「ん」 ④ | hitonotoumadeのブログ

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大昔、中国の政治中心は、隋の時代は「大興」で、唐になって

「長安」、どちらも今の「西安」である。

中国の乱世を統一したのが隋だが、37年の天下で唐に滅ぼさ

れてしまう。 隋は、科挙により人材を登用し、西安周辺の

方言だった漢音を、標準の言葉とするのだ。

 

その後の唐は300年続いたが、政策は継承し、漢音は完全に

標準語となる。 それら漢音が、当然、日本に入って来た。

それまでは、上海辺りの方言だった「呉音」である。

中国語由来の日本語には、「呉音」読みと、「漢音」読みが

混在しているが、多数を占めるのが、漢音だ。

因みに、経済の「経(ケイ)」は漢音で、「お経(キョウ)」

は呉音である。

 

607年、608年、朝廷が隋に使者を派遣する。 遣隋使だ。

小野妹子らが帰国して、大化改新に貢献する。

遣隋使の後を受けて、630年から、遣唐使を派遣。

804年に入唐したのが最澄と空海(弘法大師)で、沢山の経典

を持ち帰る。 それら経典を正しく理解するには、正しい漢音

を学ばなければならなかった。

 

最澄は、中国天台を学び、法華経を根本経典とした「天台宗」

を比叡山にて開宗。

「源氏物語」が書かれた当時、人に最も読まれていたのが、

この「法華経」経典だと言われており、「ん」が出てくる最古

の記録である。

また、五十音図の元を考えたのも、天台宗の「明覚」である。

「あ」から始まり、「ん」で終わる発音の世界を、図で示した

ものだが、それぞれの音は無数の組合せにより、言葉として

神羅万象を描くことの種を内包している。

仏教は、常に変化して已まない現象を凝視することによって

変化しないものが有ることを、知るという哲学なのだ。

 

では、それら50音(イ、ウ、エの3字は2度出てくるので実

質47字)の外にある「ん」は何? 

 

そもそも、「ん」は発声した音ではなく、鼻に抜けて漏れ出

たものだ。 欧米には、「子音」という分類が有り発音記号

も有る。 日本語の場合は、「母音」と組み合わせて初めて

正式な(?)音になるのだ。

 

では、哲学的な意味は?

森羅万象の外に在る、見えざる力なのかな?

深すぎて、もう、私の手には、負えず、降参だ。