「…ずいぶん…大きな川ね…なんていう川なの？」
熱海の温泉旅館に来て…
2日目の午後…
窓の外の…太平洋を眺めながら…
母が言った…
「…いま…どこにいるか…わかってる？」
「…え…ウチ…だったかしら……えっと…どこだったかしら…」
「…昨日から…家族みんなで…熱海に…来てるんだよ…」
「…あ…あ……ああ……わかってるわよ…熱海にいるんでしょ…」
「…あれは…川じゃなくて…海…だよ…」
もしかしたら…
母との旅も…これが最後かな…
なんて思うから…
奮発して…特別貴賓室に…
滞在しているというのに…
お湯を…楽しむこともせず…
食事も…たいして口にせず …
浴衣にも…着替えず…
ずっと…外出着のままで…
ただ…ぼんやり…海を眺めてるだけの…
母…
ここには…居たくないのかな…
2泊も…する必要は…なかったのかな…
家に…帰りたいのかな…
こんな旅は…
親孝行…とは…
言えないのかな…
熱海に…連れて行った…
いい温泉宿を予約した…美味しい食事を注文した…
そんなの…ただの…僕の自己満足…
一方的に…旅を押しつけたって…
親孝行とは言えない…
母が…どう思ったか…なにを感じたか…
それが…大事なんだろうけれど…
本人も…もう…
よく…わからないんじゃないかな…
いつでも…
僕につかまっていいから…
ずっと…
手を引くから…
また…どっか行こうよ！
だから…
どうか…
長生きしてくれよ！