歴史家とっきぃの 振り返れば未来

歴史家とっきぃのブログです。

歴史、日本のカルチャー、勉強法、生徒物語などを随時、更新していきます。


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こんにちは。
歴史家とっきぃです。

「へそ塩」の記事のバージョンアップ版です

へその上にガーゼで包んだ天然塩を置くことで

おなかがポカポカなります。邪気が抜ける感覚の方もおられます。
いずれにしても、心身を浄化します。


ネット検索で出会った話ですが、

さる女性は月経中は必ずへそ穴を塩で埋めるそうです。かなり体調が改善する由らしいのです。
また、へそ穴は排ガスの最終処理工場で、ワキガの人はへそに塩を塗るそうです。
あくまでネット情報ですので信憑性は疑問ですが、かなり共感できる情報です。
私も「へそ塩」初日、上半身の新陳代謝がかなり進行しました。全身から吹き荒れていたコナが止んだのです。もちろん部分的には時々ぶり返しますが、これには驚きでした。


へそは、生まれる前の胎内では栄養の補給と老廃物排出を一手に担っていた関所です。

西洋医学では生誕とともに退化するみたいなことを言っていますが、それは幼稚な帰結です

へそ穴に時々、水が湧き出ることがあります。経験している人は結構いるみたいです。ところが西洋医学は答えを用意していません。

医者にしたところで「さぁ、何なんですかねぇ」でごまかしてオシマイです。
東洋医学では、へそは
神闕(しんけつ)という経穴、つまり経絡秘孔の一つです。へそ塩灸といって、へそ塩の上にもぐさをおいてお灸を据ゑるそうです。




へそ穴から水が出るのは、排毒行為です。腎臓も肝臓も多忙なものだから、腸管と自律心系が相談して奥の手を使ったのです。それがへその水です。要するにへそは現役で機能しているのです。決して生まれてくる前の遺跡ではありません。

 

へそに塩を入れるとおそらく全身が清浄されるのでしょう

処方して数日はもしかしたら性器から排毒するケースがあるかもしれません。その場合、かなりの異臭が発生します。

人間の皮膚で一番柔らかいのは男子ならば陰嚢、女子ならば小陰唇です。どちらも同じ材質で構成されています。

最近、密かに老若男女が苦しんでいる局部湿疹。男性ならば陰嚢湿疹、女性ならば「デリケートな部分の痒み」です。何を塗っても一時しのぎ。

皮膚科に行けば「とりあえずこれ塗って」でステロイド三昧です。接骨院とかの東洋医学系ならば、湿熱とか、腎虚だとか言われますが、「食生活を注意してお大事に」でオシマイ。


これがへそ塩では症状が一気に軽減します。完治こそしませんがありがたいことです。陰部のかゆみで悩んでいる方、お試ししてみてください。

なお、病んだ皮膚はせり上がってきてボロボロ崩れていきます。

また、塩は余分な悪い脂肪を溶かす作用もあるそうです。
そういえば、へそ塩を処方して以来、私はマックのポテトの臭いが身体からしてきます。


塩の香りも含めてですが、過酸化脂質の臭いだと思います。食品添加物の排除もへそ塩はやってくれているのだと考えられます。

ファーストフードのポテトはロクな食品じゃありませんね。ちなみにマックの食塩は精製塩です。


ところで、へそ塩で口内がしょっぱくなるのはどうやら、病人だけみたいです。健康な方には生じないのかもしれません。

また、へその裏側には自律神経のドンたる太陽神経叢(腹腔神経叢)が、もさっと鎮座していますから、塩で浄化することで安眠できます。


これでもうアメリカ製やらの怪しげな睡眠薬に頼らずにすみますね。
生理中の女性が毎月へそ塩をやっているくらいですから、かなりの効果が期待できると拝察します。


アトピー性結膜炎など目に関するアレルギーの方、是非ともお試しいただきたいです。もともとはものもらいへの民間療法です。とっきぃもベタベタ涙や目のかゆみ、落屑が消えて、大いに助かりました。すべてへそ塩のおかげです。

へそを直に塩で埋めるのはやめましょう。炎症を起こします。

以上、へそ塩記事への追加情報でした。


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こんにちは。

歴史家とっきぃです。

 

志茂碩敏(しも・ひろとし)博士の『モンゴル帝国史研究 正篇』(2013/東京大学出版会)を拝読しました。

 

前著『モンゴル帝国史研究 序説』(1995/同)は、フレグ・ウルス(イル・ハン国)に特化したモンゴル研究でした。

今回はさらにフレグ・ウルス君主のガザン・カンとオルジェイト・カンが編纂させた書物に特化しています。

ガザンが家臣のラシード・ウッディーンに自分の口述筆記を出版させた『モンゴル史』、それを次代のオルジェイトが改訂改題して出した『集史』の2冊です。この2冊を比較検討することでガザンやオルジェイトの政治的な意図が見えてくるという内容です。一字一句を厳密に洗いなおしているので、読むのに非常に根気が必要です。ですので、冒頭の序章と最終章を読むだけで一般の方は十分だと思います。

関連画像「ジンギスカンコンドル」の画像検索結果

本書で志茂博士が声を大にして言いたかったのは、モンゴル帝国の国号である「イェケ・モンゴル・ウルス」の”イェケ”の意味合いです。従来は単純に大きいと判断していたのが先学ですが、そうではなく”イェケ”は「大将チンギス・カン御一門」という意味なのだそうです。そうなると国号の意味はとっきぃ訳でいけば「大将チンギス・カン御一門と御家人たちからなる遊牧騎射軍団がつくる人間の渦」となります。「御家人」というのは鎌倉武士や江戸幕府の直参と同じ言葉ですが、れっきとしたモンゴル史の学術用語です。モンゴル語ではノコル(ネケル/Nökör)、ペルシャ語ではアミール(amīr-i buzurg)と言います。それぞれ、原義は別の意味があります。原義で判断しては間違いを起こすのが歴史用語ですので、注意したいものです。

 

というわけで、

コアとなるのは中国人官僚でもなく、イラン人宰相でもなく、どこまでいってもモンゴルの軍事組織なのです。

大元ウルスやフレグ・ウルスで採用されている中華風、イスラム風の官職は、定住型の被支配者を統治するための道具でしかありません。契丹が遊牧民と農耕民とにわけて二元政治をやっていたのは有名ですがそれとおんなじです。生活スタイルの違うもの同士が共存するためには異質なものをそのまま認めることが大事なのです。東ゴート王国のテオドリック王も同じ方針で成功しています。

 

むしろローマみたいな世界市民主義(コスモポリタニズム)の方が成功は珍しい。はっきり言って迷惑かもしれません。アラブの春だのオレンジ革命だの、アメリカさまのやりたい法第で世界の半分がメチャクチャです。みんながみんなアメリカン・ウェイ・オブ・ライフを求めていると考えるのはアメリカさまの妄想です。ぜひともトランプ大統領には修正していただきたいものです。

「ジェネラルシャドウ」の画像検索結果

 

志茂博士はこのユーラシア型国家構造を敷衍(ふえん)して唐帝国の政治体制に言及しています。大唐帝国を建国したのは北魏や、隋と同じく鮮卑族です。要するに北方遊牧民なわけです。

強大な騎馬軍事力で国を支えていたからこそ、国際交流豊かな貞観時代や開元時代をおくれたのです。租庸調制とか、均田制とかいうのは民間人である農耕民を治めるための政策であり、大唐帝国の本質ではないというのが、志茂博士の帰結です。とっきぃも大賛成です。

「ムカデヨウキヒ」の画像検索結果

そして、大唐帝国やモンゴル帝国の国家構造はそのままユーラシア国家に当てはめることができます

五胡十六国時代とその後は、北方民族が中華本土を支配します。北魏と隋・唐は鮮卑族でしたが、、五代十国時代はトルコ(沙陀)系、北宋・南宋は遊牧民の子孫、金と大清グルン(清国)は狩猟民の女真族です。例外は漢民族の朱元璋が建国した大明だけです。

 

こうして見ると、

中華本土の国家も大部分がいわゆる「武家政治」だったことがわかります。この方面から、東洋史は再出発する必要があります。

モンゴル研究は、いまやペルシャ語文献が主流になってきています。そして今現在、日本がモンゴル研究の最先端なのです。

漢文素読ができれば間に合っていたのどかな時代は、はるか昔となりつつあります。

 

モンゴル研究の成果を応用すれば、大唐帝国の従来のイメージとは違った姿、あるいは本当の姿が浮かび上がってくることまちがいなしです。節度使とは、藩鎮とは、府兵制とは、新しい解釈も出てくると思います。

同じことは、イランや中央アジアでも言えます。

ティムールは帝国を築いたあとでも、決して「カン」を名乗りません。あくまで譜代御家人である「駙馬家」(ふば・け)を称しています。「カン」を名乗れるのは「大将チンギス・カン御一門」だけですから。

唯一の例外は女真族のホンタイジが「伝国の璽」を譲られて正式に大カアンに就任したことです。

以降は大清グルンの愛新覚羅(アイシンギョロ)家が大カアン兼中華皇帝として東アジアの盟主になっていきます。

「ホンタイジ」の画像検索結果

 

ユーラシアの歴史の流れは、大河となってモンゴルという大きな湖に集まり、再び河となって流れていきます。中華本土の大明、モンゴル直系の後継国家である大清グルン、オスマン帝国、ムガール帝国、ロシア帝国と大きな流れができました。また、アフロ・ユーラシアサイズの経済交流はやがて、西洋のルネッサンスや大航海時代に結実していきます。

「プーチン」の画像検索結果「アウグストゥス」の画像検索結果

杉山博士の京大派ばかりが有名ですが、今回の志茂博士は東京大学出版会から上梓されています。東大派なのでしょうか。いずれにしても、モンゴル史の新しい扉をあけた俊英の先生方を心より賞賛したいと思います。そして、東洋史研究の若手研究員もがんばってくださいね、未来は皆さんの知的真摯にかかっております。

Fight!  Remember!

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こんにちは。

歴史家とっきぃです。

 

今日は上野の国立西洋美術館に、アルチンボルド展を見に行きました。

国立西洋美術館は最近世界遺産に登録されています。現代建築家のル・コルビュジェの作品の一部だからなのだそうです。見た目は四角形の寄せ集めで無骨ですが、館内はあちこち小さな階段があり、全体的に回遊式になっていて庭園も組み合わせると、退屈しない仕掛けがいっぱいです。ただし、鑑賞者が迷子にならないようにいたるところが”進入禁止”になっていますね。

 

この美術館はとてリーゾナブルで入館料はワンコインでお釣りが来ます。もちろん常設展示に限りますが。そしてこの美術館、実は写真がバシバシ撮れるのです。イベント展みたいに他所の美術館から拝借したものはご法度ですが、自館所蔵品ならOKみたいなのです。なんとも太っ腹ですね。入館しなくても前庭にはロダンの傑作がゴロゴロありますよ。圧巻は「地獄の門」ですね。何か苦しいときにあったとき、とっきぃは必ずこの「地獄の門」の前で捲土重来を誓います。

 

「世界遺産国立西洋美術館」の画像検索結果

さて、アルチンボルド。

やはり本物を間近でみると迫力が違います。画家のエネルギーが伝わってきますね。

アルチンボルドはミラノ人ですが、オーストリアのハプスブルク家に仕えます。当主はフェルディナント一世皇帝です。この皇帝はもともとスペイン女王の次男です。スペイン生まれのスペイン育ち。厳格なスペイン宮廷で育ったから、やかましい性格に育つかと思いきや、割りと明るい積極的な性格になりました。

兄カール五世皇帝と協力して、持ち前の明るさで宗教戦争をなんとか和議に持ち込もうと努力します。奥さんのアンナ皇后が大変なアゲマンで、ご主人にボヘミア王位とハンガリー王位をもたらします。

また、ドイツ・イタリア・スペインと広大な領地の統治に疲れ果てていた兄皇帝は、後継者に自分の轍を踏んでほしくなくて、自領を「ドイツ」と「その他」に分けます。「ドイツ」は弟のフェルディナントに、「その他」は嫡男のフェリペに譲りました。

 

結果として、神聖ローマ皇帝位とオーストリア、チェコ、ハンガリーがフェルディナントの身代になります。うち、チェコの世襲に成功してプラハを拠点に定めました。ばかりか、骨もキッチリ埋めました。宗教政策が危ういバランスの上に立っていることを実感したので、兄である先帝の遺言を無視して自分の息子に帝位を継がせます。

 

遺言では兄の息子であるフェリペを後継(皇帝位)に据えるようあったのですが、フェリペはスペイン王フェリペ二世その人です。要するに、ガチガチのカトリック信者です。こういう人物を帝位に就けたらドイツがメチャクチャになるのは目に見えています。その隙を突いてオスマン・トルコ帝国が押し寄せてきたら今度こそウィーンは陥落するでしょう。

ドイツ統治の肝は、新教徒の外様諸侯といかに折り合いをつけるかにあるのです。けっこう大きな課題でして、19世紀末ですら、ビスマルクは苦労していましたからね。

フェルディナント皇帝はなかなか柔軟な精神の持ち主で、兄弟とも仲良く、夫婦円満でした。

 

アゲマン女房だったアンナ皇后のために、旦那皇帝はわざわざ離宮をプレゼントしています。美人薄命で、四十路すぎて鬼籍に入られました。旦那さんのフェルディナント皇帝の落胆はどうしょうもなく、暗くなって引きこもりになったほどです。美人であるのみか、良妻賢母の見本みたいな方です。

「Anna Jagiello」の画像検索結果

こういう主君にアルチンボルドは仕えたのです。あの奇想天外な発想はこういうパトロンだったればこそ、生み出されたのでしょうね。

 

フェルディナント皇帝の亡き後は嫡男のマクシミリアンが帝位を襲います。曽祖父の名を継いでマクシミリアン二世を名乗ります。この人も柔軟な精神の持ち主です。親が親ですからね。語学も得意で自然科学への理解もすばらしいです。当然のことながら、宗教戦争のアホさ加減もわかります。しかしながら、善人であるのが玉に瑕で決断力に劣るのです。ルイ十六世と似ています。

親戚筋のスペイン王(従兄)に意見されたり、外様大名のプロテスタント諸侯に怒られると、口ごもってしまうのです。

奥さんはスペイン王の妹御でサゲマンのマリア皇后です。嫡男を実家のスペイン王国に送ったのもこの人の意向でしょうか・・・。

「Maria de Habsburgo」の画像検索結果

マクシミリアン二世の後をルドルフ二世が継ぎます。この人は上述のように、スペインで育てられました。

新教寄りの従弟(マクシミリアン帝)に危惧したスペイン王と彼の妹で母親マリア皇后のご意向です。厳格に洗脳されてドイツに放流されました。皇帝位を継ぐと予測どおりさっそく新教徒を弾圧します。

 

ところがハンガリーで一揆が発生すると、意見が二転三転してしまいます。結局、どうにもならなくなって仲の悪い弟のマティアスにハンガリーを押し付けてしまいました。マティアス帝は新旧教の融和に努力しましたが、ときすでに遅く最悪の三十年戦争にドイツは突入していきます。

 

ルドルフ二世は本業はからっきしダメでしたが、文化人としては明朗で教養人です。珍しい動植物のコレクションを生涯続けて、帝都プラハは博物館の様相を帯びていました。アルチンボルドは、プラハで珍しい新大陸の植物や珍奇な動物に触れることにより、イマジネーションを爆発させます。そして動植物の精緻な模写で人間の顔を描くという芸当をやっているわけです。ユーモアを受け入れる土壌と、目に見えないものへの想像を許容する空間があってはじめて、アルチンボルドの傑作は生まれるのです。

 

ルドルフ二世も弟のマティアスも子供はいませんでした。祖父フェルディナント皇帝から受け継いだ柔軟な精神と、ユーモアを理解する心はここで終焉します。

以後、オーストリア帝国からアルチンボルドみたいなユーモアのセンスはついに生まれませんでした。

思えば、フェルディナント家三代が奇跡だったのかもしれないですね。

 

アルチンボルド展、面白かったです。

アトラクションに、自分の顔を野菜で組み立てるコーナーがありました。画面の前に立つと画面に野菜や果物が現れて自分の顔が出来上がっていくのです。みんなスマホでバシバシ撮っていました。

 

アルチンボルド展を鑑賞したあとは、同券で常設展示も観れますのでたいへんお得です。ピカソやルノワールにモネの睡蓮も見れますよ!

 

ハプスブルク家三代への思いも込めて、一度上野を訪れてはいかがでしょうか。

 

そして、美術館を堪能したあとはもちろんアメ横ですね。

モーゼスさんのケバブで「ミックス・ミックス」(井上スペシャル)を堪能しましょう!

Viva La Vida.. by Zohre Miha-モーゼスさんのケバブ3

関連画像

なお、今日は上野公園で「ネパール・フェスティバル2017」を実行していていました。

関連画像

お美味しそうなネパール料理がいっぱい並んでいましたね。

メイド・イン・ネパールの「ネパールアイス」というビールをいただきました。こってりして美味しかったです。

「ネパールアイス」の画像検索結果

 

さて、

今日は、南千住コツ通り商店街の盆踊り大会です。

去年は東京を離れていたので2年ぶりです。

区長によれば犯罪も少なく、子育て環境もすばらしいということで、安倍総理に褒められたとのことです。事実、荒川区の人口は増えています。

また、衆院議員の松島みどり自民党前副幹事長や地元の区議会議員があいさつしていましたね。

日本舞踊の藤川流お家元藤川澄十郎先生の艶姿を久々に拝見できて、とても嬉しかったです。動きが軽やかで、しなやかさが出ていました。修練を積んだのかもしれないですね。まだ二十代の女の子ですがしっかりしています。

 

たかだか盆踊りです。が、芸能の根源でもあります。

澄十郎先生、2年前は指先から気が出ているくらい、踊りにキレがあったのですが、今年はまろやかさが出て、よけいなお世話ですが恋でもなさっているのかとも思いました。

櫓の上で輝き続ける澄十郎先生に触発されたのか、ギャラリーも続々と踊りの輪に加わっていました。彼女もまたアゲマンです。

藤川流一門は、今盆踊り大会のためにおそろいの水色の浴衣をまとっておられましたね。

お家元澄十郎先生が身につけているトリコロール(赤白青)の浴衣は別格で、その美しさときたらもう夢を見ているようでした。

 

とっきぃとは身分が違うお方なので、お声もかけられないですが、心より藤川流の隆盛をお祈りいたしております。ほんのちょっぴりですが、個人的にも応援しています。

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