夢現無双 ② ’19年・月組・東京 「○○作」 | To TAKARAZUKA once a month at leastー観劇・備忘録

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グランステージ『夢現無双 -吉川英治原作「宮本武蔵」より-』
脚本・演出/齋藤 吉正

令和元年5月26日(日) 東京宝塚劇場 午前11時公演 1階23列センター上手側S席 / 6月2日 午前11時公演 1階14列上手側S席

この前の日曜日は、小学生低学年くらいのお子さんたちが目につきました。どうしてだったのかな? この作品って、大人には...だけど、実は子供受けがいい...わけないですよね(笑)。私の前のお嬢さんのお母さんが、係員さんに「今日はお子さんが多くて、座席に置く子供用のクッションがなくなった」と言われてましたから、本当に、お子さんが多かったようです。

さて、昨日も観劇しました。幕間で
「やっぱり面白い、原作が読みたくなった」
というお声が聞こえてきて...書くの止めようかとも思いましたが...感じ方は人それぞれだし...自分自身の感じたことも書いておくことにしました...ということで、例によって
「頓珍漢」
な内容である可能性は高く、かつ

<最近では、「最高の辛口記事」かつ「ネタバレ盛大」となっておりますので、ご注意ください>



○ 一人舞台?

第0場 美少年 ―越前―
第1場 故郷 ―幼馴染―
第2場A 関ヶ原 ―男たるもの―
第2場B 伊吹山 ―お甲と朱美―
第3場A 故郷 ―お尋ね者武蔵―
第3場B 故郷 ―千年杉―
第3場C 故郷 ―宮本武蔵―
第4場 京 
第5場 風立ちぬ
第6場 それぞれの旅路
第7場 贋流
第8場 柳生の里
第9場 清十郎、破る ―洛北蓮台寺野―
第10場 決闘 ―一乗寺下り松―
第11場 独行道
第12場 剣と鍬 ―法典ヶ原―
第13場 帰郷
第14場 宿命 ―舟島―
第15場 夢現


場面構成を書き出してみましたが、本当に
「武蔵出ずっぱり」
ですね。実際、出ていないのって、プロローグと「第7場」くらいしかないですから。しかも、出ている殆どの場面で、断トツ一番目立っている...まさに
「独り舞台」
と言うべきかもしれません。


○ 3回目の観劇
この前の日曜日が、3回目の観劇でした...。見終って、やっぱり...というか、見ている途中からすでに、かなり「モヤモヤ」が...。この3回目の観劇を見終えて、
「○作」
感は、さらに募るばかり...。そして、この日の時点では、そう感じさせる一番の原因って、この出ずっぱりの主人公自体に
「魅力が乏しい」
ことかな? って思っていました。そして、昨日の観劇でも、その考えは、大きくは間違っていないと思いました...(けど、実際にはお楽しみの方もいらっしゃるわけですから、これは、あくまでも、超個人的な感想です)


○ 原作通り
読んだことはありませんが、原作自体、
「武蔵の成長物語」
なのでしょうから、最初の内、
「極めて未熟な人間」
であるのは、ある意味、当然のことでしょう。ただし、未熟な中にも
「人間的魅力」
を感じさせるものが、もう少し欲しい気がしますが...。この舞台の武蔵は、お通や朱実に対しては、「優しさ」などを少し垣間見せるものの、基本的に、あまりにも
「粗野」
だと思う...。特に、物語の序盤
「第3場A 故郷 ―お尋ね者武蔵―」
村人たちの「のどかで楽しげな寄合 (?)」の中に、突如
「剣を振り回しながら乱入」
する「あまりに粗暴な姿」にはボーゼンとする......というか、「昨今の時節柄」を考えると (今からでも、演出変更すべきでは?)、正直、心底
「ゾーッと」
してしまって...一気にテンション↓↓↓↓...。


○ 成長?
勿論、その後は「沢庵」だけでなく、「日観」や「石舟斎」などとの出会いの中で
「人間的な成長」
を遂げていき、それにともなって
「魅力的な人物」
になる...はずなんですけど...
「清十郎」 → 「吉岡一門」 → 「梅軒」 → 「小次郎」
と、続いていく戦いの中で、「第3場A」で見せた
「見苦しいさま」
を、本当に払拭できているでしょうか? どの戦いでも、どこか
「棘が残る」
感があるような気がする...。実際、舞台上の
「最後のオチ (?)

「儂が憎かっただけであろう」
って......。
そんなことのために、こんな〇戮を続けて......それじゃ、↑の方々が浮かばれない...そんなことなら、第3場Cで「沢庵」が止めを刺しておくべきだったのでは...って、いうか、こういった「オチ」の付け方はやめてください!!


○ ひとまずのまとめ
ということで、私にとって、この作品が、メッチャ「つ○らなく」感じられるのは、あまりにも
「本が○い」
せいで、あまりにも
「主人公に魅力がない」
からだと思っていました...が、昨日の観劇で、それだけではないことに...


○ 4回目、5回目の観劇を終えて...
昨日は、午後も連続で観劇したのですが、この作品って、「主役に魅力がない」だけでなく、
「よー分からんことが多すぎる」
って気もしました。勿論、それは、原作自体が「全8巻」みたいな
「大長編小説」
なのであり、それを、思いっきり
「端折らなければ」
いけないってことが大きいでしょうけど...。

そもそも、「主役に魅力が感じられない」のも、そのせいとも言えるはずです...が、そこは、舞台化において「一番大切」なところなのであり、いくら端折っても、そこを大きくスポイルしてはいけないでしょうね。そして、この
「武蔵の成長物語」
の核となるべき人物は、間違いなく
「沢庵宗彭」
のはずですが、こいつのしていることが、全然
「訳が分からない」
のは、如何なものか...。


〇 転換点?
特に、際立つのが
「第3場 故郷」
でしょう。

お吟が役人に囚われるところを静観 → 武蔵乱入から捕縛も静観 →
してたのに、何故か
牢のお吟を救出 →
その際に、「お前ら兄弟を地獄から救い出す」とかみえを切る →
千年杉に縛り付けられた武蔵を救い出す...
...と思いきや、説教をちょっとだけして、あっさり見限る →
罪人を逃がした身分なのに、何故か、役人と共にいて → 
お吟の牢で、武蔵を待ち伏せし、さらに、突如 → 
「いい加減に観念せい」とか言い出し、役人に追われる武蔵を見捨てる →
運よく逃げ延びた武蔵がお通と合流した場所に、何故か現れる → 
切りかかる武蔵を難なく組み伏せ、また説教を始める
 (そんなことできるなら、もっと早くやれ!)

この一連の行動って、合理的に説明することが出来るのでしょうか??? ここって
「物語序盤の最大の転機」
となるべき場面だけに、この訳の分かんなさに、かなり
「ガクッと↓↓↓↓」
きます...。


○ どこが?
さて、もう一つ、5回見終って感じるのは、この作品って
「一体、どこで」
感動したり、涙したり、魅了されたりすればいいのか...ってことかもしれませんね。
「第3場」のような、どーにもならない (?) 場面は別にしても、本来はクライマックスとなるべき、数々の
「決闘シーン」
いずれも、↑にも書いた通り、どこかスッキリしないものが付きまとっていたように思います。さらに言えば、
「正二番手スターの退団公演」
であるにも関わらず、それっぽい場面って、
「銀橋で短めの曲」
を歌うとこだけ...本来のクライマックスとなるべき
「第14場 宿命 ―舟島―」
だけで、それらしさを感じれる方が、多くいらっしゃるとは、トーテー思えない...。

● 作品評 ×

少なくとも、私にとっては、まごうことなき、「〇作」です。はっきり言って、
『邪馬台国の風』
の方が、何倍も楽しめると思います (少なくとも、泣けるとこは、ちゃんとあったし)。そういった意味では
「大〇作」
と言うべきなのかもしれません。


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