とっきぃ流マネージメント | 歴史考察とっきぃの 振り返れば未来

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歴史、日本のカルチャー、勉強法、生徒物語などを随時、更新していきます。

こんにちは。

歴史考察とっきぃです。

 

とっきぃの提唱する「楽市楽座」。

具体的な内容を説いている格好のテキストがあります。

課長2.0』(ダイヤモンド社/2021)というビジネス本です。

著者の前田兼利氏はソフトバンク出身の経営者です。

 

管理者のあるべき姿が著者の実体験を元に分かりやすく説かれています。第1章から第3章あたりまでが、この本の醍醐味です。

第4章以降は会議のノウハウが中心で、流し読みしました。

ちなみに「はじめに」は著者の華麗なプロフィールが書かれていて、いささかうんざりしました。営業畑の方ですので、まぁそんなものでしょう。あと、後半は二言目には「孫正義社長」ときましたので、これもうんざりでした。なんというか、漫画「空手バカ一代」でしたか、大山倍達の名前がでる度に主人公が失禁するというそれに近いものがあります。

 

著者は、管理者の仕事はメンバーの職場を「よい状態」にすることだと説いています。まったくその通りで、メンバーは管理者の欲求不満を解消させるおもちゃではありません。

あと、ホウレンソウの名を借りた「監視」も戒めています。

そんなことでは、面従腹背こそあれ信頼関係なんて絵に描いた餅です。

 

あと、麾下のメンバーを「家族」と呼んでいます。

赴任したその日に「私たちは家族です」と宣言するそうです。

一体感は大事です。

そういえば、興隆期で精強だった頃のローマ帝国も自分たち国家のことを”familia”(ファミリア)と呼んでいました。

カエサルが帝政を企図したのも、全市民のパトローネとなることでした。

心に刻まれるカエサルの言葉!: いづつやの文化記号

共和政ローマではいくつかの大貴族がパトローネとして争っていたのですね。日本の清和会と経世会みたいなものです(ローマの話はこの本では出てきません)。

 

とまあ、こんなことが書かれているのですが、歴史家とっきぃとしては、肯ける文章がいっぱいあって、面白かったです。

 

私の「楽市楽座」は『老子』から学びました。

この本の前田社長に比べたら、ほんのお遊び程度ですが、

とっきぃも「管理職」を歴任しています。

ここからはとっきぃ自身の一例です。

私が直接責任を負ったのは、数人クラスの班です。

事業が始まったばかりで、一斉スタートでいろいろ大変でした。

メンバーは、年配の方が過半数でした。

彼ら彼女ら一人ひとりが人生と職歴を背負っています。

その「得がたい資産」をどう活かしていただくか、

それを自分自身の課題としました。

 

他の班ではトップダウンで運営したり、未熟な管理者がメンバーとマウント合戦をやったりと、百花繚乱です。

 

私は、仕事は内発的動機づけが最重要と考えていますので、

「居て安心できる職場」を創造することに徹しました。

業務なんて、一日中やっていればそのうち嫌でも慣れてきます。

ですが、信頼関係はそういうわけにはいかないです。

仕事は信頼関係がすべてです。私もいろんな現場で実際に経験して結論にしました。一つ前の工程を信じているからこそ、自分たちも業務ができて、次の工程に委ねることができるからです。

製造業だろうが、サービス業だろうが同じです。だからこそ、ジャンルを問わず4S(整理・整頓・清潔・清掃)にうるさいのです。

一度でも品質に欠けるところがあれば、信頼は砂上の楼閣となって崩れ去るからです。職場の人間関係は4Sにも増して大事なのですが、現場でそれを理解している人間は不思議と少ないのです。

昭和みたいに「殴ってナンボ」というのは流石になくても、「威張ってナンボ」と勘違いしているおバカな管理職の方が多いです。

契約更新を盾に「ヒヒヒッ、胸さわらせろよ、(ニタニタ笑)」なんてシンママ(母子家庭)を脅していたひひジジィが、ほんの数年前まで生息していましたからね、この日本では・・。

 

とっきぃ流マネージメントは、老子の教えに則り、各人の仕事に干渉しないことです。ただし、進捗状況を見ながら、遅れているメンバーには進んでいるメンバーのやり方を「こういう方法もある」という言い方でサポートしました。Excelの得意なメンバーには、関数を導入したモデルをつくってもらい、みんなで共有することで、業績をみんなでわかつことを戦術としました。特に処理の苦手なオバちゃんには重宝されました。

例え、その日の進捗がほとんどなくても、終礼では「今日も皆さんのおかげで、仕事がはかどりました、ありがとうございます」と感謝の言葉を投げかけます。当然です。管理者はメンバーの仕事の上がりを食っているわけですから。

ちなみにこれをやっているのは私の班だけで、他所では秋霜烈日にカミナリを落とす班が多かったです。結果、離職者が絶えず、コールセンターのように入れ替えがすごかったのを覚えています。逆に私の班では誰ひとりとして辞める人はいません。ありがたいことでしたね。

 

しばらくすると、とっきぃの一挙手一投足に他所の班も気にするようになり、私も呼応して協力体制を築きます。他の班に属する、ExcelやWordのプロにもずいぶんお世話になりました。とっきぃができることは頭を下げるだけ。

マウント大好きなマネージャーには、よそのグループに移動願いました。類は友を呼ぶで、幼い人には同じくらい幼いグループが生きやすいことでしょう。

 

私は「Mブロック」というグループに属していました。

ブロック長が山梨県出身の方で、人を大事にする方でしたので、

人は城、人は石垣Mブロック」と組織名を自称しようと提案しました。ブロック長が武田信玄公、我々が武田二十四将といった塩梅です。ちなみにとなりの「Nブロック」は恐ろしく頭の切れるリーダーさんが仕切っています。実は前の職場でこの人と一緒に仕事したのでわかるんですよ。要するに織田信長です。

うちのブロック長とは対照的で、結果、織田と武田の競合になりました。

カリスマリーダーの率いる組織には、それなりに弱点があります。

その弱点は我々武田には、そのまま強みになります。

はっきり言えば、我々Mブロックは末端が活性化しているので、

管理者がズッコケでも機能するわけです。その分、管理職の重みも少なくなって楽になります。メンバーには前もって「責任はぜんぶ、私こととっきぃが取る」と宣言しているので、思い切って仕事をしていただいています。

 

とっきぃの「楽市楽座」の有効性がここに証明されました。

前田氏の『課長2.0』と違うところは、「楽市楽座」は目標数値を設定していないことです。一応あるにはあるのですが、それは会社側の理屈です。こんなものを棒グラフに出して現場の空気が殺伐としては、すべてが逆回転になります。現場のお偉いさんがこしらえた数値など絵に描いた餅です。我々武田のブロック長は板ばさみで大変だと思います。ですので、毎日私は信玄公の偉さと、人は城人は石垣をブロック長に話したものです。人の心はちょっとしたことで折れます。理念の再確認は必須です。

 

何のために働くのか、現場を見下すお偉いさんのつくった運営計画など、この令和時代には無意味です。また、メンバーを交換の効く部品とみなすトヨタのようなやり方も限界です。

乾いた雑巾“をさらに絞る工場やDCの省エネ術|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社乾いたタオルを搾りとる

アメリカではコロナ禍の大退職時代から、人は働くのが嫌になりホームレスがマシだと考えるようになっています。アマゾン倉庫ではバイト時給を釣り上げても集まらないんです。ましてや、武器屋の流れ作業、ウクライナであんだけ消耗して自国防衛の兵器も危ういとのこと、どうすんですかね、西側諸国。

 

部下は常に上司を見ています。信頼できるか、保身に走っていないか、とにかくよく見ています。

その緊張感に耐えられず、いかに自分が優秀なプレイヤーであるかを態度で示す管理者もいます。そして「なんでこんな簡単なことができないのか?」と大声で周知の中で叱責するのです。星一徹は通用しない令和の御世ですよ。人手不足倒産? お前らに徳がないだけだろうがと、言いたくなりますね。 

星一徹の心」 - 20161114_1832257.jpgTMS

家庭教師や塾講師にもありがちで、医学科学生の家庭教師などに多いのがこの事例です。できない子が動物にしかみえないわけですね。読売巨人軍でいえばミスターや原辰徳の第一期監督時代と同じで、自分がプレイすることと教える側にまわることとでは、要求されることがまるで違うのですが本人には自覚がないのです。

 

昭和から平成初期の教育現場では、学業の弱い子に殴る蹴るの暴行はさほど珍しくなかったです。

 

あと、前田社長と異なる点がもうひとつあります。

とっきぃはメンバーの家族事情には、先方が話さない限り、一切口をはさみません。逆に前田さんは家族ぐるみの交流を奨励しています。が、世の中には、いろんな家族がいます。楽屋裏を見せたくないメンバーも必ずいるはずです。

前田社長ほどの成功者がどうして、こんな心の琴線に気が付かないのか、不思議でしたね。この著者がそれだけ幸運な星の下に生まれたからなのかもしれませんね。

 

というわけで、「楽市楽座」こと、とっきぃ流マネージメントを実体験に基づいて話してみました。

歴史家とっきぃは、日本人の宿痾である「格下いじめ」を歴史を学ぶことで克服しました。この手の病は麻薬的快楽ですので、一定の権限を持つと「ちょっとだけ」のつもりがあっという間に蔓延します。剣呑ですね。

 

実は幕末の攘夷思想について語る予定だったのですが、硯を改めて書きますね。テキストは町田明宏博士の『攘夷の幕末史』(講談社学術文庫)です。

 

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