わの舞 in 京都② | 心きらめくSpecial Days

心きらめくSpecial Days

日々の想いを綴っています

著者は

村人たちとの踊りで 至福のような一体感を味わいキラキラ

人々の愛の意識の海の中にいるようだ と表現し


その感覚を 言葉で表せないのがもどかしいと


書いておられます



~ この村では 男女関係のもつれなど ただの一度も

  目にしたことはなかった。


  あの祭りで体験したような愛に包まれて育つ彼らは

  愛に飢えたり 愛を渇望することがない。


  だから それを相手に求めたり 不満を抱いたりすることが

  なく 反対に 誰もが当然のごとく愛を与えようとする。


      中略


  所有欲や嫉妬心で相手を縛る観念のない彼らは

  相手と結ばれた後も 他の異姓と調和的で親密な関係を

  保っていた。

 

  法律や政府による結婚管理のない彼らは

  一夫一婦はもちろん 状況に応じて 一夫多妻や

  複数の結婚形態が自在に混在、見事に

  バランスが保たれていた。


  あの一 なる中心に 村人たちすべての意識が

  結ばれているからに違いない。


  大道に満たされた彼らの中には

  個人的な欲でそれを求める心などないからだ。

  それは 人間以外の存在に対しても同様だ。


  財産の一人じめなどあろうはずはなく

  財産という概念自体 彼らには無かった。


  彼らの愛のすべてを実現させているものは

  単なる男女の愛そのもではなく そのすべてを

  包括する大きな愛(大道)なのであり

  それを支えるものこそ

  あの彼らの祭りなのだ。


  文明人は この愛の本質であるグレートタオを

  失っている。



古代社会、未開文明にこそ理想の形があり


この村と比べると 現代の日本社会が労働に縛られた


奴隷的な社会、暴力的な社会に感じられる


というのも そうだろうなと 考えさせられました。


ほんとにユートピアのような村ですね。



この村人たちの意識の高さ、気高さに心魅かれた私は


その意識に近づくには 円になって踊る・・・


身体で表現すること


と感じて わの舞にぜひ参加したい~!(^O^)/


と なったわけです。



新刊、タオの法則が発売されたそうですが


今回の講演会も その内容に触れておられました。



内容については 次回に・・・




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