●死にやすい部屋

 

 


今日は何を書こうかと新聞をテレビのニュースを見ていると、

 

 

東京医科大学で、入学試験の時に女性差別を行なっていた事が明らかになった。という。

 

 

どういう事かと言うと、受験生が女性だった場合は、一律に合計点数から減点していき、

 

 

合格人数の内、70%近くを男性が占めるように調整していたという。

 

 

東京医科大学の関係者によると、女性の合格者が30%を超えない様に気を付けていたという。

 

 

弁護士に聞くと、受験費用は一律に女性からも6万円を受け取っているので、詐欺罪に当たる可能性が高いという。

 

 

医者でタレントの西川史子さんいわく、

 

 

東京医科大学のこうした行いは、他の医科大学でも行われている当たり前の事だという。

 

 

女性をこうやって落とさないと、女性は将来外科医とかにはならない人が多いので、女性を全員合格させると、

 

 

世の中、眼科医と皮膚科医だらけにになってしまうんです。と言う。

 

 

ここまで読んだ男性受験生の人の中には、こう思う方もいるかもしれない。

 

 

「まあ、女性を差別してくれるのは、ありがたい。男性は合格しやすくなるから。」

 

 

しかし、それは違う。

 

 

こういう悪い事をする権力者達は、他にも沢山悪い事をしているものだ。

 

 

叩けばホコリが出る。とはこの事である。

 

 

例えば、東京医科大学は、裏口入学を何回も何回もやっていたらしい。ほぼ日常化していたという。

 

 

他にも、男性の受験生でも、3浪以上の人は入学しにくくしていたという。減点なども。

 

 

つまり、男性の受験生も差別を受けているのだ。

 

 

女性で3浪なら最悪だ。

 

 

 

 

 

この問題、私は個人的に、医師国家試験に問題があると思っている。

 

 

現在、日本全国で麻酔科医が足りない。

 

 

この問題に対して、日本医師会は何の有効な手段も打てないままでいる。

 

 

大体、麻酔科医になるのに、外科医と同じ様に、

 

 

医学部医学科に入学して、医師国家試験に合格して、医師免許を取得しないとなれない。

 

 

はたして麻酔科医になるのに、巨額な大学費用と、外科医と同じような医学知識が必要なのだろうか。

 

 

麻酔科医には、麻酔科医だけに必要な医学知識を教える一般大学の学部があってもいいのではないだろうか。

 

 

今、産婦人科医が足りないのも、小児科が足りないのも、救急科が足りないのも、

 

 

整形外科医が足りないのも、みんな外科医と同じ様な道を途中まで歩まないといけないからだ。

 

 

癌はみんな医師国家試験に合格する為に、医科大学に行く必要があり巨額な費用がかかるからだ。

 

 

だから、医師国家試験の他に、

 

 

麻酔科医には、麻酔科医国家試験を、

 

産婦人科医には、産婦人科医国家試験を、

 

救急科医には、救急科医国家試験を作るべきである。

 

 

そして、合格後は麻酔科医なら麻酔科専門医の指導の元で2年間の研修を行い、

 

 

改めて麻酔科専門医試験を合格させればいい。

 

 

そうしないと、5年後には、麻酔科医が居ないので手術が出来ないという病院だらけになるだろう。

 

 

これは予言ではない、近い将来必ず起きる予定である。

 

 

 

 


さて、そんな病院の事で思い出した案件があるので、今日はその時の事を書いてみたい。

 

 

 


今から何年か前、

 

 

東京のS区にある病院の院長夫人から相談を受けた事があった。

 

 

彼女の病院は、4年前までは○○医院という名前だったのだが、

 

 

建て増して、○○病院に改名した。

 

 

ちなみに、皆さんは○○クリニックとか、○○医院という名前を見た事があるだろう。

 

 

これは医療法ではベッドの数が20床未満の診療所という意味である。

 

 

つまり、ベッドの数が20床以上ないと病院とは名乗れないのだ。

 

 

彼女場合、建て増しして20床以上になったので、はれて○○病院と改名したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ところが、医院から病院に改名してから、

 

 

看護婦の間で、ある不吉な噂が飛び交う様になったのだと言う。

 

 

 

それは、

 

 

 

「あの病室には、何かいる! 」

 

 

とか、

 

 

「あの病室に入院した人は、死にやすい! 」

 

 

 

という何とも不吉な噂だったという。

 

 


ある時、そんな噂を耳にした院長夫人は、自ら調査してみた。

 

 

本当にその病室に入院した人が死にやすいのか?

 

 

 


すると、

 

 

確かに、他の病室よりも、その病室に居た患者の方が2倍亡くなる人が多かったのだという。

 

 

また、数字には現われないのだが、

 

 

看護婦の証言によると、他の病室からその病室に移ると、みな病状が悪化するのだという。

 

 

ある看護婦いわく、

 

 

こんな事は、医院時代には無かった事で、

 

 

医院から病院に改名してから起き始めたのだという。

 

 

そして、その原因かもしれないと噂されているのは、

 

 

病院に改名してから、その病室にある50代の女性が入院したのだが、

 

 

まず助かるはずだったのに、その病室に移ってから段々と悪化していき、

 

 

やがて、本来の病気とは関係が無い所まで悪くなり亡くなってしまったのだという。

 

 

それ以来、その病室に移った人は病気が悪化し、亡くなる事も多くなったのだと。

 

 

 

だから、看護婦の間では、

 

 

その病室を、「呪われた病室」と呼ぶ子さえ居るというのだ。

 

 

 

 

 


今はまだ、悪い噂は看護婦の間だけだというが、

 

 

もし、外部にも漏れると、世間に病院の悪い噂が広まり病院経営にも影響しかねない。

 

 

そこで是非、来て調べてみて欲しいという相談だった。

 

 

 

 

 


タイミング的にも、その部屋に入院していた患者が明日退院する予定なので、

 

 

一時的に空き部屋となるので、丁度いいのだという。

 

 

 

 

さっそく私は彼女の病院に調査に行く事になった。

 

 

 

 

その「呪われた病室」を調べに・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、

 

患者たちの病状を悪化させたと思われる、ある存在に気が付くのである。

 

後半は、明日のブログに続く。

 

 

●お札(御神札)を貼っても効かない

 

 


時々、お札に関して電話相談を受ける事がある。

 

 

そんな時の相談内容は、大抵決まっている。

 

 

お札を買ったのに、効かない。」と言うものだ。

 

 

 

当然、お札を買って効いている人は沢山いるのだろうが、そんな人は相談して来ない。

 

 

本来、私はお札は売ってないのだから、

 

 

そういう苦情は、買った所に言ってくれ。と言いたい所だが、

 

 

そこはわざわざお金を払って電話相談してくれている人を、無下に突き放せない。

 

 

 

 


今日は、そんな相談の中から1例を取り上げてみましょう。

 

 

 

 

ある時、子育て中の奥さんから電話相談で、お札の事を相談された。

 

 

彼女いわく、1万円も払って家内安全のお札を買ったのに、まったく効かないと言う。

 

 

お札を買った2週間後には、台所で危なく小火になりそうになったし、

 

 

ちょっと外出した間に、子供がうつ伏せになっていて、窒息しそうになっていたという。

 

 

また、奥さん自身も階段でつまづいて、膝を打って擦りむいて、しばらく歩けなくなったという。

 

 

そして、ご主人も通勤途中に自転車と接触して怪我をしたという。

 

 

むしろ、お札を買ってからの方が、良く無い事が起きる確率が増えた感じさえするという。

 

 

 


ちなみに、

 

家内安全と言う字を見ると、家の中で安全に暮らせる様にという意味だと思う人がいるが、

 

 

占いの世界では、「家内」=「家族」の事である。

 

 

だから、家内安全とは。家族が日々安全に暮らせます様にという祈願になる。

 

 

従って、上の奥さんのケースの様に、

 

 

ご主人が家の外で事故に遭ったのも、お札の効力が無かったせいだとしたのだ。

 

 

 

 


さて、お札やお守り関係で上の様な相談を頂いた時、

 

 

私に出来るのは、せいぜい下記の2つの事を確認する事ぐらいである。

 

 

■まずは、そのお札やお守りをいつ買ったのか聞いて、有効期限が切れていないか確かめる事。

 

神社などで買うお札やお守りの有効期限は大抵1年である。

 

 

■あとは、そのお札の貼り方と貼ってある場所だ。

 


彼女にも、その事を確かめた。

 

 

すると、

 

 

お札を買ったのは、8ヵ月前の正月だと言うので、有効期限内だった。

 

 

次に、お札が貼ってあるという場所の写真を見せてもらう事にした。

 

 


彼女いわく、お札はベビーベッドの上位の壁に貼ってあると言う。

 

 

なるほど、写真を見せてもらうと、

 

 

家内安全のお札が、ベビーベッドの真横の壁に貼ってある。

 

 

 

 

きっと彼女は、赤ちゃんを一番に守って欲しいのだろう。

 


だから、赤ちゃんの側に貼って守ってもらおうと、すぐ近くの壁に貼ったのだ。

 

 


しかし、お札を見ると、家内安全の字の他に、

 


それを発行した神社の名前と、仏様らしき絵が描かれている。

 

 


そこで彼女に聞いてみた。

 


「買った時、お札を神棚に置く様に言われませんでしたか?」

 


すると、確かに言われたそうだが、神棚が無い場合は柱や壁に貼ってもいいと言われたという。

 

 

 

なるほど。

 


しかし、見るからに間違っている事が2つほど見て取れた。

 

 


■まず1つは、お札が貼ってある位置が、床から1mも無い場所である事。

 

こういう神棚に置く様なお札は、基本お祈りする時に目線より上になければならない。

 

 

■もう1つは、お札が壁に画鋲(がびょう)で留めてあるのだ。

 

お札を画鋲でとめて何が悪いと思われる人もいるだろうが、

 

基本、お札は神様の分身と考えるものなのである。

 

だから、その神様の分身に穴をあけるというのは、良く無い事であり、

 

その瞬間からお札の効力が無くなると言われている。

 

 

それを裏付けるかの様に、お札やお守りを数える時は、

 

それ自体が神様の化身なので、1体、2体・・・・と数える。

 

よくお正月に神社でお参りに行った時、貴方もお守りを買う時があるだろう。

 

その時、「このお守りを1つ下さい。」と巫女さんに言ってるかもしれないが、

 

それは本来誤りである。

 

正確には、「このお守りを1体下さい。」と言うのが正しい。

 

ただ、ほとんどの人は1つ下さいと言うだろうから、いちいち巫女さんは注意したりしない。

 

でも、「このお守りを1体下さい。」と言う人がいれば、

 

「ああ、この人分かってる!!」と思って、ニコッとするかもしれない。

 

 

 

 

 

さて、実は彼女の場合、上の2つの誤りの他に、更に2つの誤りがあったのだ。

 

その2つの誤りとは、

 

 

■まず、彼女にお札に向って時々手を合せていますか?と聞いてみたのだが、

 

お札を買ってきて壁に貼っただけで、それに手を合せた事は今まで無いという。

 

実は、神棚に祀る様なお札は、もらった本人も時々手を合せて祈る必要がある。

 

買って終わりではないのだ。

 

中には買った後、タンスの中に仕舞っている人もいるが、それでは何の効果も出なかったりする。

 

 

■次に、彼女のお札はどっちの方角を向いているか聞くと、

 

北を向いていると言う。

 

最悪だ。

 

お札の字や絵は、南か東か、東南を向いていないといけない。(北向きが一番良く無いとされている)

 

 

きっとここまで読まれた方は、お札に方角なって関係ないだろ!と思われるかもしれないが、

 

実は方角は関係あるのである。

 

 


お札やお守りは、大きく2つに分かれる。

 

■まず1つは、そのお札やお守り自体に魔除けの力がある物である。

 

つまり、そのお札やお守りを買ったら、あとはそれを持っているだけで守られるという物。

 

例えば、持ち歩き用の小さいお守りや、車に付ける自動車用のお守りやシールである。

 

その他にも、霊能者や呪力を持った人が作った護符である。

 

この場合、そのお札やお守り自体に力があるので、

 

方角は関係が無い。

 

祈ったり手を合せなくても、ただ持っているだけで、その御札やお守りのご加護があるというもの。

 


■もう1つは、そのお札やお守り自体にも多少魔除けの力はあるが、

 

基本、時々もしくは毎日遥拝を必要とするものである。

 

遥拝(ようはい)とは、遠くから神様を拝む事。

 

一番良いのは、家の目線より高い所で南向きや東向きに神棚を作って、そこにお札を入れ、

 

毎日遥拝する事であるが、現在の家庭は神棚を持たない家が多い。

 

その場合、お札だけでも良い。お札があれば、なにも神棚が無くても大丈夫なのである。

 

ただ、その場合でも、お札=神棚なので、

 

お札を貼る時は、南向きや東向きとして神棚の様に貼らないといけません。

 

こういう決まりは、イスラム教に似ている。

 

皆さんも見た事があると思うが、イスラム教の信仰者の方達は、お祈りする時は、

 

決まってメッカの方角に向かって祈りを捧げている。

 

日本の場合、天照大神が太陽神でもあるので、

 

太陽が出る方向を向いた神棚やお札に祈りを捧げるのである。

 

そうすれば、そのお札を通して、神のご加護が家内安全に導いてくれるはずである。

 

ただし、護符の中には祈りを捧げてパワーを維持するものもあるので、そういう場合は方角が関係する。

 

 

 

 


そういう訳で、相談者の奥さんは、4つもお札の貼り方を間違っていたので、

 

 

これでは、お札をせっかく買っても、効力は発揮されないだろう。

 

 

まずは、壁から画鋲を外し、画鋲の穴を丁寧に押したりして塞ぎ、4隅をテープで張り付けるか、

 

 

ケースに入れてから壁や柱に貼りつけるか、目線より上の棚やタンスの上に立てかけるかする様にアドバイスした。

 

 

その他にも、南向きか東向きか東南向きにして、時々手を合せる(遥拝)様に言った。

 

 

 

 

 


その後、彼女はちゃんとやったのかどうか連絡が無いので分からないが、

 

 

便りが無いのは、良い便りと言うので、多分良い方向にいっているのだろう。

 

 

 


彼女の家内安全が、叶います様に・・・・

 

END

 

 

 

 

●教会に現われた幽霊

 

 


今年の6月30日、つい一ヶ月前の事である。

 

 

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産が、世界遺産に正式に登録された。(22件目

 

 

朝日新聞より

 

上の図の様に、長崎県と熊本県のかなり色々な地域に散らばっている世界遺産である。

 

上の図の原城跡というのが昔、島原の乱があった所で、16歳の天草四郎が戦って散った場所である。

 

 

当初は、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」として長崎県のみで世界遺産に申請するつもりだった。

 

 

しかし、国際記念物遺跡会議に勤める外国の専門家に相談したところ、

 

 

それよりも、隠れキリシタンを強調して集落もいれた方がいいとのアドバイスを得る。

 

 

そうなると、隠れキリシタンで有名な天草を外すわけにはいかないだろうと、

 

 

熊本県側から是非、天草の﨑津集落も世界遺産に入れて欲しいとの要請があり、含まれる事になった。

 

 

そもそも、キリスト教の教会や信仰している集落など、世界中に沢山あるのに、

 

 

なぜ、長崎と熊本の教会や集落が、世界遺産としてユネスコが認めたのか?

 

 

 

 

それは、当時幕府などから踏絵など、激しい弾圧を受けてながら、

 

 

1人の宣教師も居ないのに、よくぞ250年間もキリスト教を守り続け、そして復活させたという、

 

 

世界でも類をみない日本人の強い信仰心に、ユネスコは感動したのかもしれないと言われている。

 

 

世界遺産委員会での登録審査では、開始わずか20分で満場一致で可決された。

 

 

こんなに迅速に決定した世界遺産は、未だかつて無かっただろうという。

 

 

 

 

 

 

そんな長崎県にある教会で働いていて、今は千葉に引越して来たという

 

 

深堀さんという女性から、電話相談を受けた事があった。

 

 

ただ、彼女が働いていたのも、上の世界遺産に登録された教会と同じカトリック教会で古い建物だったそうだが、

 

 

今回登録された教会群には入っていない。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、皆さんは、よくキリスト教って聞くと、

 

 

カトリックプロテスタントに大きく分かれるのだが、その違いをご存知でしょうか?

 

 

 

 

 

 

元はキリスト教と言えば、カトリックのみでした。

 

 

だから、当時の社会はほぼ階級制度が確立していて、一番上にローマのカトリックの教皇が君臨し、

 

 

その下に、地方の王や領主様がいて、農民や商人たち一般市民は一番下でした。

 

 

つまり、カトリック教会が社会を支配していたのです。

 

 

しかし、強大な権力があると、それを利用しはじめるのが世の常でしょうか。

 

 

カトリック教会は、新たに教会を作るにあたってお金を稼ぐ必要が出てきました。

 

 

そこで、罪を犯したものは、教会が発行する免罪符をお金で買えば許されるとして、

 

 

犯罪者でも教会にお金を払って免罪符を買えば許すという事をしはじめて段々腐敗していったのです。

 

 

また、当時の聖書は全てラテン語で書かれていて、ラテン語を理解出来ないのは、その人の責任として、

 

 

キリスト教の聖書を理解するには、いちいち宣教師に教えを請わなければなりませんでした。

 

 

そこで立ち上がって抗議しのが、ドイツのマルチン・ルターです。

 

 

「犯罪の許しを、教会に金を払えば許されるというのは、おかしい!」

 

 

この抗議という言葉がラテン語でプローテスターリーと言い、これがプロテスタントとなったのです。

 

 

彼はカトリック教会の腐敗したシステムを批判すると同時に、

 

 

聖書は誰でも読める様にと、ドイツ語に翻訳した聖書を作ったのです。

 

 

当時、聖書は貴重な物でした。1冊作るのに、手書きで何日もかけて書き写したものです。

 

 

ところが、時代がルターに味方します。

 

 

丁度その頃、グーテンベルク活版印刷技術を発明し、一挙に沢山の本を作成できる様になったのです。

 

 

これによってルターが書いた聖書もその後100万部も印刷され、大ベストセラーになったのです。

 

 

こんな時代背景も味方して、プロテスタントは急速に普及しはじめます。

 

 

これが歴史上の宗教革命と言われているものです。

 

 

だから、カトリックに対して、プロテスタントは自由な印象があります。

 

 

例えば、カトリック教会ではトップはローマ法王ですが、

 

 

プロテスタントには、誰が上とか下とかの階級はありません。

 

 

またカトリック教会には、神父様がいますが、規則で神父様は男性でないとダメで、

 

 

しかも生涯独身でないといけません。

 

 

しかし、プロテスタントでは神父とは言わずに牧師さまと言いますが、

 

 

牧師さまには、男性でも女性でもなれ、しかも結婚出来ます。

 

 

聖書もカトリックでは、細かく注釈が加えられ限定した解釈に統一されていますが、

 

 

プロテスタントは、それぞれの牧師さまの自由な解釈でいいとされています。

 

 

 

 

 

マンガやテレビなどで、キリスト教が出て来たら、

 

一目でどちらか分かる目安があります。

 

 

■神父=カトリック
  牧師=プロテスタント

 

■歌を聖歌と言う =カトリック
 歌を讃美歌と言う=プロテスタント

 

■懺悔室(ざんげ)する部屋がある=カトリック。
                   無い=プロテスタント

 

■キリスト像や聖母マリア像がある=カトリック。
                   無い=プロテスタント

 

■お祈りの時に十字をきる=カトリック。
         特にきらない=プロテスタント

 

■手持ちの十字架にキリストが磔になった像がついている=カトリック。(シンプルも可)
                     ただのシンプルな十字架=プロテスタント

 

 

 

 
こんな風に、明確な違いがあるのですが、


プロテスタントはその教会の牧師さまがの考えで自由にやるので、


中には色々な物を取り入れる所もあるとの事。


    

 

 

 


さて、だいぶ話が脱線してしまいましたので、元に戻します。

 

 

 

 

長崎県にある教会で働いていて、今は千葉に引越して来たという

 

 

深堀さんという女性から、電話相談を受けた事がありました。

 

 

その時の相談の中で、教会で働いている時に、2度ほど幽霊を見たというのである。

 

 

2度とも、彼女が教会の掃除をしていた時だったそうです。

 

 

 


そして、2度とも男性の霊で、時間にしたら5秒くらいで消えたそうです。

 

 

そして姿は薄かったのでよく分からなかったらしいのですが、

 

 

何となく神父様の様な感じがしたそうです。

 

 

それも笑顔だった印象があると彼女は言いました。

 

 

 

 

 

 

 

大体、笑顔の印象だった霊は、良いものです。

 

 

2度とも笑顔の印象だったと言うから、間違いないでしょう。

 

 

 


では、良いとしても、

 

 

なんで彼女の前に、現われたのでしょうか?

 

 

 

 


私の経験上、言わせてもらうと、

 

 

古い建物に、笑顔の霊が現れて、それがその目撃者の親族以外である場合、

 

 

その笑顔の霊は、その古い建物にかつて住んで居た人の霊である場合が多いです。

 

 

彼女はそれが神父様の様な感じがしたといいますから、

 

 

かつてその教会に勤めていて亡くなった神父様の可能性が高いとなります。

 

 

 


古い建物で、亡くなった人にとって思い出がある建物の場合、

 

 

亡くなった後も、時々見に来たりするんです。

 

 

 


しかも、深堀さんが見たのが、2度とも掃除をしている時だった事から、

 

 

私は彼女に、こう言いました。

 

 

 


現われた霊は、きっと貴方に、こう言いたかったのはないでしょうか。

 

 

 

 

今もこの建物を保存してくれて、

 

 

 綺麗に保ってくれて、ありがとう。」

 

END