こんにちは。
歴史考察とっきぃです。
クールジャパン担当奉行の進士作左衛門(しんし・さくざえもん)は、若年寄・四王天但馬守(しおうてん・たじまのかみ)の依頼で、昭和アニメの製作に没頭しています。
若年寄の御用部屋に進士奉行がやってきました。いささか汗をかいています。
「若年寄様、至急申し上げたいことが・・」
「作左、いかがした?」
「ご下命いただいたアニメの話でございます」
但馬守が受ける
「やはり無理か?」
「いえ、実は・・」
アニメーターがいないというのです。
「グレンダイザーU」みたいな令和のアニメなら、いくらでも需要は賄えるのですが、小松原一男や吉田竜夫(タツノコプロ初代社長で「科学忍者隊ガッチャマン」のキャラクターデザイン担当)の絵が描ける者がいないのです。
「荒木プロでもか?」
荒木伸吾プロダクションは、キャラクターデザインで一世を風靡した荒木伸吾がつくった会社です。目力(めぢから)が強いキャラクターの製作で有名です。
左:昭和 右:令和 ナイーダ・バロン
「令和に特化しています」
「聖闘士星矢」での成功が転機となったとのことです。
70年代のアニメは令和に比べれば荒っぽいです。令和の動画は昔とは比べ物にならないくらい綺麗で美しい。しかし、どう見ても目に力がない・・。どこか虚ろなのです。
芸能界の推移でも、山口百恵や石原裕次郎などの目力ある人から、おニャン子クラブやたのきんトリオなど軽薄短小に移っていきました。要するに意識が完全にテレビ時代へと移行したのです。
思えば、70年代のスタッフもキャストも映画界から移籍した人が多かったです。ですから、映画を撮っているように、ドラマも作っていたんですね。だからこそ監督は目力に注目するわけです。
事実、タケダアワー「ウルトラセブン」でスタッフは子供向け特撮ではなく、SF作品を作っていると心から信じていました。
「あしたのジョー」や「エースをねらえ!」の出崎統監督も映画を撮っている感覚で作り続けたと語っています。だから目力があるのです。

「仮面ノリダー」が跋扈して、石橋貴明の格下をネチネチいじる演出が人気が出始めて、バカバカしくなったのが東映の仮面ライダースタッフでした。仮面ライダーのテレビ放映が「仮面ライダーBLACK RX」で一旦終了になったのも、意気消沈したからではないでしょうか。映像のプロが真剣に撮っていた作品がテキトーにパロディ化されたのですから憤慨するのも当たり前です。
そもそも主演の倉田てつを自身が「ノリダーに出たい」なんて駄々をこねていたのですから、さじを投げるのもわかります。
こうして、映画を撮るように、撮影をおこなっていた人たちは「マジメ」と冷笑されるようになりました。食っていくためには、時代に沿わねばなりません。絵がデフォルメされて病的なバストやヒップの描写が強調される一方で、目力は死語となります。目力を重視しても、石橋貴明たちに嘲笑されるからです。そして視聴者もそれを支持する。土地神話がピークとなった狂乱のバブル時代でした。
「マジメ」は崩壊しました。土地を転がせばぬれ手に粟なのです。
ノリタケや石橋が受けるのも、そういう背景があったればこそです。
進士の説明はもっともです。ですが、昭和アニメの復興はすでに幕閣に図った計画。つまり将軍の決済もおりています。ここで”やーめた”では、ご政道の先行きにも差し障ります。
「なければつくれ!」
淡路守の声が響きます。
「吉田グループと小松原グループにわけて、人を集めよ。三の丸の宿舎を空ける。絵が得意なものを公募せよ。一から育てるのだ!」
「ハハーッ」
平伏する奉行。頭を上げると、さらに訊います。
「それと・・」
「まだあるのか?」
「声優です。」
「古参の声優でよい。物故した者なら代役を立てて後でAI処理をすれば良い。その方の最も得意とする分野ではないか?」
笑って但馬守は応える。
「ハハーッ」
再び平伏する奉行。目は笑っています。確認したことで予算は潤沢に用意されることになったからです。
昭和の声優は野沢雅子氏を先頭に、全身で演技をします。「ドラゴンボールZ」では「かめはめ波」を悟空と同じアクションで構えます。元々、野沢女史は映画俳優志望の女優さんです。実際に出演されています。ですから、演技の基礎は現場で叩き込まれています。
それに比べて例えば平成の木村拓哉。ジブリ映画の「ハウルの動く城」では、ポケットに手を突っ込んで口だけで演技をするキムタクに宮崎駿監督はブチ切れていたとのこと。
ちなみに木村拓哉の本名は金拓成(김탁성)。だからキムタクなんです。このあだ名で言われて本人が不快だったのは本名だったからなのですね。特に差別の意図はありません。見えないところでも手を抜かない日本人気質を言いたかっただけです。ヒュンダイとトヨタの差異でもあります。誤解のないように言っておけば、元ジャニーズの子たちは応援します。ダンスや歌のトレーニングを真摯に頑張っていたからです。
令和の「声」は上滑りしていると巷間に取り沙汰されています。
声優が職業として定着したからでしょう。要するに舞台経験もなければ、俳優経験も映画出演もしたことがないのです。
昭和を知っている人間ならば、「ちがい」がわかります。
「一番搾り」を愛飲する人が「第三のビール」を試飲して落胆するのと同じですね。
また同じく、レコードとCDとでは、弦楽器の響きが微妙に違います。なぜなら、耳に聞こえない周波をCDでは切り落としているからです。開発したSONYの土井さんはアメリカ主義の合理主義者でしたからそれで良しとしたのでしょう。近年、レコードが見直されているのは、いろいろ気づいた人が多かったからです。
進士作左衛門は、早速ネットでアニメーター志望を公募しました。
小松原一男テイスト、吉田竜夫テイストができる画家を求めています。彼らの絵に菊池俊輔や渡辺宙明、すぎやまこういちの音楽が流れて、昭和声優が命を吹き込みます。古参声優のAI処理は、CDの失敗を鑑みて聞こえないレベルの周波数にも心を配る腹積もりです。
石橋貴明がまた茶化すかもしれない。文化人からは「ネオゴシック様式のエピゴーネン(真似)か(笑)」と言われるかもしれない。それでもいい。必ずやり遂げてみせる。作左の目力は本物でした。

ヒトデヒットラー/東映