天の原
ふりさけ見れば
春日なる
三笠の山に
出し月かも
若くして遣唐留学席として唐に渡る。
類稀なる秀才ぶりに玄宗皇帝に気に入られる。
李白の書によれば晩年、帰国するための船が沈んで海で亡くなったとある。
この歌を詠んだときの帰国の船は難破し、そのときは命は助かったようですが、2度目の帰国のときも船が難破して海で亡くなったようですね。
大空をふり仰いで
はるか遠くを眺めると
今見ている月は
かつて奈良の春日にある
三笠の山の上に出ていた月と
同じ月なのだなあ。
明州の港から船に乗り
天と海に向かって
広く限り知れぬ空を
首を傾けて遠くを眺めれば
さし昇る月は
本当に我が大和の国春日の
三笠の山の上に出でし月と
同じであろうか
・三笠の山に 出でし月かも
一般には、「三笠の山の月と同じ月なんだなあ」と解釈するのが主流です。
でも志道は「三笠の山の月と同じ月なんだろうか?」と疑問形で解釈しています。
あれから45年。
やっと皇帝から帰国の許可をもらい
日本へ帰国できる。
その帰国するための船の上から見える月。
はたして、あの月は
かつての三笠の山の月と同じなのであろうか。
年月も距離も遠く離れていて
覚えていない・・・
45年ぶりに帰ったら親や兄弟も以前とは違っているでしょうね。
故郷の風景も違っているかもしれませんね。
そこは10代の頃の自分が知ってる世界とはだいぶ変わってるかもしれない。
そういう思いで、
あの月はかつて三笠の山に見た月と同じ月なのだろうか?
と、疑問を投げかけているのかもしれないですね。
ぬいぐるみ4コマ百人一首第7




