●母が歩けなくなった。

 

 

 

 

このお話は、昨日のブログ(●母が認知症になった。)の続きです。

 

 

 

従って、昨日のブログ(https://ameblo.jp/hirosu/entry-12315757690.html

 


を先にお読みください。


そしてから下をお読み下さい。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[前回までのあらすじ

 

 


私が約7ヶ月入院して、退院した時、

 

なんと、母は認知症になっていたのです。

 

認知症は、その後、

 

中度から軽度に近くなり、数々の対策の効果が感じられる様になっています。

 

そういう事で、私の中では認知症問題はある程度超えたという状態です。

 

しかし、去年末、その認知症を上回る大問題が、母に発生したのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは昨年の12月末でした。

 

 

母と外出すると、少しフラつくんです。

 

 

そこで危ないと思い、を買ってあげる事にしました。

 

 

 


しかし、まさかそれが悲劇の始まりとなるとは、その時は思いもしませんでした。

 

 

 


杖は、何でも売っているというカインズホームに行って買いました。

 

 

杖は下がしっかりしている物を買いました。

ところが、この杖を使い始めて3日が過ぎた時、

 


杖をついていた右腕が痛いと言い始めたのです。

 

 

その痛みは、2日経っても同じまま。

 

 

そこで、大きな病院に連れて行ったのですが、

 

 

骨には異常は無く、湿布と飲み薬をもらいました。

 

 

しかし、一向に痛みが引く様子はなく、

 

 

歩くと右腕が痛いというので、毎日の買い物も付いて来なくなりました。

 

 

そこで、今度は整形外科に連れて行きました。

 

 

やはり湿布と塗り薬をもらいましたが、やはり効果がありません。

 

 

ここまでで母が痛みだしてから1週間が過ぎていましたが、より酷くなった感じです。

 

 

 


そこで、思い切って視点を変えて、

 

 

針灸接骨院に連れて行く事にしました。

 

 

インターネットで探すと、茂原によさそうな針灸接骨院があったので、

 

 

車で連れて行きました。

 

 

その時には、もう母は車に乗るだけでも痛がって大変でした。

 

 

ただ、ここに2日間行くと、若干良くなった感じがありました。

 

 

 

 

 

ただ、ここには、難点が1つありました。

 

 

値段がべらぼうに高いのです。

 

 

1回の診察が、10800円です。

 

それに初診料が6000円取られましたので、

 

2回行ったので、合計が27600円です。

 


これでは、いくら効果があっても、家計が破たんしてしまいます。

 

 

しかし、大病院や整形外科でもダメだったのが、

 

 

針灸接骨院でややいい感じがしたので、その方面でもっと安い所は無いかと、

 

 

調べて見ました。

 

 

すると、思わぬ事が分かったのです。

 

 

 

 

 

針灸接骨院には、2種類あって、

 

 

保険が使える針灸接骨院と、保険が使えない針灸接骨院があると言うのです。

 

 


私は今まで、病院とか整形外科などは保険が使えて、

 

 

針灸接骨院やマッサージなどは、保険が使えないものだと思っていたのです。

 

 

 


そこでさっそく大網にある保健が使える針灸接骨院に行ってみました。

 

 

すると、なんと1回の診察が、300円だったのです。

 

 

な、な、なんなんだこの安さは!!

 

 

しかも、この針灸接骨院は、市から指定を受けている針灸接骨院で、

 

 

市役所に針灸接骨院を受けたいと届け出ると、

 

 

月2千円(年間2万4千円)の補助が出るというので、速攻市役所に申込みに行きました。

 

 

市がそんな補助を出しているのも、知らんかったわぁ。

 

 

針灸接骨院の先生いわく、急に杖を使い始めて、

 

 

右腕を酷使したのが、原因で背中の筋肉を痛めていたそうです。

 

 

結局、この針灸接骨院に1ヵ月通うと、段々と母の腕は治って行きました。

 

 

 

 

 

しかし、母の腕が治りかけてきた頃です。

 

 

母が、家の中で転んだのです。

 

 

 

 

転んだと言っても、ちょっとした段差につまづいて床に座り込んだという感じです。

 

 

 

 

 

問題はここからでした。

 

 

 

 

床の上に座り込んだ母は、自分の力では立ち上がれなかったのです。

 

 

かなり足腰が、弱っていて、自分の足の力では体を立て直す事が出来ないのです。

 

 

 


自分では、大丈夫、大丈夫と言っているのですが、

 

 

「じゃあ、立ってみて。」と言っても、まったく立てません。

 

 

立てないまま、廊下を這って行く母の姿を見て、悲しくなりました。

 

 

 


それでも、手を引っ張って立たせてあげると、歩けるので、

 

 

倒れたり、転んだりして座らない限り、不自由はしない感じでした。

 

 

 


しかし、もうこの時、寝たきりの前兆だったのかもしれません。

 

 

 

 

 


私が病気になってから、余り外出しなくなり、

 

 

家事もしなくなり、そして腕が痛くなってからは、買い物にも行かなくなり、

 

 

母の足は、運動不足により筋肉が無くなって来ていたのかもしれません。

 

 

 


それから1ヵ月経った夜でした。

 

 

 


母が呼ぶので、行ってみると、

 

 

「トイレに行けない。」と言うのです。

 

 

 


なんと、母はベッドから起き上がる脚力さえ無くなっていたのです。

 

 

 

退化とは恐ろしいものです。

 

 

どんなに屈強な男でも、病院に半年寝たきりだと歩けなくなると言います。

 

 

 


さすが、この時は、

 

 

母の寝たきりも、近いと覚悟しました。

 

 

 


しかし、私にそんな事を考えるよりも、まずは目の前の問題でした。

 

 

母がトイレに行けないと言うのです。

 

 

 


ここで考えられる選択は、2つでした。

 

 

私が母を抱きかかえて、トイレに連れて行くか、

 

 

それとも・・・・ここでさせるか。

 

 

 


母に聞きました。

 

 

「うんち、おしっこ?」

 

 

「おしっこ」

 

 

「我慢できる?」

 

 

「うん、我慢できる。」

 

 

 


私は車に乗ると、大人用の紙パンツを買いに走りました。

 

 

夜の0時過ぎですから、スーパーは開いてないと思い、コンビニ駆け付けました。

 

 


ところが、ちょっと驚いたんですが、

 

 

コンビニを5軒くらい回ったんですが、

 

 

大人用の紙パンツは勿論の事、赤ちゃんの紙パンツすらも売ってないのです。

 

 

えっーーまじか!

 

 


何も買って行かない訳にはいきません。

 

 

仕方なく、何か無いかと探して、やっと見つけたのが、

 

 


ナ、ナ・・・ナプキンでした。

 

 

 


これなら、多少おしっこを吸い取ってくれるだろう。

 

 

ただ、コンビニで売っているナプキンって、10種類位あるんですよね。

 

 

1種類だけなら、はいこれ下さいって言ってすぐ終わるんですが、

 

 

どれ買っていいのか、分からなくなります。

 

 

 


しかも、こういう時に限って、店員さんがオバサンだったりするんですよね。

 

 

夜中の0時過ぎに変な男がやってきて、

 

 

女性のナプキンを熱心に見てるよ。って、感じで横目で私を見てます。

 

 

私は心の中で叫びましたよ。

 

 

変態じゃないからね。

 

 

ちょっと待てや、オバサン、よく読まな、分からんから。

 

 


えーと、

 

 

大きさが大きい方がええな。 こっちが○cm×○cmか、

 

 

こっちのナプキンの方が大きいな。

 

 

よし、こっち買おう。

 

 

いや待て、こっちは、多い日も安心て書いてあるで。

 

 

 

変態じゃないからね。 時間かかるんやで。

 

 

裏にチッサイ字で書いてあるさかい。

 

 

 


結局10分位かかって、ナプキンを1つ会計してもらって帰りましたが、

 

 

オバサン、終始私の事をジロジロ見てました。

 

 

あそこのコンビニ、もう行けんわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、その日の夜は、タンポンを母に渡して寝ました。

 

 

翌日マツモトキヨシに行って、大人用の紙パンツを買ったのは言うまでもありません。

 

 

 


しかし、このままでは、母は寝たきりになり、

 

 

私は寝たきりの母を介護するという生活に入る事になります。

 

 


これは大問題でした。

 

 

 

まだ、それに比べれば、認知症は気が楽でした。

 

 

なにしろ、自分でトイレに行ってくれます。

 

 

大体介護でつまづくのは、トイレが引き金になる場合が多いと聞きます。

 

 

例え愛する夫の為とはいえ、お義母さんやお義父さんのウンコの始末や、

 

 

トイレについていって、お尻を拭いてあげるのは、大変な事です。

 

 

大抵ここでつまづいて、親を施設に預けようと考え始めるといいます。

 

 

 


ああ、これが始まるのかぁ。 大丈夫かな。オレ。

 

 

 


この時が、どん底でした。

 

 

 

このままでは、母は動けないし、運動も出来ないし、

 

 

寝たきりになるのは、必定でした。

 

 

 

 

そこで、私は一か八か、カケに出る事にしました。

 

 

35000円位したと思いますが、ある機械を買ったのです。

 

(私は新品を買ったのですが、今では中古やオークションでも売っていると思います)

 

 

その機械は、ただブルブル震えるだけの機械ですが、

 

 

その上に1日10分乗っているだけで、痩せるというダイエットマシーンでした。

 

価格.comより

 

勿論、私も使いますが、メインは母親の足を鍛える為でした。

 

 

ダメでも私が使うから、いいかと決心して買ったのです。

 

 

実は、以前アメリカの研究者が、

 

 

両足の下が微妙に揺れていると長生きするという研究成果を発表した事がありました。

 

 

その事が頭にあったので、やってみようと思ったのです。

 

 

写真の様に、機械の上に立って使うのが、基本なのですが、

 

 

母は立てないので、椅子に座ってままで、両足だけを機械の上に置かせ、

 

 

機械をオンにすると、母の足が振動し始めます。

 

 

 


これと同時に始めたのが、

 

 

NHKのためしてガッテンで、特集したという、

 

 

運動をした後に、30分以内に牛乳を飲むと、筋肉量が増えるという方法です。

https://bihada101.net/health/640/
http://noticetopic.blog.so-net.ne.jp/2014-09-15-1

 


この2つの方法を、毎日やる様にしました。

 

 


すると、奇跡が起きたのです。

 

 

母はまた、普通に歩けるようになったのです。

 

 

 


毎日、買い物に行ける様にもなりましたし、

 

 

昨日の日曜日には、一緒に電車で海を見に行ける様になりました。

 

 

 

 

 

もし、皆さんも家族が認知症になったり、歩けなくなったら、

 

 

今日のブログが多少なりとも参考になればと思い恥を忍んで書きました。

 

 

少しでも介護する貴方の力になれれば、幸いです。


END

 

●母が認知症になった。

 


人は年をとります。

 

 

その意味では、どの家庭も将来、

 

 

お母さんやお祖母さんが、ボケたり、

 

 

歩けなくなったり、記憶が無くなるといった事が起きる可能性があります。

 

 

 

 


私の家では、それが意外と早く訪れてしまったのかもしれません。

 

 

 

 


でも、それは全部私のせいでした。

 

 

私が、突然、7ヶ月も入院したから・・・・

 

 

大事な息子が、突然、白血病になってしまうという衝撃があったから・・・・

 

 

 

 

それは、ある9月、

 

 

朝起きてから、ちょっと具合が悪くて、歩いていても貧血の様な感じ。

 

 

1時間位立っていたら、すぐ横になりたくなって、廊下の上で横になったくらい。

 

 

それでも何とか、起きて予約があった歯医者に行きました。

 

 

歯医者では、ずっと座っているのに、まだ貧血気味。

 

 

そこで意を決して、すぐに病院に行ってみました。

 

 

病院に着いたのが、11時を回っていて、本来なら診察時間を過ぎていて、

 

 

受付できないのですが、私が具合が悪そうなのを見て、

 

 

受付の女性が入れてくれました。

 

 

そして血液検査をすると、異常が見つかったのでしょう。

 

 

すぐに骨髄検査をするというのです。

 

 

なんかすごく痛かった覚えがあります。

 

 

そして、医者から伝えられたのが、白血病でした。

 

 

即日入院。

 

 

家に帰れなくなったので、母に電話しました。

 

 

ごめんね。

 

 ボク、白血病になっちゃった。」

 

 

その時、死ぬと思いました。   「ごめん、かあさん」

 

 


私もショックでしたが、多分、母も相当ショックだったと思います。

 

 

 

 


私が約7ヶ月入院して、退院した時、

 

 

 

なんと、

 

 

母は認知症になっていたのです。

 

 

 


部屋のあちこちに、バスマジックリンがあり、

 

 

合計で、13個ありました。

 

本来なら、1つあればいいのに、同じ物を13個買っていたのです。

 

 

 

 

他にもトイレの洗浄剤が、同じもの5つ。

 

 

食器を洗う洗剤が7つ。

 

 

掃除マニアかっ?

 

 

 

それでも買い物に行くと、籠に新しい食器洗剤やバスマジックリンを入れようとします。

 

 

 


退院する前は、

 

 

母の手作りのグラタンが食べたくて、

 

 

病院から母に、グラタンが食べたいとリクエストしていました。

 

 

しかし、家に帰ってみると、

 

 

母が、グラタンの作り方を忘れたというのです。

 

 

それでも何とか退院祝いという事で作ってくれたのですが、

 

 

以前の美味しいものとは、かけ離れたものでした。

 

 

 


どうやら、私が居ない間、凝った料理はまったく作らなかった様です。

 

 

1人だと、お茶漬けなど簡単なモノしか作る気力が無かったのでしょう。

 

 

それ以来、料理は私担当。皿洗いは母担当となりました。

 

 

 


それでも、まだ私は、そんなに酷い認知症だとは思いませんでした。

 

 

なにしろ、沢山同じ物を買ったと言っても、

 

 

まだ腐るものでは無かったので、沢山買い置きした思えば許せたし、

 

 

料理が出来なくなったのも、

 

 

長い間一人で、料理する気が起きなくて忘れたのだろう。と思ったのです。

 

 

 


ただ、軽い認知症だと思ったので、それなりの民間療法を試す事にしました。

 

 

■まず、水素水を飲ませる事。

 

 

■次に、花の香りを嗅がせる事。

 

アメリカでも、花屋さんは認知症になりにくいという事を耳にしていたのと、

 

日本でも、アロマオイルを認知症の人に24時間かがせた所、

 

認知症が進まなくなったというニュースを聞いたからです。

 

ただ、1つだけ落とし穴がありました。

 

それは、アロマオイルの値段が高い事。

 

ネットで買ったのですが、一ビン2000円位しました。

 

これでは、いくら効き目があっても家計が破たんして続きません。

 

そこで、これに代わる物は無いかと、芳香剤を試す事にしました。

 

これなら、D2などで500円位です。

 

母が車に乗る時は、乗車時に必ず母の周りにまきます。

 

そして、母が寝るベッドの周りには、3種類の花の香りの芳香剤を置きました。

 

 

■最後に、なるべく母に頭を使ってもらおうと、

 

時間はかかっても、出かける時は、母に戸締りをチェックさせ、

 

鍵も母にかけてもらい、帰った時も母に鍵をあけてもらいました。

 

また、外で買い物をしたり、食事をした時は、

 

母に会計をさせました。

 

それはちょうど母親が子供に計算を覚えさせる為に、会計をさせる様な感じです。

 

ただ、時間がかかって後ろの人が迷惑にならない様に、

 

空いているレジか、行列の最後に並ぶ様にはしています。

 

また、外食の会計は、席に居る時にお金を用意させてから、レジに行きます。

 

あと、うちに来た郵便物を開ける係りも母です。

 

 

 

 

上の3つの事を行なった結果、

 

 

母の認知症は、それ以上進まなくなりました。

 

 


ただ、それから2年経った時、

 

 

今度は、母が唯一担当していた皿洗いも出来なくなりました。

 

 

母が洗ったお皿を見ると、まだ汚いのです。

 

 

そこで母が洗う様子を見てみると、ただの水でゆすぐだけでした。

 

 

食器洗剤を使えなくなっていたのです。

 

 

母の認知症は、ゆっくりではありますが、ちょっとずつ進んでいた様です。

 

 


そこでようやっと、正式に医者にみてもらおうと思いました。

 

 

さて、そうなると、どの医者にみてもらうかになります。

 

 

すると、テレビでちょうど認知症についての番組がありました。

 

 

その番組の受け売りもあり、

 

 

まず、

 

 

全国の「もの忘れ外来」「認知症外来」を調べました。

 

http://www.alzheimer.or.jp/?page_id=2825

 

そして、千葉県の所をクリックして、一番近い病院に行く事にしました。

 

 

予約を取って行くと、まず認知症のテストが2種類行われました。

 

 

その結果、母は中度の認知症という事が分かりました。

 

 

そして、処方されたのが、レミニールOD錠という薬でした。

 

 

この薬は、脳の働きを活発にするくすりです。

 

 

一番最初に処方されたのが、下の黄色いレミニールです。朝と晩の1日2錠です。

 

1ヶ月後、特に問題無いという状況だったので、

 

 

今度は、赤のレミニールを処方されました。(料金は、ひと月1780円くらい)

 


■あと、認知症に良いと思い、猫を飼う事にしました。 動物セラピーです。

 

私も飼いたかったので、それは一石二鳥でした。 

 

 

■他にも認知症対策として、

 

テレビでは、お笑い番組と音楽番組をよく見せています。

 

笑いと、音楽は、認知症を遅らせる効果が、他の番組よりもあると事です。

 

私は母が笑う番組や好きな音楽番組があると、録画して何度も見せる様にしています。

 

何度同じ番組を見せても喜んでもらえるので、楽だし、

 

それは、認知症になってむしろ良かったと思える点の1つです。

 

 

 

 

 


これが、現在にまで至ります。

 

 

認知症は、その後、

 

 

中度から軽度に近くなり、数々の対策の効果が感じられる様になっています。

 

 

今は、料理も皿洗いも私がやっている状態ですが、特に苦にはなりません。

 

 

自分が食べたいものを作って、食べていますし、

 

 

皿洗いも、今日は仕事で忙しいなという時は、使い捨ての皿を使います。

 

 

そんな時は、ハシも割り箸、スプーンも使い捨てを使います。

 

 

 

 

 

 

 

 


皆さんも、もし、家族が認知症かな。と思った時、

 

 

今日の話の中で、ご参考なるものがあれば幸いです。

 

 

 

 

 

 

よく、認知症の人が、何度も同じ事を言って来るという悩みを言う人がいますが、

 

 

私の母も、そういう現象はあります。

 

 

何度もクーラーの事を聞いて来たり、何度も庭の事を聞いて来たり、

 

 

正直、答えるのが面倒だし、同じ事を何度も何度もウルサイですよね。

 

 

 

でもね。

 

 

ある日、気がついたんです。

 

 

 

何度も言う言葉を、よく聞いてみると、

 

 

それらは、私と「話したいというきっかけの言葉や質問」だったのです。

 

 


「寂しいんだな。」って。

 

 


私と話したいけど、きっかけの言葉をそれしか思いつかない。

 

 

だから、それを何度も繰り返していたのです。

 

 

つまり、貴方が好きだから、貴方と話したいだけなのです。

 

 

私は、それ以来、そんな同じ言葉を言われても、

 

 

いちいち返事をしてあげる様になりました。

 

 

「そうね。それはね。・・・・なんだよ。」って。

 

 

また、お年寄りの早期の認知症の場合、

 

 

水分を余り取らない為に、認知症になる場合が多いという事が発見されました。

 

 

通常、お年寄りには、毎日2500mlの水を飲む必要がありますが、

 

 

食べる事により得られる水分は、約1000ml。

 

 

残りの1500mlを水分として飲む必要があります。

 

 

しかし、認知症になる老人は、あまり水を飲まない事が分かったのです。

 

 

そこで母にもなるべく水分をとってもらう為に、

 

 

ご飯をお茶ずけにしたり、ヤクルトを飲ませたり、スープを飲ませたりと、

 

 

 

毎日1500mlの水分を飲む様にさせると、

 

 


母は、段々と同じ言葉を言う回数がぐんと減ってきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

そういう事で、私の中では認知症問題は、ある程度超えたという状態です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、

 

 

 

 

 


去年末、その認知症を上回る大問題が、母の身に起きたのです。

 

 

後半は、明日のブログに続く。

 

●娘の7つの宝石

 

 

時々、臓器提供の相談を受ける時があります。

 

 

臓器提供とは、重い病気や事故などにより臓器の機能が低下した人に、

 

 

親や植物状態の人の健康な臓器と取り替えて、

 

 

病気になった人々の機能を回復させ助ける医療行為です。

 

 


つまり、脳死とはいえ、生きている人間から臓器を取り出し、他の人を助ける訳です。

 

 

ここに色々な論議が、衝突する訳です。

 

 

信じている宗教や思想によって、色々意見はあると思います。

 

 

だから、私の意見も、いち個人の意見としてみて下さいね。

 

 

 

 

 

臓器提供の相談とは、例えばこんなものです。

 

 

「親戚の子が脳死して、心臓と肺を臓器提供したのですが、

 

 天国に行った時や、生まれ変わる時に、それらが無くて不自由しませんか?」

 

 

 

 


まず、天国に行った時ですが、

 

 

天国は肉体を必要としない魂の世界ですから、

 

 

両足を失った人でも、天国に行くと、普通に歩いていたり、

 

 

肝臓がんで、肝臓が機能しなくなって亡くなった人も、

 

 

今はここ天国で元気にしているという様なメッセージを、霊能者は受け取るそうです。

 

 

つまり、現世で使っていた肉体に関係無く、天国では暮らしていると言うのです。

 

 

次に生まれ変わる時ですが、

 

 

通常は赤ちゃんから始まるので、現世で使っていた50歳の肺や心臓は、

 

 

必要無いのだそうです。

 

 

つまり、医学的に言っても、遺伝子内の肺や心臓を失う訳では無いし、

 

 

また新たにお母さんから授かるので、問題無いという訳です。

 

 

むしろ、霊能者の方いわく、亡くなった時に、

 

 

臓器提供によって、その提供者やその家族など多くの人から感謝されるので、

 

 

成仏しやすくなり、徳を積む事になり、その為、

 

 

以前持っていた臓器よりも、生まれ変わる時は、もっと良い臓器が与えられる。

 

 

と言う霊能者の方もいます。(宜保愛子さん)

 

 

 

 


だから、私個人の意見としては、臓器提供には賛成です。

 

 

ただし、脳死の判定が2人以上の医師によりしっかりした判断によるものである事。

 

 

それか親が子供や親族に腎臓や肝臓の一部を提供する場合に限ります。

 

 

 

 

当然ながら、下の様なケースは反対です。

 

 

昨年の6月、カナダのデービッド・キルガー元議員

 

 

人権派弁護士のデービッド・マタス氏、

 

 

ジャーナリストのイーサン・ガットマン氏が中心となって、

 

 

中国の共産党が、病院や医師ら共謀して、

 

 

適法な臓器移植の件数を年間約1万件としている。と暴露した。

 

 

私もそれまでは、中国政府によって、

 

 

死刑になる罪人の臓器移植が行われているという事は聞いていました。

 

 

しかし、彼らの報告書によると、事態は遥かに深刻で、

 

 

臓器移植されるのは、人殺しなどの犯罪者ではなく、

 

 

多くは、善良な市民のものだと言うのである。

 

 

中国の共産党と意見の違う人達を、政治犯として捕まえて、

 

 

臓器移植の為に死刑にしていると言うのだ。

 

 

ウイグル族やチベット族、中国内のキリスト教徒、

 

 

そして、特に政府側が敵視する法輪功の信者たちを数千名逮捕・収容し、

 

 

過酷な拷問をした上で信者らの遺体から勝手に臓器を摘出し、闇で売買したという。

 

 

その証拠に、違法な臓器移植がバレない様に、

 

 

中国政府は、今も死刑執行した名前や総数の公表を拒んでいる。としている。

 

(CNNより)https://www.cnn.co.jp/world/35084781.html

 

 

中国政府にも言い分はあるだろうが、

 


いずれにしろ、1つだけハッキリ言える事は、

 


どんな理由にしろ、人を殺して、それをその人の親にも子供にも知らせないで、

 


こっそり殺してしまう行為は、100%間違っていると言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

時々、臓器提供出来る人が、うらやましいと思う時があります。

 

 

実はね。

 

 

私も臓器提供したいと医師に申し出た事があるんですよ。

 

 

でも、お医者さんから、こんな事を言われちゃいました。

 

 

 

 

 

「白血病の方の臓器は使えないのよ。」って。

 

 

知らない間に、私、お役に立てないポンコツな体になっていたんですよね。

 

 

残念。泣く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、

 

 

ある実話を紹介して、今日は終わりに致しましょうね。

 

 

 

 

ある時、二人姉妹の妹さんが、病院に運ばれた。

 

 

主治医から次女の状況が大変厳しくて脳死状態だと聞いた時、

 

 

普通なら、このまま脳死状態で生命維持装置で生き続けるか、

 

 

娘をもう苦しめたくないと、死を受け入れて埋葬するという道かの選択になるかと思います。

 


しかし、ここでそんな普通の道とは別の事態が起きたのです。

 

 

 

 

 


長女が、主治医の方に、こんな事を言ったのです。

 

 

 

 


「妹は、臓器提供意思表示カードを持っています。」、と。

 

 

 

娘がそんなカードを持っている事なんて知りませんでした。

 

 

 

しかし、主治医からは、実際にカードがここに無いとダメだという返事。

 

 

 

 

「持ってくる。」

 

 

長女はカードを取りに家に戻りました。

 

 

 

 

カードには、サインがきちんとしてありました。

 

 

 

 


それを見て、私達家族は話し合いました。

 


「どうしようか。

 


こんなにきちんと書いているんだから・・・・・

 

意思を叶えてあげようか。」

 


「いいよ。」

 

 

「叶えてあげましょう。」

 

 

私達は、それまで臓器移植について何も知らなかったんです。

 

 

娘の体はまだ温かく、可愛い顔をしていました。

 

 

 

でも、人工呼吸器によって呼吸をさせられているだけでした。

 

 

病院に提供の意思を伝えた後の夜中、初めてコーディネーターに会いました。

 


「提供意思に変わりありませんか。」


「ありません。」


このやり取りを何度重ねたことでしょう。

 


家族で確認しあい、気持ちを微動だにせず、しっかりとコーディネーターに返事をしました。

 

 

本人の意思を継ぐ・・・その思いだけで決意しましたが、

 


7人の方に臓器が提供できると聞き、娘という宝石箱から7つの宝石が散っていき、

 


7人の方々の中で輝き生きていく、それでいい、と思いました。

 


『関東の女性』が脳死で臓器を提供するという情報は、

 


またたくまに『東京の20歳代の女性』というように、

 


細かな内容でほとんどのメディアに流れていました。


 
肺の状況がとてもいい事、心臓は大阪の患者さんに渡りそうな事、

 

 

などをコーディネーターの方が、逐一教えてくれました。

 

 


 提供が終わってもマスコミが多くて、すぐには娘を家に連れて帰れなかったので、

 


娘は、一時霊安室に移ることになりました。

 


狭い部屋でしたが、コーディネーターの方が花を持ってきてくれたり、

 


病院で働く百数十人もの人が、お線香をあげに来てくれたのです。

 


霊安室にいる多くの人が娘の行為に感銘してくれていましたし、

 


私達もその光景に心から感動しました。

 

 

 


「いい事したね。」 って、娘を誉めてあげました。

 

 

 


娘の7つの宝石が輝いている事をいつも心の中で思いながら、

 


私達もこれから頑張って生きていこうと思いました。

 

 

 

 

 


 娘のお別れ式では、写真の周りにいっぱいの花を飾りました。

 


250人くらいの若い人達が集まって、

 


カーペンターズの曲が流れる中、パーティー形式で見送りました。

 


「娘は立派に生きているので、これは旅立ちなんです。」

 


皆さんにそう伝え、娘を乗せた車が出るときには拍手をしてもらいました。

 

 

「何もしなかったら、とても寂しい思いをしたかもしれないのに、

 


7つの宝石を先に取り出しておいてよかったなあ。」と思いました。

 

 

 


 
 亡くなってからしばらくして、娘のボーイフレンドが名乗り出てくれました。

 


とてもいい青年だったんです。

 

 

彼は、娘にとネックレスをくれました。

 


娘の骨壷に入れてあげました。

 


この時のことを思い出すと、涙が溢れてしまいます。

 

 

 

 

 


娘が書いた臓器提供意思表示カードを改めて見た時に、ある事に気がつきました。

 

 

それは、

 


娘がカードに署名した日が、私の母(祖母)の3周忌にあたる日だったのです。

 

 


きっと、娘はその時、何か思うところがあったのでしょう。

 


娘は金融機関に勤めていて、常に窓口に意思表示カードを置いていたそうです。

 

 

 

 

 

 

ある時、テレビで、

 


肺を移植した人の映像が放映された事があります。

 

 

20年間、病に苦しんでいた40歳代の女性を、

 


どれだけ輝かせたかを、見ることができました。

 


その姿こそ、娘の宝石箱の輝きに値するものでした。

 

 

元気になった娘の肺をもった女性の姿に、私達は感銘しました。

 


そして同時に、勇気と希望をもらいました。

 

 

現在、亡き娘の意志を継いで、

 


意思表示カードは、私をはじめ親戚も全員持っています。

 

 

 

 


そんなある日、

 


 心臓を移植した子供の親から、その子の手形をカードにしたものもいただきました。

 


これも私達の宝石です。

 

 

7人の方やそのご家族からコーディネーターを通じて情報やお手紙をいただくことが、

 

一番の楽しみです。

 

 

娘の功績を多くの人に喜んでもらっていることに感銘し、

 


そのたびに勇気づけられるのです

 

 

 


娘もきっと喜んでいるはずです。

 

 

 


娘が亡くなって1年経った時でした。

 


娘の宝石箱のひとつ、肺の移植を受けた方からお手紙を頂きました。

 

 

 

 

大事にします。今はそれしか言葉がみつかりません。


生きるという何にも変えがたい尊い贈り物を、


私の命と共に歩いてくださる希望をいただきました。


大事にします。 


大切にします。


ありがとうございました。』


一緒に、肺移植をした方のレントゲン写真を見せてもらいました。

 


それを見た時、

 


娘は生きている」と強く感じました。

 

 

 


私達は、淋しくありません。

 

 

なぜなら、


7人の方々の中で、娘の7つの宝石が、


 
今も輝き続けているから………

 

 

END


娘さんが好きだったカーペンターズの曲

 

 

PS.もし、今日のお話に感動を覚えた方は、

きっとウィル・スミス主演の映画「7つの贈り物」を見ると感動しますよ。

私はこの映画を見ると、いつも最後の5分の所で必ず泣いてしまいます。

 

 

 

 


参考:日本臓器移植ネットワークHPの小冊子think transplant

https://www.jotnw.or.jp/index.html