歴史家とっきぃの 振り返れば未来

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歴史家とっきぃのブログです。

歴史、日本のカルチャー、勉強法、生徒物語などを随時、更新していきます。

こんにちは。
歴史家とっきぃです。バージョンアップ記事※です。

※ver. 2.2:2016/10/26。

日本のアニメ界に出崎統(でざき おさむ)という巨匠がいました。
東京ムービー新社(現トムス・エンタテインメント)の作品を主に作成していた、職人芸の監督さんです。

有名どころの作品では、
「あしたのジョー」(1970/フジ)、「エースをねらえ!」(1973/毎日)、
「家なき子」(1977/日テレ)、「宝島」(1978/日テレ
)、「スペースコブラ」(1982/フジ)、
「ブラック・ジャック」(1996/映画)、「雪の女王」(2005/NHK)などですね。


「コブラ」の画像検索結果

1979年に日テレ系で放映された「ベルサイユのばら」の第19話以降は、出崎統氏がチーフディレクターとして作成しました。
この作品、もともとは、長浜忠夫氏が総監督として就任していました。
「超電磁マシーン ボルテスV」(1978)で描いた身分制度や社会開放などの重厚な物語性が評価されて、「ベルばら」の総監督に抜擢されたのでした。


登場人物、とりわけ主人公に大きな演技を要求する長浜監督と、主演の田島令子(オスカル役)が対立して長浜監督は第12話で降板となります。
氏の采配の特色として、キャラクターが際立つ演出があります。そのため、主役のオスカルやアンドレの精彩なキャラ付けが視聴者に強烈に映ります。第1話の二人の殴り合いなんか、とても素晴らしいです。
悪役もまた、凄まじいパワーを持っていて、デュ・バリー夫人やオルレアン公は、王太子妃のアントワネットをこれでもかとばかりにいじめます。王妃になったらなったで、今度はポリニャック夫人が王妃を博打に引き込んだり、オスカル失脚に策を弄します。
デュ・バリー夫人のCVは来宮良子女史、ポリニャック伯夫人は武藤礼子女史です。美女演技では筋金入りの超ベテランさんです。オルレアン公は市川治氏で、「ボルテス」ではハイネル皇子役でしたから、長浜監督はこのオルレアン公を敵方の花形にするつもりだったのかもしれません。

ポリニャック夫人とデュ・バリー夫人(1979/TMS)

長浜監督時代の「べるばら」はそういう宮廷劇が主な舞台でした。キャラクターの完成度の高さはこの長浜監督に負うものと、とっきぃは拝察します。

それが、第19話「さよなら、妹よ!」からガラリと変わってきます。それまでの宮廷スキャンダルとは次元が違うのです。この第19話以降が出崎監督の演出となります
ちなみに第13話から第18話までは総監督なき「大空位時代」です(それでも作品はしっかり作られています)。

少女漫画チックだった作画が、急に大人びてきます。
アントワネットとフェルゼンの逢引(ハグ)シーンまで出てきます。
第19話はポリニャック夫人の娘が、政略結婚に耐えかねて飛び降り自殺を図る話です。結婚相手であるローラン・ド・ギーシュ公爵のいやらしさ、その象徴であるカエルの噴水(ラトナの泉)、ソロバン勘定しかない毒親の鈍く光る瞳、これらが印象的にセットされています。
当回の最期で、屋根から飛び降りた娘の死に顔まで見せており、娘にしがみつくポリニャック夫人と、たまらずオスカルの胸の中で号泣するロザリーで話を締めくくっています。


左:ド・ギーシュ公爵 右:娘の死に顔  (1979/TMS)

この回以降、出崎節が大きくでます。
「首飾り事件」編の悪女ジャンヌ・バロアも、ちょっと人間的なジャンヌになりました。原作と違って、悪に徹しけれずに、いつも酒に逃げているんです。演じたのは女優の松金よね子女史。

右:松金よね子 右:生稲晃子(東映)
裁判であくまでシラをきりとおすジャンヌの強さはひとしおです。

たとえ神だろうと、あたしを裁くのは許せない」。生への執念がものすごい。

序盤で出てきたデュ・バリー夫人と同じで、後半(革命)への伏線になっているのです。
ですが彼女の最期は、
「ごめんよぉ、あたし一人じゃさびしくってさ・・・」と涙ながらに夫のニコラス大尉と爆死心中するんです。
「おめぇ、本当にイイ女だぜ」と応える夫のニコラス。
フランス犯罪史上有名な詐欺師夫婦の、悲しい最期でした。


ジャンヌ・バロア(1979/TMS)

ジャンヌ編が終わると、黒い騎士編が続き、その後は、
有名な第28話「アンドレ 青いレモン」です。
オスカル、アンドレ、アントワネット、フェルゼンは4人が4人とも行き詰まってしまいます。
オスカルはフェルゼンとの恋に敗れ、アンドレは全盲への恐怖に駆られています。アントワネットは長男ジョゼフの病気を期に、夫(ルイ王)との絆を深めていました。フェルゼンの立場はなくなりました。

オスカルは未練を断つために近衛を辞める決心をします。
この決心をアンドレに打ち明けます。ですが彼からの言葉は意外でした。
白く咲いても赤く咲いてもバラはバラだ。バラはライラックになれるはずがない
オスカルは激怒します。それに対し、残酷なやり方でアンドレは応えます。オスカルをベッドに押し倒し、オスカルのシャツを引き裂きます(それ以上は何もしていないです)。

そしてアンドレは告白します。これまでも、ずっと愛していたこと、愛してしまったことを。

オスカルを心から心配しているのはアンドレだけなんです。ところが、あまりに当たり前の存在になってしまっていたために、オスカルにはそれがわからない(やっとわかるのは最終回近い第37話です)。

オスカルは陸軍に転属となり、フランス衛兵隊ベルサイユ常駐B中隊の隊長に任じられます。
これを期に、アンドレから従卒の任を解きます。
しかし、アンドレは別ルートで衛兵隊に入隊したのでした。
誰が何と言おうと、お前がどう思おうと、お前を守れるのは俺だけだ
一歩間違えれば立派なストーカーですが、オスカルを守れるのは自分だけだという気持ちは本物です。
実際、一兵卒として以上の行動は何もしていません。

こうしてフランス衛兵隊に移動以後、ドラマは変わってきます。主人公はもはやオスカルではありません。彼女は単なる舞台装置、狂言回しです。
物語を引っ張るのは衛兵隊のアラン班長、そして主役はパリの民衆です。民衆の代弁者としてアコーディオンをひく隻眼片足の吟遊詩人も登場します。

(1979/TMS)
人はこの世に2つの光を見る
一つは陽の光、星の光、
目さえありゃあ、見える光さ
そしてもうひとつは
人の心と希望の光
こいつは目があるだけじゃ見えやしねえ
でも、必要なのはこいつの方さ
こいつさえありゃ、生きていける
とことん堕ちても生きていける
(涙)

目が見えないアンドレに「元気だしなよ、兄さん」と
上の詩を詠むんですね、この吟遊詩人。

(1979/TMS)
やがて三部会が開催され、革命の足音が近づきます。
そんな中、激務が祟ったのか、オスカルは胸を病みます。
余命を悟ったオスカルは自画像を描かせます。


しかし、完成した絵をアンドレは見ることができません
うっすらと見える断片を脳内処理でなんとか埋めるのみです。
一生懸命に
アンドレは絵の素晴らしさをオスカルに語ります。しかし、その説明は実際の絵とは全く違いました。
オスカルは心のなかで嘆きます。
(もういいアンドレ、お前が見えないのはわかっている)

見えていないにもかかわらず、必死に話すアンドレ・・・。

忘れない、俺はこの絵に描かれたお前の美しさ、気高さを決して忘れない・・・
オスカルは涙がとまりません。
ありがとう、アンドレ・・・ありがとう

そして夕刻、B中隊に出撃命令がくだりました。
兵舎へ向かう途中、二人は暴徒に襲われて森に逃げ込みます。
ここでオスカルはついに吐露します。
「お前に愛されているのを知りながら、フェルゼンを愛した」
そんな自分でもまだ愛してくれるのかと。
アンドレの方は決まっています。全部知っていて、それでも彼女を愛しているのですから。無償の愛、誠実の愛です。
アンドレは何も求めていません。まさにキリストです。
「お手伝いやるからお駄賃ちょうだい」みたいな「契約」ではないんです。アンドレはあくまで愛の光を放つだけ。
オスカルは生まれてはじめて、ここで自分の魂を開放するんです。白雪姫のキスの逆バージョンです。

(1979/TMS)
誠実な愛だけが、人の心を戒めから開放するのです
この後の展開ですが、題材が革命ものですから、二人とも悲劇的な最期を遂げます。
それでも、誠実に生きた生真面目さん二人の生き様は、生き残ったアランやベルナール・ロザリー夫妻の胸に深く刻まれているんです。


出崎アニメの傑作、アニメ「ベルサイユのばら」!
でも、『ベルサイユのばら』(1972/集英社)原作者の池田理代子女史には、お気に召さなかったらしく、このアニメ版はご覧になっていないそうです。

原作ではオスカルが理想的女性として、描かれています。
ルソーを愛読し、「自由・平等・博愛」を信じる激情家なんです。とっきぃ目線では、これで軍人が務まるのかと思うほど少女漫画チックに見えます。連載当時の女性の願望だったのかもしれませんね。原作での末期(まつご)の言葉は「フランスばんざい」。ちなみにアニメ版では「adieu」(アデュー)です。
まあ、フランス革命では女性も大活躍しましたから、実際にオスカル隊長みたいな女軍人がいてもおかしくなかったと思います。

一方、アニメのオスカル・フランソワはもうちょっと保守的で生真面目です。軍人ですからね。その意味で普通の人なんです。
原作とアニメ、どっちも固定ファンがいます。
されど、革命という観点からみたら、アニメの方が重厚で深く掘り下げています。出崎アニメの真骨頂です。

あと、変な副産物ですが、「ベルサイユのばら」は敬語の勉強になります。原作アニメ両方ともです。
これはPTAオバチャマのお墨付きですから、ご安心して国語と社会化の教材として、親子水入らずで「ベルサイユのばら」をお楽しみください。

三角メガネのPTA会長(居そうでいない)

最近はビデオ屋さんが近所から消えて寂しいですね。

アニメ「ベルサイユのばら」は配信で視聴しましょう。

ちなみに、出崎監督の「宝島」と、「雪の女王〜THE SNOW QUEEN〜」はおすすめです。

ペタしてね

こんにちは。

歴史家とっきぃです。バージョンアップ記事です。

初出は2017年11月です。

 

前々回(2017年10月)あたりに自己復元するコンクリートのお話をしました。

今回は古代ローマのパンテオンと同じく鉄筋なしのコンクリート建築のお話です。

 

元国交省官僚の竹村公太郎氏の著書『水力発電が日本を救う』(東洋経済新報社/2016)を参考にしています。

「水力発電が日本を救う」の画像検索結果

鉄筋なしのコンクリートは、ローマのパンテオンに見るように、半永久的に維持可能です。

 

そして、日本の大型ダムもまた、鉄筋なしのコンクリートで造られているとのことです。東日本大震災の時、農業用貯水池は別として、ダム本体はびくともしなかったようなのです。また、阪神・淡路大震災(1995年)の時にも、1900年に竣工した布引五本松ダム(ぬのひきごほんまつダム)はまったく問題がなかったとの事。戦後ではなく明治の昔に造られたダムです。日本のような地震大国にあって、ここまで堅牢性を持っているのがダムなのです。

コンクリートの主原料は石灰岩であり、天然の凝灰岩と成分は同じです。ですので、基礎の部分が岩盤と一体化していて天然の岩石と同じ構造になっているのです。

 

また、実際のダム工事では渓流にある岩や石を完全に除去して、硬い岩盤が地表に見えるまで掘り下げます。やっと見えてきたその岩盤の上にコンクリートを流し込むのです。上記の通り岩盤とコンクリートは一体化して無比の堅固さを発揮します。

さらに驚くことに、ダム壁の厚みは高さと一致するとの事でした。高さが100mあったら、壁の厚さもまた100mあるというのです。

壊れないということは、半永久的に維持可能であるということです。要するに純国産のエネルギーが水力発電でいくらでもつくれるというわけです。

 

もはや、近代遺産と言ってもおかしくないコンクリート建築物の傑作といってもいいでしょう。しかも現役で多目的に役立っているのです。現代のダムは電力供給だけではなく、洪水発生時にも水量を対応する多目的ダムです。現在、ダムの水量がその規模に比して少量なのは洪水対策なのだそうです。竹村氏はもったいないと述べています。今は気象衛星もあり、洪水情報や災害情報はリアルタイムで知ることができます。ですので、わざわざ常に少量にせずとも普段は水を満々に湛(たた)えて、洪水情報や大雨警報があったときには、水を放流して少なめにして来たる洪水に備える。こういう臨機応変な対応で、日本の水力発電は大きく貢献するというのが竹村氏の考えですが、とっきぃも大賛成です。

 

エネルギーの供給手段は多ければ多いほどいい。旧民主党政権みたいに太陽光発電に絞ったりする必要はまったくないのです。

とっきぃは、原子力に関しては高温ガス炉(HTTR)に賛成しています。今ある技術はフルの活用するべきだと思うからです。しかも使用済み核燃料でも対応できるのです。また、高温を利用して水素も製造できます。まずい副産物は一切だしません。こうした観点から高温ガス炉は水素燃料とセットでどんどん普及していってほしいと思います。

また、火力発電においても三菱日立パワーシステムズが世界最先端の排煙処理システムを構築して、世界で活躍しています。

こうした原子力、火力発電と併せて、ダムによる水力発電をもっと活用するべきだと思います。特に水力発電は原料はタダ。安全性は上述の通りです。

 

ダムでよく言われるのは、「土砂が溜まる」ことですが多目的ダムには「洪水吐」(こうずいはき)という特別の穴が用意されていてこの穴から水を放流する時に大量の土砂も外に出ていくのだそうです。因みに多目的ダムは100年分の土砂蓄積に耐えられる構造だそうです。土砂が溜まるのは、電力ダムなのだそうです。また、いくら多目的ダムといっても、3世紀も4世紀も経てば土砂は溜まります。

その時は浚渫(しゅんせつ/底をさらう)するなり、土砂吐け用のゲートやトンネルを新設するなりいくらでも手段はあり、ダム新設よりも格段に安価なのだそうです。

 

法律を改正して、現代のITやテクノロジーに対応したダム行政が、実現することを心より望みます。

 

ダムの使い方はまだまだあります。高さを10%高くするだけで発電量は70%も増加するとの事です。

水の位置エネルギーは水量と高さに比例するので、ダムの高さを稼ぐだけで発電量は大きくなるというわけです。実例として、北海道の夕張シューパロダムは高さを1.5倍にしたら5倍の電力を稼げたそうです。この高さを稼ぐ方法も竹村氏の本にきっちりと書かれています。

 

他にも、中小ダムや、砂防ダムでの発電方法について具体的なやり方が記載されていますが、ここでは割愛します。

 

水力発電は、初期投資こそ莫大なものでしたが、ランニングコストが化石燃料系に比べて極度に少なく、原材料費に至ってはゼロです。そして、ダムには水没した山村の哀しみも詰まっています。そうした犠牲も理解した上でダムを活用していく必要があります。

ダム屋だった著者の水没村への思いもしっかりと綴られています。金銭の補償ではすまされない”心の問題”です。

 

大きな犠牲を伴ってダムはつくられました。大型ダムを新設する必要はもはやないでしょう※。ですが、今あるダムを最大限に活用する義務が日本にはあります

※2017年当時の甘い意見です。2020年7月の集中豪雨による熊本県球磨川地方の惨状を鑑みるに、治水のためにも多目的ダムは日本には不可欠だと心をビターに引き締めております。

 

現政権には、日本の地形的利点や民族的資質があることを自覚して、今あるものを活用してもらいたいですね。国土強靱化政策は、経済政策でもありますが生存政策でもあります。生きるか死ぬかの問題なのです。安倍総理本人がどう考えているのかはわかりませんが、周囲の人間たちはそのへんの認識が甘いと言わざるを得ません。10万円給付の時ですら「経済政策」と言い続けたクズ知識人もいましたしね。

一日おにぎり一個で生き延びる風俗嬢の哀しみなんて、連中には分かりっこない。アニメ「ベルばら」のアラン班長じゃないですが、「行き着くところまで行くしかない」のかもしれません。

CIMG3883アラン班長登場! | 黒にゃんは寝てばかりTMS

 

知識人や上級国民にしてみれば、庶民というのは頭が悪い、一種の動物みたいなものなのかもしれません。しかし、国家も人間と同様に上半身と下半身があるのです。下半身に支えられてはじめて上半身は生存することが可能なのです。国立大学の教養部は『老子』を必須図書にしなければなりません。『老子』は心が行き詰まったときに重宝します。「柔弱謙下を説く奴隸道徳」という認識は、高校卒業と同時に捨ててください。国立大学の卒業生は、学んだことを自分なりに発酵させて社会に還元する義務があります

 

それはさておき、竹村公太郎氏の著作は面白い。

別の著作ですが、地形的に鎌倉と静岡が相似形であるという指摘には目から鱗が落ちました。確かに言われてみればそうです。

東と西は山の尾根がせり出していて道が各々一本しかありません。北は険しい山、南は遠浅の海という天然の要塞が静岡だったのです。鎌倉をそのまま拡大したような地形なのです。ここに駿府城を築いた家康の炯眼には驚くばかりです。

「竹村公太郎 鎌倉静岡」の画像検索結果

 

駿府城には風水的に日本最強レベルの龍脈が通っているのですが、それはまた別の話。興味ある方は古い本ですが、風水師の御堂龍児氏が上梓した『地理風水』(光人社)を紐解いてくださいね。

ペタしてね

 

こんにちは。
歴史家とっきぃです。
時々、間欠泉のように読まれる過去記事の、バージョンアップです。

初版は、中世史講座中世の社会経済構造を扱っていた頃に公開しました。

ver. 2.1は、2014年9月です。

日本人の大好きなマリー・アントワネットの記事です。

日本での彼女の著名度は屈指であり、なぜか嫁ぎ先のフランスよりも有名です。
池田理代子女史の『ベルサイユのばら』(1972/集英社)の影響が大きいのは言うまでもありません。
アニメ版の海外向けタイトルは「Lady Oscar」。伝説の長浜忠夫、出崎統両監督の情熱の結晶です。

フランス本国でもここ20年、アントワネットの見直しが行われております。夫のルイ十六世の見直しと並行して行われいているようです。


ルイ十六世関係の出版物はここ20年、増えています。
ルイ十六世は理系男子で、錠前づくりの職人さんでもあります。また、ものすごい読書家で豊富な知識を背景に、拷問の廃止とか、ユグノー(新教徒)やユダヤ人にも出世の機会を与えるとか、当時としては革新的人道的なことをやっているんです。海軍の重要性に着目して、シェルブールに軍港を開いたのもこの王様です。
賢王シャルル五世以来の高偏差値男子ですが、長所は短所で、先を読みすぎる力が足を引っ張るんですね、後々。


アントワネットに戻ります。
ファッション誌の表紙を飾る「モードの女王」の立ち位置は、もはやゆるぎもしません。



上の雑誌の顔は、画家のヴィジェ=ルブラン夫人が描いたもので、顔をちょっとばかり「整形」しています。
それで本人にえらく気に入られて、ルブラン女史はアントワネットのお抱え画家に出世します。
彼女の作品には他に「ポリニャック伯夫人」というのがありますが、現代でも芸能人になれそうなものすごい美貌です。


両方共、ルブラン女史の「ポリニャック伯夫人」。故志村けんが愛したいしのようこに似ていますね。

マリー・アントワネットはスタイルもよく、フランス歴代王妃が晩年、肥満に悩まされたのと対照的です。
フランス人は昔から風呂に入らないので有名です。もちろん、国王も王妃も風呂に入りません。
そのために動物系の強烈な香水が発展しました。

それが、アントワネットの輿入れから、事情が変わり始めます。
彼女の母親はオーストリアのマリア・テレジア女帝。
たいへん躾(しつけ)に厳しい人で、アントワネットに入浴の習慣をしつけたのも、この母親の意向です。
動物系の香水よりも、ハーブを常用し、ハーブ風呂に毎日浸かっていました。そのせいかどうか、革命前まで彼女は健康そのものです。ちなみに、
政治犯として牢獄に入る直前まで、入浴を欠かしませんでした。タンプル塔にも浴槽を持ち込んでいたんです。

上画は、アントワネットの本当の顔らしいです。

ナイスバディなだけではもちろんありません。
木村弓と共演したらチケット完売間違いなしのハープ奏者で、
シンガーソングライターやってます。
譜面も残っていて、声楽家でもある池田理代子女史がCD出していますね。

それどころか、舞台女優もやっていて、王族としてはルイ十四世以来のロイヤル芸能人なんです。ルイ十四世はバレエダンサーで、リゴーの肖像画で見事な脚線美を披露しています。
映画「マリー・アントワネットの首飾り」でも公開されましたが、私邸である小トリアノンに劇場までこしらえました。イニシアルのMとAを組み合わせたロゴを内装のあちこちに添付しています。この方面では浅利慶太の先駆者です。

tri-theatre.jpgプチ・トリアノンの王妃の劇場

現在ならば、マロニエゲート銀座でハーブ・コーディネートのお店を開いて、繁盛させたのではないでしょうか。
それも歌って踊れる美しすぎるシンガーソングライター
どうもこの人、生まれる時代と職業を間違えていますね。
よりによって国家公務員(王妃)という一番苦手な「堅いお仕事」です。それも終身現役・・・。

さて、健康で美的センスに恵まれた、ちょっとだけワガママな王妃がおかしくなるのは、

彼女にとっての革命(1789年10月のヴェルサイユ行進)が勃発して、精神的な落ち込みがあってからです。

ブルボン王朝の企業理念である王権神授説を信じてはばからない国王と王妃、二人を煽る宮廷保守派は、亡命計画を図ります。いわゆる「バレンヌ逃亡事件」です。ところが、のんきな逃避行は、ものの見事に失敗しました。
馬車にワインだの衣装だのをどっさりと積み込んでのんびりやっていたんですから、自業自得ですね。

国王(ルイ十六世)は読書家ですから、歴史をよく学んでいます。
イングランドでチャールズ一世が処刑された故事(清教徒革命)が頭から離れなかったんです。民衆に嫌われたらどうしようなんて、一番やってはいけないことに逡巡していた。
肚(はら)が据わっていないんです。同じく首都脱出でも、百年戦争時代のシャルル五世は成功しているんです。首都を抜けて視野を取り戻してから改めて戦略を練るんです頭脳は感情を味方に付けねば、使い物にならないんです。ルイ十六世は優秀でしたけれども、GUTS(ガッツ・腸/転じて肚)がないから、悪夢だったチャールズ王の轍を踏んだんです。

ガッツ石松はライト級を5度、防衛していますし、ロベルト・デュ ...
こうした背景もそうですが、主因はもっと間抜けです。
国王一家が失敗したのは、明日のことを考えずに、明後日のことばかり考えていたからなんです。
要するに、実家・義実家の居るウィーンでみっともない格好はできないと、そんなことばかり考えていた・・・。
下の弟のアルトワ伯爵は、その辺がよくわかっていて、貧乏貴族の格好をしてみごとに亡命に成功しました。後のシャルル十世国王です。時代の流れが読めないドラ息子で国王をクビになった男ですが、こういう小才がきくタイプでした。

さて、優柔不断な国王一家は、ヴァレンヌ市で追手に追いつかれて、地獄のパリ帰還が始まります。3日かけてチュイルリー宮殿に戻りますが、その間、毎日毎時間、国民の罵声にさらされるのです。
おかしくならない方がおかしい。
もはや伝説となったアントワネットの白髪ですが、ショックで髪が真っ白になったというのは、アリだと思います。

それくらい苦しかったと思います。
不幸とは何か、この時期になってようやく芸能界向きというか、この頭のちょっと軽い王妃はわかってきたようです。あんなに馬車にいろいろと積んで、バカじゃないの・・・。
と、後悔に苦しんだのではないでしょうか。

それから、「
8月10日事件」と言われるチュイルリー宮殿襲撃事件がおこり、国王一家は警備上の問題からタンプル塔に転居となります。
政治上の公職を解かれた国王一家はプライベートな家族となり、親子団欒でほのぼのとしていたそうです。

さらに、共和制樹立により、国王に有罪判決が言い渡されます。「国王殺し」(レジサイド)といって、今現代でもフランスは官民ともに、このトラウマで苦しんでおります。
1791年憲法といって、この憲法では国王は不可神聖を謳われています。王殺しは憲法違反なんです。
だからこそ、王位剥奪、「市民ルイ・A・カペー」と創氏改名をやって、外患誘致罪という死罪のみの科(とが)で告訴されたのです。ちなみに1791年憲法はとても良くできた憲法で、日本国憲法の先祖筋にあたります。

レジサイドをやった当時の最高指導者Rの子孫は現在、姓を変えて生活しているそうです。まるで徳川時代の明智光秀一族や石田三成一族みたいですね。

国王の処刑は1793年1月21日10時に執行されました。
処刑人はかつて面識のあったシャルル=アンリ・サンソンです。ちなみにギロチンの刃を斜めにするようサンソンに提案したのは、理系だったルイ王自身でした。苦痛が少なくてすむようにという、やさしい提案です。

それから半年後、国家に対する裏切り行為のかどで、アントワネットも裁判にかけられます。
ゼイタクじゃないんです。国家機密を外国に流していたのが罪なんです。しかも戦争中ですからね。
それで、女囚208号として、シテ島のコンシェルジェリー牢獄へと移されます。ここの地下独房が彼女の終の棲家となりました。

地下室ですから湿度がすごい。
しかも季節はだんだん寒い方へといきます。パリの10月はそれは寒い。
もはや入浴も許されることなく、アントワネットはひどい下血に苦しみます。身体は容赦なく冷えてきますから、この時に子宮がんか何か患ったのだと思います。体温が1
°C下がると免疫が30%下がるというのが現代医学の見解です。
女性にとっては特に、冷えと湿気は苦しいと思います。
衝立1枚を挟んで兵が見張っています。着替えすら容易ではなかったでしょうに・・・。

下血と排泄で汚れた下着を石壁の隙間に押し込める元王妃がとても不憫です。

そんな中でも、背筋をピンと伸ばして革命裁判所に通い続けるマリー・アントワネットの健気な、そして誇り高い精神には、本当に脱帽します。

判決が下り、1793年10月15日12時15分、刑は執行されました。国王と違い、完全に罪人扱いで移動も肥溜め用荷馬車でした。


画家ダビッドのスケッチ

アントワネットは最期まで毅然として死地におもむきます。
下血や苦痛から開放されるという思いもあったのかもしれません。
最期の言葉は「早くしてください」でした。

彼女に限らず、この時期の貴族は皆、従容として死を迎えました。
例外はデュ・バリー夫人くらいです。サンソンが昔のおなじみさん(風俗のお客さん)だったよしみで、なんとか情状酌量してもらえると踏んだらしいです。デュ・バリー夫人は風俗出身です。持ち前の性技と接待術で先代ルイ十五世の公式寵姫を務めました。泣くの喚くのと醜態を晒したそうです・・・。亡命先のロンドンでおとなしくしていればよかったのに、フランスに置いてきた宝石が惜しくなって、戻ってきたところを逮捕されたのです。宝石の在り処を白状するように言われます。最初は黙秘権を駆使しますが、”もしかしたら白状したら釈放されるのでは”とか、言質もとっていないくせに勝手に妄想して、とうとう宝石の在り処を白状しました。宝石は国庫に収公され、あわれデュ・バリー夫人はギロチン行きとなりました。で、上記の顛末となったのです。


(1979/TMS)

冷えと精神的ショックは万病の元です。
身体を温めましょう。感情は腸管支配ですから、暴飲暴食はご法度ですので、念のため。

声優・キートン山田さんの担当したアニメキャラで1番好きなキャラは誰 ...ペタしてねペタしてね