新訳百人一首 第二十六首 小倉山 | 真実の探求

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小倉山

みねの紅葉ば

心あらば

今ひとたびの

みゆき待たなむ


貞信公


◯一般的な解釈

宇多上皇が御幸(ミユキ)した際に
紅葉の美しさを息子の醍醐天皇にもお見せしたいと言ったのを
貞信公が歌にして天皇に奏上した歌。


小倉山の峰の紅葉よ
もし心があるならば
もう一度の行幸(ミユキ)があるまで
散らずに待ってて欲しい。


・小倉山

京都市右京区嵯峨にある山。
紅葉の名所。
川を挟んで嵐山と向かい合っている。


・今ひとたびの

せめてもう一度という切なる願い。


・みゆき

天皇や法皇、上皇、女院のおでまし。

天皇のおでましは「行幸」
法皇や上皇、女院のおでましは「御幸」


・待たなむ

待って欲しい



◯山口志道の解釈

小倉山の峯の紅葉に心が有るならば
近いうちに今一度みゆきがあるから
それまでは散らずに待っていてくれ。


・日本紀略にこうある。

延長四年(926年)十月十日
法皇(宇多上皇)が大井川にみゆき。
同月十九日、法皇が同行し天皇が大井川へみゆき。

想像するに、
十月十日のみゆきの際にはまだ紅葉の盛りではなかったと思われる。
もうすこし待てば山も今よりさらに紅く染まり、その頃なら天皇のみゆきが有ってもいいだろう。
宇多上皇はそう思い貞信公に、天皇に歌を奏上し奉られよと仰せになったのだろう。


◯一般的な解釈と志道の解釈の違い

若干違うところもあるようですが、ほぼ同じと考えていいでしょうニコニコ




◯貞信公 ていしんこう880〜949

藤原忠平。
藤原氏全盛の基を築いた。




「老松」さんの和菓子、小倉山ラブ





この百人一首シリーズでは江戸時代の国学者、山口志道著「百首正解」を現代人にもわかるようまとめています。

山口志道は言霊や神代学に精通しており、ひふみ神示の岡本天明や合気道開祖の植芝盛平、大本の出口王仁三郎らに多大な影響を与えています。



鷹屋敷洋史



参考図書

・「百首正解」山口志道  


・「原色小倉百人一首」文英堂

     鈴木日出男 山口慎一 依田泰 共著 


・「ちはやと覚える百人一首」講談社

     漫画 末次由紀   あんの秀子


・「千年後の百人一首」リトルモア

     清川あさみ+最果タヒ