●病院に着て行く服

 

 

 

今日、雨の中運転していて、信号待ちしていると、

 

 

隣の歩道を、ひとりの女性が傘をさして歩いていた。

 

 


見た瞬間、この子なんか幸が薄そうだなと感じた。

 

 

別に顔が見えた訳でも無く、全体の雰囲気でそう感じた。

 

 


信号待ちだったので、運転席から、しばらくその子を見ていた。

 

 


なんで、顔を見た訳でも無いのに、幸が薄そうだと感じたのだろう?

 

 

 

 

そんな事を考えながら、自分の直感の源を探した。

 

 


すると、ある事に気がついた。

 

 

 

 


この子、

 

 

 

 


全身、黒づくめなんだ

 

 

 

 


黒のワンピースに、黒のカバンと黒い靴。

 

 

そして、雨だったので、黒い傘。

 

 


黒い服装は、悪いとは言わないが、

 

 

運気は、決してアップはしない。

 

 

運気がアップしないという事は、あとは下がるだけである。

 

 

相当パワーがある人でない限り、運気は徐々に下がるだろう。

 

 

 

 


それに、これが昼間じゃなくて、夜だったら、

 

 

交通事故の確率も高くなるだろう。

 

 

 


黒は一時期、クールな色として持てはやされた時もあるが、

 

 

同時に、黒は気分を落ち込ませる現象を起こさせる事がある。

 

 

 

これは、葬式の後は寄り道しないで、

 

 

まっすぐ家に帰った方が良いという諺(ことわざ)にも通じる事で、

 

 

黒づくめの服のまま、寄り道すると、

 

 

思わぬ災難に遭いやすいという事を戒めた意味もある。

 

 

 

 

 

逆に、白づくめの服装をする人は良く見かける。

 

 

これは悪く無い。

 

 

白づくめでなくても、上半身だけ白だけの方は多い。

 

 

特に社会人は、ほとんど白いワイシャツである。

 

 

実は、白い服は周りの人(先方さん)と仲良くなりたいという色なのである。

 

 

商売をする人や会社員にとっては、とても良い服装の色という事になります。

 

 

制服の上が白が多いというのは、そういう意味があります。

 

 

時々、ややピンク色のワイシャツを着ている会社員の方がいらっしゃいますが、

 

 

ピンクが入ると、少し恋の気持ちが入って来ます。

 

 

だから、今日は恋したいという日には、どこかにピンクを入れるといいです。

 

 

なので、

 

 

先方の会社や会う相手が女性(異性)なら有効的なのですが、

 

 

先方の方が男性の場合、「なんだこいつ」とか「大丈夫か」という気持ちが、

 

 

頭をよぎらせる事があるので、行先によっては白に変えた方がいいです。

 

 

 

また白は、仲良くなりたいという色なので、

 

 

もちろん結婚式にはとても良い色のなので、昔から白がほとんですが、

 

 

意外な使い方としては、取引先からクレームが来て、謝りに行く時や、

 

 

彼氏や友達と喧嘩して、謝りに行く時なども、

 

 

白い服を着て行くと、謝って行く内に段々と仲良くなって行きます。

 

 

 


これと少し似た効果があるのが、青系の服です。

 

 

青系の服には、相手を冷静にさせる効果があります。

 

 

例えば、相手に冷静になって考えて欲しいという場合、青い服でアピールします。

 

 

変わった使い方としては、今日は夫が暴力を振るいそうだという日や、

 

 

なんか今日はイライラしていて近づきづらいという場合、

 

 

青系を着た方が、こっちに被害が少ないと思います。

 

 

また、急に暴れだすという子供にも、

 

 

青い服を着せるといつもより落ち着いている事があります。

 

 

冷静にさせる青を、現実的に使った例としては、

 

 

よく痴漢被害やひったくり被害が多かった通りの街燈の色を、

 

 

白から青系の色にしたら、被害が減ったという例がありました。

 

 

 

 

 

 


上の場合以外は、

 

 

原則どんな色の服を着ても貴方の自由なのですが、

 

 

 

 


最後に、こんな場合にはこんな色の服を。

 

 

という事で、

 

 

病院へお見舞い行く時や、

 

 

家族が病気で寝ているという場合です。

 

 

 

 

 

この場合、ベストはオレンジ色の服です。

 

 

オレンジには、心理的に安心感を与えたり、

 

 

患者の気持ちをリラックスさせる効果があります。

 

 

患者にとって、負担にならない色と言えましょう。

 

 

その次に良いのは、癒し効果があるグリーン系の色の服です。

 

 

黄色も悪くあります。

 

 

 

 


また、患者本人も、オレンジ色・グリーン・黄色の服を着るのも良いです。

 

 

 

 

 

逆に病院には余り着て行かない方がよいのが、

 

 


赤い服です。

 

 

情熱的な赤は、病人にとっては刺激が強すぎて、

 

 

病人の体力によっては、病気を悪化させる事もあります。

 

 

 

また、乱暴な運転をする人が赤い服を着ると、

 

 

事故を起こしやすくなると思いますので、

 

 

そんな夫や恋人には、安全運転の為に、彼には青い系の服を着せて、

 

 

運転させる様にしましょう。(貴方も赤い服を着て助手席に乗らない事)

 

 

また、色々な色が沢山散りばめられた服も、お見舞いにはイマイチです。

 

 

そして、黒づくめの服でのお見舞いも良く無いのは、

 

 

言わなくてもお分かりでしょう。

 

 

 

 

ちなみに、これは服の色に限りません。

 

 

お見舞いに持っていく物や、花束の色も、赤で無い方がいいのです。

 

 

 

色遣いも、心遣いの内ですね。

END

●占い師が無力なケース

 

 

 


私のブログを読んでいると、きっと私に依頼すればと、

 

 

すべて解決出来ると思われる方もいらっしゃると思いますが、

 

 

残念ながら、解決出来ないという相談は結構あります。

 

 

 

 

 


ある時、5歳になる娘さんが、

 

 

もう引っ越したいと、お母さんに言ったという。

 

 

 

「どうして?」と娘さんに聞くと、

 

 

 

 

 

家の前の通りに、時々首の無い人が通ったり、

 

 

オートバイに乗った幽霊が通るというのである。

 

 

 

 

始めは、5歳の娘の妄想だろうと思っていたそうだが、

 

 

ある日、隣人になにげなく、それらしい事を話すと、

 

 

「実は・・」と、

 

 

この辺りで、他の人も罪人の格好をした幽霊を見たという人が、

 

 

結構いるらしいと言われたというのである。

 

 

 


そうなると、娘が言っている事も本当かもしれないと思うと、

 

 

お母さんも少し怖くなって、電話相談してきたのだった。

 

 

 

 

 


もし、可能なら幽霊が出ない様にならないか。というのである。

 

 

 

 


とりあえず、話を聞いて、

 

 

首の無い幽霊が出現するというが、少し気になったので、

 

 

住所を聞いて、地図などで調べてみると、

 

 

 

 


相談して来たお宅は、

 

 

昔の処刑場だった場所からそう遠くない場所に位置している事が分かった。

 

 

 

 


多分であるが、首の無い幽霊は、処刑された人の幽霊だろう。

 

 

それに、他の住民が、

 

 

罪人の格好をした幽霊を見たというのとも、つじつまが合う。

 

 

 

 


では、オートバイに乗った幽霊はどう説明するのかと質問されそうだが、

 

 

確かに、処刑場があった江戸時代などには、

 

 

オートバイなどは無かったのだから、

 

 

一緒に出て来るのは可笑しいと思う方もいらっしゃるだろう。

 

 

 

 


しかし、こういう処刑場とか、

 

 

何人も殺された場所には、何人もの深い怨念が籠っている。

 

 

その怨念が、処刑とはまったく関係の無い近くで亡くなった人や、

 

 

最近亡くなったという浮遊霊をも、呼び寄せてしまうのである。

 

 

それはまるで、何かに吸い寄せられる様にして集まってしまうのである。

 

 

そして、新しく集まった霊によって、より強い磁場となったり、

 

 

より強い霊場となる事が多い。

 

 

それはまるで、中東のイスラム国(IS)が世界中のイスラム過激派の人を、

 

 

呼び寄せている様な感じかもしれない。

 

 

 


だから、例えオートバイの霊を静めて供養させても、

 

 

次から次と新しい不成仏霊を呼び寄せてしまうので、キリが無い。

 

 

 

 


こういう場合、元から絶たないとダメなのであるが、

 

 

処刑場の様に、何人もの深い怨念が籠っている場所は、

 

 

心を込めて、また長い時間をかけて、供養し続けなければならないのである。

 

 

だから、昔戦場だった場所などには、寺などを立てて、

 

 

長い時間をかけて供養を行う必要があるのである。

 

 

 


だから、残念ながら、相談者の方にアドバイス出来るのは、

 

 

家から見えてしまうという場所との間に、木を植えて目隠しするとか、

 

 

塀を建てるとか、娘さんがある程度育って幽霊が見えなくなるまで我慢するか、

 

 

引越すかである。

 

 

 


幸い人間には、色々な人がいて、

 

 

娘さんの様に見えてしまう人もいれば、全然寄せ付けないという人もいる。

 

 

そういう方が、そんな場所に住めば本当はいいのだが。

 

 

いずれにしても、

 

 

占い師が無力であるというケースは結構あるのである。


END

●幽霊屋敷 Lalaurie House

 

 

 


このお話は、一昨日のブログ(●両目が見えなくなる霊障)の続きです。

 

 

 

従って、一昨日のブログ(http://ameblo.jp/hirosu/entry-12197806257.html

 

 

 


を先にお読みください。


そしてから下をお読み下さい。
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[前回までのあらすじ]

 

 


私が当時留学していた時、とてもお世話になっていた日系人の方がいました。

 

 

ある日、その方の息子さんが結婚されたのですが、

 

 

結婚してからというもの、息子さんに謎の病が起きる様になったというのです。

 

 

急に目が見えなくなるというのです。

 

 

正確に言うと、急に瞼(まぶた)が重くなって、目が開かなくなるというのです。

 

 

見えなくなるのはホンの数分らしいのですがいつ現れるか分からないというのです。

 

 

さっそく息子さんにお会いして、話を聞く事になりました。

 

 

改めて本人から詳しい話を聞くと、1つ不思議な事が起きている事を聞いたのです。

 

 

それは、目が開かなくなる少し前に、必ずと言っていいほど、

 

 

「ピシッ!」と音が鳴ると言うのです。

 

 

そして、まるでその音が合図の様にして、彼の両目が見えなくなるのです。

 

 

私はそれを聞いて、何かは分からないが、霊現象だと感じました。

 

 

というのは、両目が見えなくなると言っても短時間な事。

 

 

そして、必ずその前に謎の音がするという事。私の頭の中は、もう謎だらけでした。

 

 

■なぜ、片目では無く、両目が同時に見えなくなるのだろう。

 

■なぜ、目が見えなくなる前に、「ピシッ!」と音が鳴るのだろう。

 

■なぜ、結婚してから目が見えなくなるという現象が起き始めたのだろう。

 

 

私は息子さん夫婦と一緒に、その女性霊能者の方の所に診てもらいに行ったのです。

 

 

対面式で、女性霊能者の対面に彼が座り、霊視が始まりました。

 

 

やがて、霊能者の方が、こんな事を言ったのです。

 

 

「若い黒人の女性が出て来るんだけど、分かる?」っと。

 

 

「その子がね。 喋らないんだけど、絵を見せて来るんだよね。

 

 

 口をギュッと閉じて、目も閉じて、ムチで打たれている姿なんだけど、

 

 

 何か思い当たる事無い?」と。再び霊視し始めると、一言、こう言ったのです。

 

 

「New Orleans(ニューオーリンズ)」

 

 

なにせその黒人の女の子は、口を閉じたままやっとこさ言うもんだから、

 

 

わずかに鼻声みたいに聞き取れるというのだ。すると息子さんは意外な事を言った。

 

 

「新婚旅行が、ニューオーリンズとダラスだったんです。」

 

 

なんと、息子さん夫婦は、新婚旅行にニューオーリンズに行っていたのである。

 

 

いったい、息子さん達の新婚旅行で何があったのか。

 

 

若い黒人の女の子の霊と、どう関係しているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


霊能者の方は、息子さんに新婚旅行の内、

 

 

ニューオーリンズで行った場所を聞きました。

 

 

「まず、ルイ・アームストロング・ニューオリンズ国際空港到着後

 

 

 ホテルに行き、その後、セント・ルイス大聖堂へ行きました。

 

 

 続いて、ブードゥー博物館へ行きました。

 

 

 そして夜、Lalaurie House に行きました。」

 

 

 


それを聞くと、霊能者の方の手が止まりました。

 

 

 

 

 

Lalaurie House とは、アメリカでも有名な幽霊屋敷でした。

 

 

日本でも、ラローリー マンションと言う名で知られていると思います。

 

 

アメリカではまず、霊能者や占い師で知らない人はいないでしょう。

 

 

私はブードゥー教の女王マリーLaveauが住んでいた場所に建てられている、

 

 

ブードゥー博物館もかなり怪しいと思いましたが、

 

 

霊能者の方は、ずばり「Lalaurie House だね。」と断言しました。

 

 

彼女いわく、何らかの原因で、息子さんはLalaurie House に行った時、

 

 

黒人の女性の霊と波長が合って、憑りつかれたのだと言います。

 

 

息子さんいわく、当時仲介してくれるという人物にある程度お金を払うと、

 

 

Lalaurie House の内部に入れる様にしてくれたといいます。

 

 

多分、その時に憑りつかれたのでしょう。との事でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、意外だったのは、

 

 

こうして原因は分かったので、

 

 

あとは、この場で供養とか除霊とか浄霊してくれるんだと思ったら、

 

 

なんと、もう一度、その黒人の女性の霊に憑りつかれたという、

 

 

Lalaurie Houseに行かなければならないというのです。

 

 

私も息子さん夫婦も、「えっ、そうなの。」という感じでした。

 

 

 

 

しかし、ニューオーリンズまで当てた

 

 

霊能者さんの実力を目の当たりにしていたので、今さら信じない訳にはいきません。

 

 

 

 

 

 

ただ、そんな怖い霊が居る場所にまた行くのは怖いと息子さんが言うと、

 

 

霊能者の方が、旅行費用や滞在費などの実費を払ってもらえるなら、

 

 

一緒に行ってあげましょうという事になり、

 

 

翌週、私は行けませんでしたが、息子さんと霊能者の方は、

 

 

ニューオーリンズのLalaurie Houseに行ったのでした。

 

 

後日息子さんから話を聞くと、Lalaurie Houseに行き、

 

 

そこに花束とお水、そして心を込めて、

 

 

黒人の女の子が安らかに天国に行ける様にと、一緒に祈ったという。

 

 

 

 

すると、それ以後、

 

 

今まで急に目が見えなくなるという、息子さんに起きた現象は起きなくなったという。

 

 

霊能者の方いわく、

 

 

よく肝試しといって、幽霊が出る心霊スポットに夜中に行く人がいるが、

 

 

もし、今回の様な霊現象が起きた時、

 

 

もう一度現地に赴いて、花束とお水を供え、

 

 

心を込めて霊を供養する必要がある場合があるとの事だった。

 

 

 

 

 

話はこれで終わりですが、

 

 

 

息子さんに憑りついたという、

 

 

口をギュッと閉じて、目も閉じて、ムチで打たれている若い黒人女性の霊とは、

 

 

いったいどうして、そんな状態の霊として出て来たんだろう。

 

 

と疑問に思った私は、後日図書館で、Lalaurie Houseについて調べてみました。

 

 

すると、若い黒人女性の霊の悲劇が分かってしまったのです。

 

 

 

 

 


注意!!


ここからは、かなりショッキングな内容が含まれています。

 

残虐な読み物に慣れていない方、


悲惨な出来事にショックを受けやすい方は、下記より下は、

 


絶対に読まない様にして下さい。

 

もしくは、他の方に読んでもらって聞いて下さい。

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Lalaurie House(ラローリー・マンション)は、

 

 

1831年9月12日。ここ「ロイヤルストリート1149番」に土地を購入した医者の夫婦が、

 

 

翌1832年の春に3階建てで、40室もあるマンションを建設した事に始まる。

 

 

奥さんの名は、デルフィーン・ラローリー。

 

 

彼女にとって、これが3度目の結婚だった。

 

 

最初の結婚は、1800年。彼女がまだ14歳の時だった。

 

 

相手の男性は自分より一回り程年上の35歳の総領事だったという。

 

 

しかし、4年後、夫は謎の死を遂げる。

 

 

次に結婚したのは1808年、弁護士の男性だったが、

 

 

この男性もまもなく謎の死を遂げている。

 

 

知的で美人だったと有名だったデルフィーンは1825年、

 

 

ラローリー医師と三度目の結婚をしたのである。

 

 

大きな家を建て、裕福な暮らしを手に入れたデルフィーンは満足だったという。

 

 

そして、毎週のように舞踏会や音楽会などを催して、沢山の奴隷の召使いを雇い

 

 

上流社会の友人達を大勢招いて華麗な日々をおくっていたという。

 

 

その中には、当時近くに住んでいた、ブードゥー教の女王マリーLaveauもいた。

 

 


ただこの頃、そんな夢の様な日々が続くマンションの付近で、

 

 

変な噂が立ち始めたのである。

 

 

マンションの周辺を夜中に歩くと、

 

 

「奴隷の幽霊が出る」という噂が立ち始めたのである。

 

 

それも何人もの人が幽霊を目撃したというのである。

 

 

ある人は、鎖に繋がれた黒人奴隷の幽霊を。

 

 

ある人は、お腹からハラワタが飛び出している奴隷の幽霊を見たというのだ。

 

 

そして、1834年4月10日朝、事件が起きる。

 

 

ラローリー・マンションが火事になったのである。

 

 

原因は、キッチンで働いていた奴隷の1人が火をつけたのだ。

 

 

すぐに消防車が何台も駆け付けて、消火作業にあたった。

 

 

すると、1人の使用人である奴隷が消防隊員にすがりついて来て、

 

 

こう嘆願したという。

 

 

「どうか、屋根裏部屋を見て下さい。どうかお願いします。」

 

 

消防隊員達は、火を鎮火させると、念の為に最上階を確かめに行ったという。

 

 

すると、屋根裏と思われる部分に、秘密の部屋がある事が分かったのである。

 

 

そして、恐る恐る、その秘密の屋根裏部屋を開けてみると、

 

 

おもわず、何人かの消防隊員が、その場で卒倒したり吐いたりしたという。

 

 


そこは、地獄だった。

 

 

ラローリー・マンションの屋根裏部屋は、

 

 

黒人奴隷を拷問して、殺して楽しむ虐待部屋だったのだ。

 

 

少なくとも12人に遺体が、屋根裏部屋に転がっており、

 

 

頭にドリルで穴が空けられた頭蓋骨。

 

 

鎖で繋がれた遺体は、娯楽の為が手足が切られていた。

 

 

床の上には、誰のものとも知れない手や足や指、

 

 

爪や眼球、耳や性器が転がっている。

 

 

まだ若い女の子奴隷の目と口は、黒い糸で縫い合わせて開かない様になっていた。

 

 

私は多分この子の怨霊が息子さんに憑いて無念を訴えていたのではないかと思った。

 

 

助かった奴隷によると、この屋根裏部屋に連れて行かれて、

 

 

生きて帰ってきた人はいなかったという。

 

 

その後、このマンションが改装された時、

 

 

床板の下から生き埋めにされたと思われる奴隷の遺体が、

 

 

なんと75体も発見されたのである。(ニューオーリンズ新聞)

 

 

 

 

 

ラローリー夫人は、連続猟奇殺人鬼だったのだ。

 

その後、このマンションに移り住んだ人は、次々と幽霊を目撃し、

 

 

すぐに引っ越していった。

 

 

やがて、家具店になったが、ある日売り物の家具が全て汚物で汚れていたという。

 

 

そこで、誰がやったのか捕まえてやるとオーナーが、一晩中、

 

 

散弾銃を片手に、待ち構えたという。しかし朝になっても誰も現れなかった。

 

 

しかし、家具はまた全部汚物まみれだったのである。

 

 

すぐにオーナーは店を閉鎖したという。

 

 

その後理髪店にもなったが、数ヶ月ではやり逃げて行った。

 

 

その後も、マンションからは不気味な幽霊の声や音がするという。

 

 

床の上を死体をひきずる音や、開けてくれと壁を叩く音。

 

 

女の子の泣く声や助けを呼ぶ声、神に祈る声が夜な夜な聞こえるという。

 

 

ちなみに、ラローリー夫人は世間が騒ぎ出す直前に屋敷から馬車で逃走。

 

 

まんまとフランスのパリへと国外逃亡したのだった。

 

 

そして、誰も知らない土地へ逃げて、また優雅に暮らすはずだったが、

 

 

不思議とパリに逃げても黒人を虐待したという、風の噂がなぜか彼女について来て、

 

 

世間から白い目でみられる生活が続き、その後まもなく病死した。

 

 

 

 

この幽霊マンションがいちやく有名になったのは、

 

 

2007年4月。俳優のニコラス・ケイジが345万ドルでこの邸宅を買い取り、

 

 

ここでしばらく暮らしたのだが、はやり幽霊が出たのか、

 

 

このマンションでは寝る事も出来ないといい、すぐ売りに出した事である。

 

 

ちなみになかなか売れず、売れたのは購入から2年後だったという。

 

 


現在、ニューオリンズに旅行に行くと、

 

 

昔の暗い歴史を知ることのできる「幽霊屋敷」ツアーと称し、

 

 

このラローリー・マンションを巡るコースもあるという。

 

 

反対はしないが、夜には注意して欲しい。


END