2年前の医療訴訟を振り返る | 総合診療医:誰もがわかりやすく医療を理解する事ができるブログ

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2年前(2014年)、私はある医療訴訟に関する自分の考えを投稿していた。
  

心筋炎1

  
まず、当時の医療訴訟を振り返る。
  
  
2010年9月、長崎県の離島、新上五島町の上五島病院で入院中の少女(当時13歳)が死亡。
  
2014年3月11日、長崎地方裁判所は医師が他の医療機関に転院させなかったことが原因。
少女の両親に約6400万円の損害賠償を支払うよう、運営する長崎県病院企業団に命じる判決を言い渡した。
  
  
少女は2010年9月、頭痛や吐き気を訴えて入院し、3日後に急性心筋炎で死亡。
両親は、病院を運営する県病院企業団に約9000万円の賠償を求めて提訴した。
判決によると、医師は血液検査などから、少女がウイルス性肝炎の疑いがあると診断し、転院の必要性について考えていなかった。
  
しかし判決は、血液検査などから急性心筋炎を疑うことができたと指摘。
より高度な機器で治療できる医療機関に転院させる必要があったと判断した。

  
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その後、この訴訟は病院側が控訴、2015年2月26日、福岡高等裁判所にて第二審。
長崎県病院企業団に約6400万円の支払いを命じた一審判決を変更し、330万円の支払いを命じた。
  
事実上、遺族側敗訴/病院側勝訴である。
  

五島2

  
さて救急医である私の考え方を述べたい。
『この担当医が私でなくてよかった、地雷を踏まなくて良かった』である。
  
人1人が亡くなっているのに、『地雷』だなんて何とも失礼な表現だが、これが医師としての正直な気持ちである。
  
そもそもなぜ『地雷』なのか?
この訴訟の、死因となった『急性心筋炎』について知る必要がある。
  

心筋炎4

  
『心筋炎』
ウイルスや細菌の感染により、心臓そのものに炎症を及ぼす病気で、多くは感冒症状や消化器症状が始まる事が多い。
この少女のように、肝炎ウイルスが原因の場合もある(上の写真を参照)。
  
その後、胸痛や心不全症状を起こすが、心臓としての症状が典型的でない場合も多く、診断が困難な事も珍しくない。
時にこの少女のように『劇症型心筋炎』と言って、症状の進行があまりに早く、あっという間に心臓が止まる場合もある。
免疫力が高いはずの20歳台前後の人でも、発症する事がある。
  
  
#対策
稀な疾患とは言え、一般人にとっては、どうやったらこの病気にならないか気になるところであろう。
説明したように、発症前には何らかの感染症を伴う場合が多い。
上の図ではあまり聞きなれない病気が多いが、この中にはインフルエンザも入っている。インフルエンザでも時に死亡する事があり、毎年ニュースになっている。
  
これはもう、日頃の免疫力を落とさないような生活を続けるしかないであろう。聞き慣れない病気に罹るという事は、免疫力が相当落ちていると考えられる。
もちろん1年365日暮らしていると、疲れがたまる時もあるだろう。そういう時こそ、自覚をもって疲れを癒すような対策をするしかない。
  

心筋炎3

  
実は、私個人も同様の症例経験がある。
  
感冒症状で独歩来院された30歳代の患者さん。
来院当初は症状が軽いが、1人暮らしだから念のため1泊入院しましょうという判断であった。
この患者さんの場合は、心臓症状がないため、いつもは入院患者さんにルーチンに行なう心電図検査すらしなかった。
血液検査は通常の血算・生化学・血糖検査のみ行ない、異常を認めなかった。
  
ところが、点滴を始めただけで呼吸苦が出現し、まるで坂を転げ落ちるように症状が悪化。
私の目の前で心停止となり、ただちに救命処置を行なったが、エピネフリンなどの薬剤に全く反応する事なく、命を救えなかった経験がある。
  
後ほど父親が来院し、十分に説明を行なった。
確定診断のためには病理解剖が必要である事も説明したが、そこまでは求められなかった。
父親は納得された。
  
診断が難しい劇症型心筋炎は、医師人生で1回あるかないかの病気である。
私が経験した症例も、亡くなった後に劇症型心筋炎であったのだろうと思われた。
  

心筋炎6

  
さて裁判の話に戻る。
  
私は、一審の判決は不服であった。
二審もやや不服ではあるが一応納得、330万円は遺族側への見舞金であろうか?。
ご遺族としてはもちろん無念であろうが。
  
まず一審、なぜこのような判決が出たのであろうか?。
日本の裁判官は、医療に関しては世界的にも素人らしく、当然医師からの意見を参考にするはずである。
  
それならば、相談を受けた医師は当然わかっているはず。
『心筋炎』の診断がいかに難しいか!!
判決の「血液検査などから急性心筋炎を疑うことができたと指摘」は絶対にあり得ない。
『心筋炎』独自の血液検査結果などはないからである。
  
したがって、「心筋炎」自体の診断がつかなかった症例が、圧倒的に多いと私は思う。
  

心筋炎2

  
そしてこの裁判は、違う意味で問題も含まれている。
それは医療の「萎縮」である。
  
たとえば、よくありがちで、それらの結果から当然診断できなければならないと言った病気を見落とすようでは、もちろん医師(病院)側に非がある。
だが『心筋炎』の見落としは、過失とは言えない。
  
理想を言えば、医師としての「第六感」があればいいのだが、全ての医師にそれを求めるのは不可能である。
  
心配なのは責任を免れるために、開業医や小さな病院などが大病院へ患者を集中させてしまう可能性がある事。
その結果、勤務医が疲弊して、疲弊が予期せぬ医療ミスを起こす可能性もあったり、あるいは燃え尽きる可能性がある。
  
このような医療訴訟が増えては、間違いなく日本の医療は崩壊すると言っても過言ではない。
  

五島

  
もう1つ、離島医療について。
尚、私は離島での医療経験はなく、おそらくこの先も経験する事はないと思う。
  
離島は当然、医療過疎である。
その道のスペシャリストはいない(必要もないが)し、そもそも医師不足である。
  
ちなみに上五島病院は、一般の小児科医が当時は2名だった。
明らかに医師不足である。おそらく他科も同様であろう。
  
そのような地域で、どれだけ高度な医療を求める事ができようか。
今回の『劇症型心筋炎』は離島に限った問題ではないが、そこまで高度な知識どころか、医療過疎地域で少々医療レベルが落ちる事は、そこの住民は覚悟しなければならないと思う。
  
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そして第一審の「より高度な機器で治療できる医療機関に転院させる必要があったと判断した」、こんな事は簡単ではない!!
  
救急車は1回の出動で、全国で一番低い所でも4万円の国民の税金を使っている。
それに対して、ドクターヘリは1回の出動で地域によって違うが、少なく見積もっても400万円(実際にはそれ以上)!!はかかると思われる(メンテ、人件費なども含める)。
  
ドクターヘリを要請する事は、決して簡単ではないのである。
裁判所はそんな現場・医師の立場など、到底わからないであろう。
  

心筋炎5

  
それと、医療訴訟でよくあるのが、医師からの説明不足である。
この訴訟にも、もしかしたらそんな背景もあったかもしれない。
  
残念ながら、医療過疎の地域でそれを都会の病院と同じ事を求めるのは、医師にとって酷である。
医師不足でただでさえ忙しいのに、説明に時間を細かくとる事などできない。
  

後姿

  
医療関係者側の考えと、一般の人たちの考えとはきっと違うと思う。
皆さんは、どのように思われたであろうか。
  
『劇症型心筋炎=地雷』、これはまぎれもない医療者側の気持ちである。
  
私にもいつか「地雷を踏む」、そんな時が来るかもしれない。
それが私の救急医としての潮時かなあ。
  
(画像はネットより引用)