新訳百人一首 第二十五首 名にしおはば | 真実の探求

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名にしおはば

相坂山の

さねかづら

人にしられて

くるもよしがな


三條右大臣



◯一般的な解釈

逢って寝るという逢坂山のさねかずら、
その名のとおりならば
さねかずらをたぐり寄せるように
人に知られずにあなたを引き寄せたいなあ。


・名にしおはば

〜という名を持っているならば

「名におふ」で「〜という名を持つの」意。

「し」は強調。

「ば」は仮定。


・相坂山 

相坂山は現代では逢坂山と書かれている場合が多い。
フリガナはアフサカヤマ。
読みはオオサカヤマ。

山城国(京都)と近江(滋賀県)の国境にある山。



・さねかづら

つる性の低木である「さねかずら」と「さ寝」の掛詞。

「逢う」との連語。


・人にしられて

現代では「しられで」と表記されることが多い。

他人に知られないでの意。


・くるよしもがな

「くる」は「来る」と「繰る」の掛詞。

「来る」は男が女に逢いに来るの意。

「繰る」は相手をこちらへ手繰り寄せるの意。

「よし」は方法、手段。

「もがな」は願望。



◯山口志道の解釈

逢うという名を持っている相坂山であるならば
その山の細根根葛(サネカヅラ)のように
あなたと少しだけ一緒に寝たい(少根)と思う
親はすでに納得しているので
私の元に来る義(理由?)はちゃんとあります。
だから蔓草を手繰るように来てくれたらありがたいな。


・さねかづら

さねは細根(サネ)と少寝(サネ)の掛詞。

かづらはつる草のことなり。


・人にしられて

親にも知られて、親も得心しての意。

「て」には濁点はつかない。

男女の仲をはばかるのは親なり。
世間の人が何を言おうとも親が許せば何も憚ることはない。
なのでここでの人とは親のことを指す。


・くるよしもがな

よしは義。
手がかり、媒(ナカダチ)の意。

がなは願望。


◯一般的な解釈と志道の解釈の違い

なんだか全く違う解釈になってますねびっくり

百人一首のカルタには
「人にしられて」と書いてあるのを世間の人は「て」に濁点をつけて「人にしられで」としてしまっているために、本来の意味とは違う解釈をしてしまっているようです?


逢坂山の名に有るように、堂々と私の元へ来てハート

これが志道の解釈。


あなたはどう思いましたかニコニコ



◯三條右大臣 873〜932


藤原定方。

924年右大臣となり、邸宅が三條にあったことから三條右大臣と呼ばれた。

醍醐天皇時代の歌壇の中心人物。




この百人一首シリーズでは江戸時代の国学者、山口志道著「百首正解」を現代人にもわかるようまとめています。

山口志道は言霊や神代学に精通しており、ひふみ神示の岡本天明や合気道開祖の植芝盛平、大本の出口王仁三郎らに多大な影響を与えています。



鷹屋敷洋史



参考図書

・「百首正解」山口志道  


・「原色小倉百人一首」文英堂

     鈴木日出男 山口慎一 依田泰 共著 


・「ちはやと覚える百人一首」講談社

     漫画 末次由紀   あんの秀子


・「千年後の百人一首」リトルモア

     清川あさみ+最果タヒ