけること、聖書を一緒に学びながら共に信仰的な成長を目指すことなどが重要なカギとなったのだと思います。このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      42
      6
      1
      テーマ:
  • 28 Nov
    • うつ歴10年のMちゃんが輝いている理由・その1

      「発達障害セミナー」の記事にたくさんのコメントをいただきました。看護師さんのコメントをきっかけに、「教会と医療」について皆さんの意見が交わされています。私はよほど心と時間にゆとりのある時しか返信しなくなっていますが、コメントを通してもいろいろ考えさせられています。返信していない理由は、主に時間的なことと、エネルギーと神経を使うので失礼させていただいています。脳性小児麻痺と強迫性障害を持つMちゃんから、「看護師さんに伝えてほしい」と言われたコメントを預かりましたので、関心のある方はコメント欄もお読みください。先日の「女性修養会」で「うつ歴10年のMちゃん」が皆さんの前で証をしました。私は独唱のピアノで、Mちゃんは証の準備でお互いに数週間「緊張する~!」と言いながら過ごしました。病気のオンパレードだったMちゃんが、だんだん元気になり、今では「この教会の牧師夫人はMちゃんではないか?」と思うほど、弱さは抱えながらですがパワフルに奉仕をしています。女性修養会の時の文章をMちゃんに頂き、2回に分けてお届けします。病気・入院・うつを通って私は、幼少期は肉体的な弱さに悩み、思春期からは精神的な病に悩まされてきました。4歳ごろ副腎に腫瘍が見つかり腎臓の摘出手術。小学生時代前半は定期検診のため頻繁な通院・検査。虚弱体質でした。中学生時代は自律神経失調症、高校生時代後半は過敏性腸症候群で、トイレと教室と保健室を行ったり来たりという日々でした。大学生のとき胃腸炎をきっかけにうつ病を発症。精神科の入退院を繰り返しながらなんとか大学を卒業し、その後進学した短大も正社員になった職場でもうつ。結婚・妊娠のめぐみの中でもマタニティブルーからのうつ・パニック障害。そのような泥沼の中から始まった育児はすさまじく辛く、母親でありながらいったん戦線離脱し精神科に入院するほどでした。どうでしょう、病気のデパートのようです。もしこれが他人の人生だったら、『かわいそう!』と憐みたくなります。いま子どもは6歳でやや落ち着き、私の症状も落ち着いています。今日は、私がどのようにして平安を取り戻したかをお話ししたいと思います。これまで私はベテスダの池にずっといた盲人のように自己憐憫でいっぱいで、自分のことにばかり気を取られていました。そして悩んでいるわりに積極的解決を求めていませんでした。多くの人は環境の変化を恐れるのではないでしょうか。良い変化だとしても新しい環境に身を置くことを躊躇してしまいがちです。進学、就職、結婚、転勤、引っ越し、病気の手術…。今のままの環境にいた方が、何も重要な決断や覚悟をすることなく心身の疲労を感じなくて済むからです。また「私には大きな心配事があるから、ほかの人に気を配ったり奉仕をする余裕などない」と考えていました。しかし神様は私の目が自分自身でなく、周りを見るように変え始められたのです。去年私に迫ってきた御言葉はルカ22:32「しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」長い間信仰の先輩方が私のためにお祈りくださいました。だから私の信仰は弱くなっても無くなることはなく、本当に祈りの力と神様の憐みだと感謝しています。そして御言葉どおり私を立ち直らせるため、神様は私の関心を外側へ向け始めました。きっかけは牧師夫人に誘われ長期間病気で入院している方のお見舞いに行ったり、精神的な病で苦しむ方とたびたび語り合ったことです。不思議なことに語り合うたび私が慰められる感じがしました。自分の病気の体験談を語ると、自分の人生の棚卸しをしているようなのです。私にとって振り返りたくもない辛い過去は、自分の奥にぐちゃぐちゃに積み上がっていました。過去の辛かったエピソードと一つ一つ正面から向き合い、その時の心理状況をもう一度心で辿って『ああ!この時このことが辛かったんです!』と正直に神様に伝えると、『ああ、ほんとうにあの時よく頑張ったね』と神様がおっしゃっているような気がしました。そうすると今までぐちゃぐちゃだったエピソードに題名がついたようにラベルが貼られ、きちんとした箱に納められ、整然とした思い出になっていく気がしました。このように外側へ関心を向けると慰められ、慰められてまた外側へ向かうことができるという不思議な循環が始まりました。御言葉のように私が病気の方を力づけることができているのかはわかりませんが、自分の問題は山積みなのに、問題が気にならなくなっていきました。どうしようかなと立ち止まるのでなく、抱えている重荷を自分の手から放して神様にゆだね、たとえ未解決のままでも神様による解決を信じて奉仕していると、ふさぎ込んでいる心の景色がゆっくり変わっていく体験でした。・・・続きを読むこのブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      39
      4
      1
      テーマ:
  • 27 Nov
    • 「踏み絵」展示を見てきました

      日曜日は朝のお茶の用意から始まって、教会学校、会計の事、礼拝、午後に聖歌隊の練習があって、最近は「うどん」からメニューが「ラーメン」に変わったお昼を食べ、来週のクリスマス子ども会の指示をプリントで配布してから近隣の教会へ向かいました。車で20分ほどの日本同盟キリスト教団「白山めぐみ教会」。「踏み絵」の展示があるというので、行ってきました。遅れて行ったので、ちょうど「ゴスペルフラ」をしているところでしたが、「踏み絵」の展示見学には間に合いました。牧師先生が「前の席の方から、順番にどうぞ。」と言われたのですが、踏み絵が使われた当時も同じように「順番に並んで踏め!」と言われたんだろうな、と思うと、その時点で胸がいっぱいになりました。別の教会の牧師夫人であることにも構わず、ダッシュで駆け寄り、3番目に列につきました。立派なケースに入っていて、触るのも、写真撮影もOKでした。本当に「展示」のみの会で、何の説明もなし。けれど、今年は映画で「沈黙」を見たこともあり、一信徒の家から発見されたという実際の「踏み絵」を前に、言葉に出来ない思いが湧き上がりました。順番を待っている人がいたので、じきに離れましたが、いつまでも見ていたい思いがしました。説明はなかったのですが、ちょうど近くに金沢市の「ギャラリー・ジュスト(高山右近資料館)」館長さんがいらしたので、しばらくお話しできました。一生懸命、踏み絵の周りについている石の数を数えていらっしゃいましたが、「あの石、何か意味があるのですか?」と尋ねると、「ロザリオの珠の数と同じではないか。」とのことでした。ロザリオは、日本の「数珠」みたいな、十字架が付いた数珠やネックレスのようなものです。一つずつに「主の祈り」などの意味があり、珠の数を数えながら唱えるもののようです。画像出典;wikipedia絵の感じから、「イエズス会」ではなく、「フランシスコ会」の絵がモチーフになっているのだろうとのことでした。周りの人たちから「あなたなら踏み絵を踏みますか?」などの会話が聞こえてきましたが、本当に残酷な時代があったものだな、と思います。ローマの迫害もひどい話がたくさん残っていますが、日本での迫害の時代の殉教者の数はローマ以上ではなかったかと思います。「踏み絵を踏めば命が助かる」「信仰を選び、踏み絵を踏まなければ殺される」という二択を迫られた時代。「踏み絵を踏みますか?踏みませんか?」ではなく、そういう時代があってはならないのだと考えさせられました。「踏絵」(ふみえ)と「絵踏」(えぶみ)の違いちなみに「踏絵」(ふみえ)とは、それに使った「道具」であることに対して、「絵踏」(えぶみ)は江戸幕府がキリスト教徒を見つけるための「行為」を表す言葉として違いがあります。このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      32
      5
      2
      テーマ:
  • 25 Nov
    • 大人の発達障害セミナーに参加してきました

      昨日は女性修養会の疲れが残る中、「大人の発達障害」についてのセミナーに参加してきました。以前はADHD(注意欠陥・多動性障害)は子供特有のものとみなされていましたが、現在では大人になってから診断されるケースが非常に増えてきています。教会においても、独身クリスチャンにおいても「発達障害」の人の割合が増え、診断されていなくてもその傾向のある方などもいらっしゃいます。私自身も、ADHDの特徴などを聞くと、自分にあてはまることがあるような気がしています。・片付けができない・自分が思ったよりも時間に遅れがち・思ったより多くの事が出来ない・自分の好きなこと・得意なことと、苦手なこと・出来ないことの差が激しい・興味関心があることへの執着や熱意があり、すごく関心を持つ・家事など、日常的なことが苦手こんな感じです^^;発達障害の子供などは、人と変わったことをしたりするので、周囲は何とか「周りに合わせられる子にしよう」とか「普通にできるように」「普通にさせよう」と仕向けるのですが、講師の先生は「それは不毛な努力」と言われました。今回の講師は、NPO法人DDAC(発達障害をもつ大人の会)代表の広野ゆいさんでした。私自身、子供の頃は、保育所時代に朝の会の時に「一人でトランポリンをしていた」というような子で、いつもではありませんが、集団に合わせることが「苦痛」と感じるときがありました。この世の価値観は「みんなと同じようにできる」「普通にできる」ということが基準となっており、それ以上に出来れば「優秀」、それ以下なら「劣等」ということになります。私たちは、いつも人と比べて評価や点数がつけられ、人と比べて優越感に浸ったり、劣等感に悩まされたりするものです。そしてそれは、特に集団生活に生きる「子供時代」に多い経験です。大人になるために大切な「子供時代」から学生時代までに、私たちは多くの競争をくぐり抜け、人と比べられる価値観の中で育っているのです。「ちょっと変わった子」だった私は、聖書が教える神様を知ることで本当に救われました。それまでは牧師の家庭に育ち、教会で育ってはいましたが、心の中は暗く、子供らしくない子供だったのです。ある程度大人になってから、「私は自分以上でもなく、自分以下でもない。ただ神が愛して下さっている神の作品であり、かけがえのない私という存在なのだ。」と気づき、人と比べたり、シーソーのように優越感や劣等感を行ったり来たりすることをやめました。「競争に生きなくなった」私は、本当に心が解放されて、嬉しくて自然と笑顔も増えていきました。発達障害のような症状が出ていると、「人と違った変な人」とか「ダメなやつ」と周りが思ったり、自分自身で思い込んでしまう事があるのですが、聖書はひとりひとりを「ユニークでかけがえのない存在」として教えています。「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」イザヤ書43章4節過去の人物の中にも「ADHDだったのではないか」と言われている人たちがいますね。幕末の英雄として有名な「坂本龍馬」や発明王と呼ばれた「エジソン」、天才物理学者「アインシュタイン」、天才画家「ピカソ」などです。その人たちは、「変な人でダメなやつ」と見る人たちがいた一方で、必ずあきらめずに支えてくれた人、励ましてくれた人、才能を信じて認めてくれた人の存在がありました。発達障害についてはまだ勉強中ですが、教会関係でもよく理解し、神様が私たちを見て下さっているように発達障害を持っている方を支え、受け止める人にならせていただきたいと思い、資料などもいただいてきました。来週、また別のセミナーがあるようで、参加できたら…と願っています。このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      37
      16
      テーマ:
  • 24 Nov
    • 女性修養会「神に出会った女性たち」

      11月23日「勤労感謝の日」。いかがお過ごしでしたか?こちらは連盟の女性修養会で、私は女性修養会委員として妹ほか4名でスタッフとして役割がありました。講師の大嶋裕香先生は、KGK総主事の大嶋重徳先生の奥様です。女性の役割や弱さを知り、聖書から学ぶ恵まれた1日となりました。午前は最初の女性「エバ」について、午後は新約聖書から「長血の女」の箇所からお話しくださいました。聖書のこと、裕香先生自身のことなど、興味深くお聞きしました。私は委員だったので、講師の送迎の係となり、前日と当日、しばし車の中で裕香先生とお話しできたことも感謝です。女性ならではのお話(更年期や体調不良、北陸のお天気、頭痛や肩こりの話など^^;)で盛り上がり、とっても楽しかったです。今回はもう一つ、特別賛美の独唱の伴奏を頼まれていて、ここ2週間くらい、大きなプレシャーでしたなんか苦手な感じの曲で、楽譜を見失ったり、ミスが目立つ状態だったので、緊張して臨みました。本番、ミスもありましたが、最小限に抑えられ、守られたなあとホッとしています。私とは入れ違いでしたが、大学の後輩が独唱しました。とっても素敵でしたよ♪終わったらホッとして、どっと疲れが…^^;大嶋主事は富山で集会の講師だったそうで…。そちらも気になりましたが、参加した方に様子を聞きたいと思います。大嶋夫妻はKGK主事として、学生たちとのかかわりが深く、恋愛、結婚セミナーなどでもよく招かれているようです。17組のカップルの証人になったとお話しされていました。裕香先生の著書がいくつか出版されています。結婚前から結婚後までの聖書的な学びや具体的な夫婦の関係性について考えることができる本で人気です。結婚前の方には特におすすめしたい、クリスチャンの結婚について学びができる本です。 愛し合う二人のための結婚講座 わが家の小さな食卓から [ 大嶋裕香 ] 価格:972円(税込、送料無料) (2017/11/24時点) このブログを応援してくださり感謝いたします。今日も守りと祝福が豊かにありますように…。1日1クリックの応援を感謝します!にほんブログ村

      41
      1
      テーマ:

カレンダー

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

月別

一覧を見る

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。