マイクを持って話すお仕事 4 | いつもの中に幸せを見つける高知のビッグマザー

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生まれ育った高知の海や空が好き。
なんでも笑いに変えていくことは特技。
仕事は介護保険外で痒いところに手が届く「フリーランスヘルパー」

今日も、爽やかな晴天。

昨日、この方https://ameblo.jp/kotaki0223の自撮りレッスンを密かに受けた

、たかまつひとみです。

 

 

 

さて、楽しかった大阪での仕事を辞め、高知に帰ってからの私は、まず職業安定所へ。

 

職安(今のハローワーク)で今までの経験を生かせて、お給料(バスガイドはけっこういいお給料でした)も今まで並にもらえるような仕事は

「この田舎には残念ながらありません。」と。

私自身もこれからどうやって稼いでいけばよいのかまったく思い浮かびませんでした。

 

 

バス会社自体が近くにはないし、ましてや泊まりの仕事は妹を一人にしてしまうため絶対できない(と思っていた)のでしかたないとあきらめて

町役場の臨時、ホームセンターの売り場担当、塗料の卸会社で営業事務など。

 

中でも塗料会社は、職員同士の仲も良くてとても過ごしやすい職場でした。

人と話すこと、コミュニケーションをとるのが大好きな私は、毎日の電話対応で顔も見たことのない自動車塗装屋さんや建築塗装屋さんと仲良くなり、そのおかげでやれ忘年会だ、やれ社員旅行だという時にまで誘ってもらい連れてっていただいたことも何度かあるほど。

職人さんって気難しい人が多いイメージだけれど話すととても心優しくて仕事に誇りを持っているんだなあとしみじみ思います。

 

そして、その会社に勤めていた時にバスガイド時代の高知出身の大先輩が結婚式場の司会を始めたとのことで私も誘われたのです。初めは

「そんな堅い仕事は私の柄じゃない」

と断わったのですが私が29歳のとき、再び声をかけてもらい

まだ結婚もしておらず、その予定もなく、安定していた毎日を過ごしているのだけれど何か刺激が欲しい思いもあり、

「やっぱりマイクで話す仕事をしたい!もうチャンスは二度とないかもしれない」

と、思い切って転職することに決めました。

 

その頃、ゴンドラで新郎新婦が降りてきて登場するというあの結婚式場に…

 

 

                                                                                     つづく