ファントム ⑬ ‘18年・雪組・東京・前々楽 「東京よりも?」 | To TAKARAZUKA once a month at leastー観劇・備忘録

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My Favorites:
①ちーずちゃん ②はばまいちゃん ③たけちゃん ④こっちゃん ⑤キキちゃん
①20世紀号 ②1789 ③ファントム ④王家に捧ぐ歌
①とうこさん ②あさこさん
①あすかさん ②おはなさま 

三井住友VISAカード ミュージカル『ファントム』
脚本/アーサー・コピット 作詞・作曲/モーリー・イェストン
潤色・演出/中村 一徳 翻訳/青鹿 宏二

東京宝塚劇場 平成31 年2月9日 午後15時30分公演 2階12列上手側B席

前々楽、前楽、千秋楽と3回連続観劇でした...まあ、何度見ても、結局は「もっと見たかった」って思うだけなんですけど...あまりに素晴らしい公演だっただけに...ロスもキツイ...早く、BD, CD 来ないかな...
さて、遂に感想も「⑬」まで来てしまいました。でも、13って、何となく縁起が悪い気がするので、今回は短めにして、無理やり「⑭」まで作ろうかな...(笑)



○ 貸切公演ご挨拶
前々楽は、「VISAカード貸切公演」でした。
「フィナーレの黒燕尾の中で、『みついすみともびざかーど』っていう振りがあったの、皆様ご存知だったでしょうか? これです!」
(大階段を下りながらの、身体の前で、手を動かす振りをみせる)
「はい、冗談ですけど(笑)」

本当に...立派なトップさんになられて...感無量でした...(笑)


○ TAKARAZUKAあるある
さて、通常の (?) TAKARAZUKAの本公演の舞台は、
「大劇場 → 東京」
へかけて、徐々に芝居が深まり、全体の練度も高まって、
「舞台のクオリティー」
が上がっていくことが多い気がします。そして、それって、
「公演間隔が短すぎ」
るために、「十分な練習時間」が確保できないことによるものが大きいのかもしれません。
ただし、本公演は長丁場ですので、特に出番の多い主役クラスの方々には
「疲れによる不調」
を感じることも皆無ではありません。特に、「本格的μ」の場合、「疲労の蓄積」から
「ノドを痛めてしまう」
といったこともあり得ます。


○ 思うところ...
今回も、ソートーに
「手ごわいミュージカル作品」
だったはずですが...めっちゃ歌う主役二人とも
「最後まで完璧」
で、その「タフネスさ」には、本当に驚かされましたね。
「だいもん」は、まあともかく、実際、「きぃちゃん」は、『ひかりふる路』の時に、東京では「ノドの不調」をきたしていましたから、少し心配...
...は、実は、あまりしませんでした。それは、確かに「超」がつくような難曲揃いでしたが、曲調が
「きぃちゃんの声のタイプ」
に、ピッタリとあっているように思えたからです。以前にも書きましたが、「マリー=アンヌ」の楽曲は、きぃちゃんの
「ソプラノ・レッジェーロ ~ ソプラノ・リリコ・レッジェーロ」
といった声質の歌い手には、「ドラマティック過ぎ/重すぎ」であり、下手をしたら、
「ノドが戻らなくなる」
ところだったんじゃないか...と、未だに「生田君」については、色々「含むところ」があります(笑)


○ ちょっと特別...
それはともかく、個人的に、今回の公演については、東京よりも
「大劇場の方が良かった」
んじゃないかとも思っています。勿論、東京の方が、芝居はより緻密になっていて、特に、「きぃちゃん」の
「クリスティーヌ」
そして、「さきちゃん」の
「キャリエール」
の「そのもの」になり切ったような「深い役作り」、そして、「あーさ」の
「ショレ」
での「コミカル」さの表現などは、東京でも、公演が進むにつれて、さらに良くなってきていましたし、勿論、「だいもん」の「エリック」も、非常に感情表現豊かになっていたのですが...ただし、大きなクライマックスの一つ

“My Mother Bore Me(私を生んだ母)” ☆☆☆☆

の歌唱は、特に始まりの部分が、
「啜り泣き」
のような歌いだしになってしまっていて...。前にも書いた通り、これほどの名曲であれば
「譜面通りに歌う」
だけで、十分に「エリックの絶望」は伝わってきます。そして、この曲を完璧に歌いこなせる方は、他にほとんど見つけられないのに...。折角の
「美声を十分に堪能」
できないような歌い方になっていたのは、やはり、とても残念でした。

東京でも、「初日」あたりは、ここまでの、「泣き声歌唱 (?)」ではなかったと思うのですが...何か「東京・新人公演」後に顕著になったような...。実際、私自身の観劇でも、1/27の舞台が一番そういった傾向が強くて、この「前々楽」では、その時よりは、しっかりと歌っていた気がします。「あやなちゃん」の作りに、多少影響されたりしたのかな? その他の「泣き」が入る楽曲も、そういった傾向があって...。

エリックの場合は、
「芝居の作り込みの深化」
が、ある意味、
「歌唱的にはマイナス」
になったような気がしてなりません。ここは
「しっかり譜面通り」
に歌い切っていたように思える「宝塚大劇場」でのパフォーマンスの方が、個人的には高評価でした...って言っても、ムラでは2回しか観劇していないんですけど(笑)。


○ もう一つ
そして、その直前、恐るべきことに、東京では、公演が進むごとに、さらに「進化した歌」になっていたようにしか思えない「きぃちゃん」による

“My True Love(私の真の愛)”  ☆☆☆☆☆☆

の、おそらく、宝塚では
「空前絶後」
の素晴らしい歌唱を終えて、遂に
「エリックの素顔」
と対面するところ、大劇場では、もっと
「激しい恐怖と叫び声」
があったような気がします。

素晴らしい名曲を
「天使の歌声」
で聞いて、エリックと同じように、観客も大きく「心を動かされ」ている流れが、突然断ち切られ、
「愛と優しさに満ちた世界」
が、一瞬にして
「恐怖と絶望の世界」
に変わる。ついに、自分を温かく迎えてくれる「光を見つけた...」と思えたエリックは、「クリスティーヌの叫び声」によって、再び、いや「今まで以上」の漆黒の絶望の闇に包まれた
「奈落の底」
に突き落とされる。大劇場では、そのエリックの
「引き裂かれる」
ような「心の痛み」が、大きな「クリスティーヌの叫び声」によって、観客にも
「その衝撃が、直に伝わった」
はずです。私自身、特に、ムラでの初観劇時のここでの「大きな衝撃」は、未だに忘れられません。

東京では、純粋な「恐れ」というものよりも、
「戸惑い」
のような表現が入り過ぎているように感じ、叫び声も、響きがあまりきつくなく、やや微温的...。ただし、プログラムの中で、きぃちゃん自身が、このシーンについて
「エリックの全てを母親のように受け止めることが出来ないため」
と書いているので、たまたま、ムラで私の見た2回が、そういった表現になっていただけかもしれませんけど...。

前にも書いた通り、ここは
「エリックの絶望的な醜さ」
を表す場面であって、「嫌悪感」までは行かなくとも、どうしても
「受け入れようがない」
もの、理性ではどうしようもない
「恐れ、恐怖」
の表現を強く出した方が良いように思える。何故なら、それによって
「エリックと、そしてキャリエールが背負い続けてきたもの」
の重さが分かり、さらに、天使のようなクリスティーヌのあげる
「恐怖の叫び声」
によって、観客もエリックの「心が引き裂かれるような感情」を共有でき、そして、それが、最後にクリスティーヌが「エリックの顔にキス」するシーンへの
「感動」
をより深めてくれるはずなのですから。

ここも、個人的には、大劇場に軍配を上げたいと思っています。


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