一昨日は、設計業務の一環として17軒の住宅、お店等を回った。

 久方振りにたくさんの女性と話が出来た。


 市は条例で、一定以上の高さの建物を建てる場合には、その建物の計画内容を近隣の方に説明しなければならないと定めている。

 建物が建つとならば、日照の侵害、テレビの受信障害、プライバシーの侵害、工事中の騒音等々は避けて通れない。事前にクレームのないようにして欲しいということだ。


 現在、図面作成中のワンルームの賃貸ビルが、条例の適用対象になるため、計画図面を持って説明に歩いたという訳である。

 何かのセールスと間違えられて門前払いを食ったのを入れても、留守宅は3軒で、14軒を回れて効率が良かった。


 その中で女性と関わって印象深かったものを書き出してみる。


 2軒目に“犬の美容院”を訪ねると、ハサミを持つ手を休めて、女性オーナーが対応して下さった。若くて美人で愛想が良い。間に1区画の土地が挟まっているので、影響も少なく、クレームはない。逆に、犬がうるさいので入居者に迷惑が掛かるのではと気を遣って貰った。店舗兼住宅の3階建てのビルも建てて3年で、ワンルームの賃貸も考えたことがあった由。いろいろと話が弾み、ついつい長居をしてしまった。


 一番心配していたのが、計画地と隣接しているお宅である。年配のご主人に一通りの説明を終えても、無理な注文も出なくて、やれやれと玄関を出たところへ

若い奥さんが帰って来られた。2世帯住宅だった。丸顔で笑顔がかわいい。プライバシーのことが気になるようだったが、見計らったように、現プランでうまく対処出来ており、笑顔が曇ることも無くて良かった。


 最後になったのが県立学校だった。今までに手足の指の数くらいの件数に関わったと思うが、公的な施設は始めてである。

 所有者に説明をといっても、まさか県庁へ県知事を訪ねて行く訳にもいかないから、学校へ向かった。

 玄関口にいた方に、校長か事務長への取次をお願いすると、事務室へ案内された。少し年配の事務長と思しき女性が対応されていたが、一人では無理だと思われたのか、若くてきれいで背の高い事務員を連れて来て、一緒に話を聞かれた。説明のためにページを繰っていたら、私の指が事務員の指に触れた。

 下足箱のところで靴と上履きを入れ替えていたら、体の横から、水の入ったコーヒーカップに小枝を突っ込んだものが出てきて、下足箱の上に置かれた。横を向くと、教師と思われる若い女性が立っていた。

 何時もならそれで終わるのに、咄嗟に声が出た。「これは何の葉ですか?」

 すると、「ミントですよ。良い匂いがしますよ。こすっても匂いますよ」

 カップを手に取って匂ってみた。確かに匂う。

 元に戻すと、彼女は葉をこすった。

 「どうもありがとうございました」

 それで終わった。そして学校を後にした。

 小柄な人だったが、顔が思い出せない。


 笑顔の素敵なお婆さんにも会えた。

 二人のお好み焼き屋のおカミさんにも、普通の奥さんにも会えた。


 今日だけは、条例に感謝々々。

 NHKテレビの番組に“ゆるやかナビゲーション”がある。

 その中に《数の不思議な世界 恋する算数》という、「数字のお遊び」

とでも言ったコーナーが設けられている。


 1ケ月以上も前の放送の中で、こういうのがあった。


  3桁の数 abc から cba (百位と一位の数値を逆にする)を引き、

 その答え def と fed (同じく逆にした数)を足すと、

 その和は、必ず 1,089 になる


というものだった。


 これを証明してやろうと考えたのが、下記である。


 3桁の数を abc とする。(a、b、cは正の整数で a>c)

 abcを

   100×a + 10×b + c :① と表す。

 そうすると、逆にした数は

   100×c + 10×b + a :② となる。

 このままで ① から ② を引くと、

一位の数値が c-a<0 となり不都合。

 そこで、100 を 90 と 10 に分けて ① を書き直すと、

   100×(a-1) + 10×(b+9) + (c+10) :③ となる。

 そうしておいて ③ から ② を引くと、

 答えは

   100×(a-c-1) + 10×9 + (c-a+10) :④

 この数の百位と一位の数値を逆にすると、

   100×(c-a+10) + 10×9 + (a-c-1) :⑤

 ④ と ⑤ を足すと

   100×9 + 2×10×9 + 9 = 1,089 


 見事に 1,089 になった。


 *a、b、c に数値を当て嵌めて計算し、④ が 99 になった場合は

   099 と考えれば良い。(99+990=1,089)

 *a>c 以外の条件が必要な場合があるかも知れない。


 これを、学習塾をやっている友人に見せると、地元の有名中学の試験

出せば丁度良い程度だと言われてしまった。

 自分とすれば、少し得意だったのに。


 久しぶりに勉強した。


 先日、Gyaoで「太陽の誘い」を見た。

 以前、レンタルビデオ屋で借りたことがあったのだけれど、話の結末が思い出せなかったからだ。


 女に無縁だった人の良過ぎる40男と、その男の家政婦募集の広告に応じた魅力溢れる女との恋物語。その2人の間に、40男の人の良いことに漬け込み、ずる賢く何かと甘い汁を吸っていた若者が割り込んで、恋路を邪魔するというお話である。


 改めて見てみると、ビデオを途中で止めてしまっていて、その止めた理由が分かった。

 

 若者の陰謀のために、2人の恋が“ハッピーエンド”で終わるかどうか、いや、“ハッピーエンド”にはならないように思えたのだ。そのように思わせるべく、うまく作られてもいるから、なおさらである。

 

 このところ、こういう場面に決定的に弱い。

 この度も、その場面から先に進むことを、一度は止めた。

 

 しかし、ビデオと違って返してしまえば済むという訳にも行かず、意を決して続きを見ることにしたのだ。


 隣に誰かいる時には何でもなかったのに、現在の一人身には、他人の不幸も我が身に辛い。


 このようなことが多くなった。


 今日は6月の第3日曜日、「父の日」である。

 昨17日は私の誕生日だったので、今年は1日違いであるが、「父の日」は、毎年15日から21日の間に来るから、当然のことながら、誕生日と重なる年もある。加えて、息子の誕生日とも重なり、私の「父の日」と誕生日は悲喜交々であった。


 私の子供の折には、「母の日」は既にあったが、「父の日」はまだなかったようだ。特に何かをしたというような記憶がない。


 子を持って始めて実感として、「父の日」を認識したことになる。

 

 誕生日に話を戻そう。

 子供の頃には親兄弟が誕生日を祝ってくれたことはなかった。当時は田舎のこと故、誕生日を祝う習慣とか、その余裕もなかったのだろうと思う。 

 結婚してから、妻が祝ってくれたのが、何故か新鮮だったのを覚えている。

 しかし、その喜びも長くは続かなかった。


 結婚から3年後、2人目の子として長男が生まれた。6月17日だった。私の誕生日と同じ日である。

 その後の私の誕生日は、片隅に追いやられてしまうことになった。当たり前のことだが、やはり、長男が主役なのだ。妻にしてやられた。

 おまけに「父の日」も誕生日と近いため、特別な日とはならず、これまた、陰が薄い。幼稚園や学校での子供たちの手作りの物が1年の対価である。長男が作ってくれたネクタイ掛けが、今も洋服入れに掛かっている。

 他で記憶にあるのは、小遣いを出し合って買ってくれたネクタイ1本と、スティーブン・セガール主演映画「沈黙の戦艦」の鑑賞券2枚だ。20年振りに妻と2人で映画館に行くことが出来た。


 誕生日の祝いで、次の2つのことが鮮明に思い出される。


 妻が贈ってくれた“爪切”。結婚数年後で子供が2人の頃だったと思うが、何故か“爪切”だった。オイルショックの影響をまともに受けた建設業界の、それも小さな設計事務所勤務の薄給の身であったからでもあろうが、その“爪切”を、しばし呆然として見つめていたことを思い出す。切った爪が飛び散らないように筒のついたもので、長い間、棚の上に置いてあり、重宝した。


 今一つは、不倫相手がセットしてくれたシティホテルの展望レストランでの“バースディディナー”。ウェイトレスのバースディソング付きだった。テーブルは蝋燭の灯でムードも最高。ワインも美味しかった。

 場所を変えて、ちゃんとお祝い返しはしたはずだ。

 8、9年前のことである。


 昨日は、一人でビールを飲んだ。

 一人で誕生日を過ごさざるを得ない故を自問してみるが、今は答えが出ない。

 今日は57歳の誕生日である。

 しかも、一人で迎える 3回目 の誕生日である。


 当然のことながら、理由はある。それは追々に書きたいと思う。


 昨年の夏以来、ブログを始めたいと思って来た。今日の誕生日を期して、ついに始めることにしたのだ。この機会を逃すと何時のことになるのか、自分でも自信がない。よって、とにかく始めた。


 一人だから時間には困らない。

 書くことは、少々時間が掛かるが、苦にはならない。

 考えること、思うことはいろいろある。

 興味の対象も、そこそこにある。

 越し方を振り返ることが多くなった。 


 等々、テーマも定かではないが、とにかく書き始めることに決めた。


 読んで貰いたい相手はいる。特に知らせる訳でもないから、読んでくれないかもしれない。それはそれで仕方ないことである。


 それではスタートだ。