love fool 02 | 百夜百冊

百夜百冊

読んだ本についての。徒然。

其の二

その部屋には、ふたりのおとこがいる。
広く、薄暗い部屋であった。
その中心に、円卓がおかれており、その机にふたりのおとこはついている。
部屋の周囲は、闇の中に飲み込まれており、壁を見ることはできない。
その円卓だけが、闇の中に浮かび上がっている。
ふたりのおとこ、ひとりは痩せており、ひとりは太っていた。
外見には似かよったところはないが、しかし共通点はある。
ふたりとも、夫であったり父であったり、市民であったりするまえに、ひとりのおとこであると。
そういう、顔つきをしていた。
おそらく、必要があれば容赦なく酷薄になれるような、鋼の厳しさを内に隠している、そんなおとこ達である。
闇の中から、もうひとりのおとこが姿を表す。
闇から溶けだしたかのように、黒いおとこである。
僧衣のような黒い服を身に付け、黒い髪、黒い瞳を持ち。
昏さを湛えたその表情も、どこか黒い。
そんなおとこが、円卓についているふたりのおとこの間にたつ。
おとこたちの表情に、緊張がはしる。
黒いおとこは、痩せたおとこを見ていった。
「モンタギュー、それに」
今度は、太ったおとこを見て言う。
「キャピュレット」
キャピュレットと呼ばれたおとこは、耐えかねように口を開く。
「エスカラス大公、」
キャピュレットは、エスカラスに瞳で制され、口を閉ざす。
黒い男、エスカラスは、ふたりのおとこを交互に見ると、語り始めた。
「おまえたちが何をしようが本来は関知するつもりは無いが、馬鹿騒ぎにも限度があるぞ」
モンタギューと、キャピュレットは、一瞬眼差しを交わしたが、何も言わずにうつ向く。
「司法が介入するような騒ぎを、このヴェローナ・ビーチでおこすな。金で沈黙を買うことはできるが、それにも限度と言うものがある」
エスカラスの瞳は、太古の司祭のように、呪術的な力を宿しているかのごとくふたりを凍らせる。
エスカラスは、言葉を重ねた。
「なあ、モンタギュー、それにキャピュレット。もし次にこんなことがあれば、おれはコークのビジネスから手を引く。そうすればおまえたちは、ニューヨークのガンビーノと直接取引をすることになる」
モンタギューは、苦々しい顔をして、口を開いた。
「それは」
「無理だろう。おまえたちは今のしのぎを続けたければ、限度をわきまえろ」
モンタギュー、それにキャピュレットは、その言葉に深々と頭を垂れる。
「おれの話しは、これで終わりだ」
ふたりのおとこたちは、エスカラスの呪縛から解き放たれたように、立ち上がった。
立ち去ろうとするふたりに、再びエスカラスが声をかける。
「キャピュレットは、残れ。紹介したいおとこがいる」
モンタギューは、一瞬鋭い眼差しでキャピュレットを見たが、エスカラスに一礼すると部屋を出ていった。
キャピュレットは、少し戸惑った顔をしてその場に残る。
「一体、」
キャピュレットの言葉を遮るように、エスカラスは叫ぶ。
「パリス!」
闇の中から、おとこが姿を表す。
映画俳優のように、整った顔であり、洒落たヴァレンチノのスーツを見事に着こなしている。
ブロマイドのハリウッドスターみたいに、華やかな笑みを浮かべていた。
「パリス・ガンビーノだ。ステーツから来た」
キャピュレットは驚いた顔をして、パリスを見る。
パリスは、優雅に一礼をした。
その仕草は、貴族のように洗練されている。
「パリスは、おまえの娘、ジュリエットと結婚したいそうだ」
エスカラスの言葉に、キャピュレットは腹を殴られたように一瞬息をとめたが。
すぐに平静を取り戻し、笑みを浮かべる。
「光栄です、シニョーレ・ガンビーノ」
「パリス、と呼んでください」
パリスは、キャピュレットに手を差し出して言った。
「僕は、ヴァージニア州ラングレーから来ました」
キャピュレットは、苦いものを飲まされた顔をして、パリスと握手をする。
「笑えない冗談ですな」
キャピュレットの言葉に、パリスは大きく笑う。
「あいにくと、冗談ではないのですよ。僕はあなたがたのいうところの、カンパニーと繋がってます」
キャピュレットは呆れ顔になって、エスカラスを見る。
エスカラスは、魔物のように邪悪な笑みを浮かべていた。
「まあ、決めるのはおまえだ、キャピュレット」
キャピュレットは、深い深いため息をつく。