~原作 伊吹 有喜『カンパニー』(新潮社刊)~
脚本・演出/石田 昌也
平成30年4月22日 東京宝塚劇場 午前11時公演 2階7列上手側A席
この作品は、
「原作あり」
らしい (?) まとまりのある、なかなか良い作品だとは思っていますが、「名作~傑作」とまでは言えないとも思います。また、この作品が
「宝塚らしさ」
に欠けるかどうかは、その方がどんなものを宝塚の舞台に求めるかによって違ってきてしまうわけですし、私は、その点については、あまり気になりませんでした。むしろ、芝居をじっくり楽しめるというところもあるし。正直なところ予想外でしたが、『Baddy』以上に、
「言葉づかい」
へのクレーム (?) も多いようですが、ここも私自身には、さほど気になるところはありません。
むしろ、私がひっかかるのは、
「ストーリー自体の謎」
でしょうか。ただし、ここは、原作を読めば氷解するものなのかもしれません。
しかし、基本的に、観客は原作未読の前提で作品を作られているはずです。その原作未読の一人として、この舞台をみて、よく分からなかった点を挙げてみたいと思います。
<ということで、やや辛口の記事かもしれませんので、ご注意ください>
○ まいまいの謎
① 鈴木 舞 美園 さくら(99期・首席 「さくら」「さくさく)
これは、前にも書きましたが、第1場C「有明製薬」で
「がんばります!」
とか言って、ポーズキメテタのに、次に現れる、
第2場「マイマイ&ユイユイ」
では、すでに
「できちゃっている」
というのは、かなり違和感がありますね。間に「高地合宿」があったのかもしれなくて、それなりに時間が経っているのかもしれませんけど...。恋人がいるのは別に構わないと思いますが
「子供を急ぐ」
年齢とは思えないし...(しかも相手は、あんなんだし...(笑))。いくら何でも、いくら若くても、いくら○○でも (さくさくちゃんは、もの凄く頭の良い方なんですけど)、ちょっと
「いい加減すぎるのでは?」
という気がします (○○しとけば、いいだけの話だし...)。原作では、どういったキャラ設定だったのでしょう? どうしても、
「共感しかねる」
人物としか思えません...。
○ 野蛮人の謎
② 水上 那由多 月城 かなと(95期・17番 「れいこ」)
③ 阿久津 仁 宇月 颯(90期・6番 「とし」)
ここもかなり引っかかっています。
第18場「危険なスキルアップ」
での、阿久津の意図は全く分からないではないのですが、それって
「公演最終日に一回だけ」
やることに、どれほどの意味があるのでしょう? 最後の1回だけ、リフトを決めたところで、那由多のバレエの評価が一気に上がるとは、全く思えない。それまでに、かなりの公演回数を重ねているのだろうし...。どうせやるなら、
「遅くとも、公演中盤までに」
は始めないと意味がないのでは?
故に、大したメリットがあるとも思えないのに、阿久津は、あのようなチームの和を乱すような挑発的な言動を弄する必要性があるのか? ハルカが言うまでもなく、素人目にもリスクは明らかであり、あまりにジコチューというかゴーマンというか...。
ここで、この二人、特に阿久津については、
「人物的な評価」
を↓↓↓↓ざるを得ないようにしか思えません。
○ ハルカの謎
④ 高野 悠 美弥 るりか(89期・4番 「るりか」「るり」「みやちゃん」)
⑤ 青柳 誠二 珠城 りょう(94期・18番 「りょう」「たまき」「たまきち」)
⑥ 瀬川 由衣 海乃 美月(97期・5番 「うみ」「くらげ」)
もう一つの謎は「私がこの作品で、最も好きな場面」に潜んでいます。それは、
第14場B「ウィーン・カフェ」
「何故、ハルカはウィーンへ帰り、また日本にもどったのか?」
です。勿論、ウィーンへ帰国したのは
「命をかけてきたバレエの世界へ、那由多に踏み込んできて欲しくない」
からですが、それでは、どうして、再び日本に戻る気になったのでしょう? その状況は全く変わっていないのに...。それは
「ゆいゆいが、迎えに来てくれたから」
なのでしょうか? この二人って、このシーンまでにそんなに強い (愛情?) 関係が出来てましたっけ? それとも
「わざわざ、自腹で、青柳も来てくれたから?」
2人の自腹費用と手間をかけさせたことへの申し訳なさ (?) の方が、
「アーティストとしてのプライド」
よりも大きいということなのか? それはないような気も...。それでは
「踊れる時間が限られているから?」
いや、それなら、尚更プライドを大切にしそうなもの...。
まあ、私自身がこの作品で、好きなのは、
「みやたま」
の芝居の絡みなのであって、ここでも、青柳の
「切々とその心情を訴える」
セリフと、それに反応する高野の芝居とに
「○かされてしまう」
ので、実際に観劇しての不満は、実は↑の二つほどは大きくないのですが、よく考えると、ここが
「一番分からない点」
なのかもしれません。
○ さらなる謎
でも、原作をお読みになられた方によると
「ウィーンにいったのは、ゆいゆいだけ」
らしい...。この舞台で見る限り、↑に書いた通り
「二人で行っても、帰ってくるものなのか?」
的な感じですから...それが、一人だけだったとなると...。
そうなると、ここまでの、「はるか」と「ゆいゆい」の関係性、そして、ここでの二人のやり取りの密度が、原作ではずっと濃いということなのだと思います。ただし、そうなると、ますます
「ハルカが主役」
の舞台みたいになりそうなので...こうなったということもあるのかな?
いずれにしろ、原作の登場人物とこの舞台でのキャラクターの
「心情の流れ」
には、かなり違ったものがありそうですね。
とはいえ、かなり端折った部分が多いでしょうから、やむを得ないことでもありますね。
○ セ○ハラ?
あれって、基本的に「ジョーク」なんだし、言葉通りなら
「そういったことになりたくない」
ということなんだし、その背景としては、第6場「高野悠」での「グラビア・アイドル」との一件が、一種のトラウマになっているという見方もできるし...。そして、ついに
「ゆいゆいへの好意」
を自覚して、照れ隠しをしている感じもするし...。いや、逆に
「ゆいゆいにとっては、青柳は邪魔」
かもしれないけど...って、これは明らかな○クハラ発言ですけど(笑)。
Hmm......そうなのかな...。
● 作品評 ☆☆☆
私には、言葉づかいよりも、↑に書いたストーリーの謎 (?) の方が気になります。
ただし、舞台化の制約もあり、仕方がなかった部分も多そうな気がしています。
そういえば、この公演全体での最大の謎は
「『Baddy』の方がオシナベテ好評で、批判的な評価が少ないこと」
かもしれません(笑)。私自身は、結構
「絶賛系」
ですが、傑作ショーというのとは違う種類の作品と思っているし、絶対にもの凄く
「毀誉褒貶」
があるはずと思っていましたから...。多分、ウエクミ先生もそう思っていたんじゃないのかな?(笑) コメントで「酷評されていた方がいらした」と教えて頂いて、何かホッとしました(笑)

(好きな場面ですけど...よく分かんない...ところもある)
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