●教会に現われた幽霊

 

 


今年の6月30日、つい一ヶ月前の事である。

 

 

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産が、世界遺産に正式に登録された。(22件目

 

 

朝日新聞より

 

上の図の様に、長崎県と熊本県のかなり色々な地域に散らばっている世界遺産である。

 

上の図の原城跡というのが昔、島原の乱があった所で、16歳の天草四郎が戦って散った場所である。

 

 

当初は、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」として長崎県のみで世界遺産に申請するつもりだった。

 

 

しかし、国際記念物遺跡会議に勤める外国の専門家に相談したところ、

 

 

それよりも、隠れキリシタンを強調して集落もいれた方がいいとのアドバイスを得る。

 

 

そうなると、隠れキリシタンで有名な天草を外すわけにはいかないだろうと、

 

 

熊本県側から是非、天草の﨑津集落も世界遺産に入れて欲しいとの要請があり、含まれる事になった。

 

 

そもそも、キリスト教の教会や信仰している集落など、世界中に沢山あるのに、

 

 

なぜ、長崎と熊本の教会や集落が、世界遺産としてユネスコが認めたのか?

 

 

 

 

それは、当時幕府などから踏絵など、激しい弾圧を受けてながら、

 

 

1人の宣教師も居ないのに、よくぞ250年間もキリスト教を守り続け、そして復活させたという、

 

 

世界でも類をみない日本人の強い信仰心に、ユネスコは感動したのかもしれないと言われている。

 

 

世界遺産委員会での登録審査では、開始わずか20分で満場一致で可決された。

 

 

こんなに迅速に決定した世界遺産は、未だかつて無かっただろうという。

 

 

 

 

 

 

そんな長崎県にある教会で働いていて、今は千葉に引越して来たという

 

 

深堀さんという女性から、電話相談を受けた事があった。

 

 

ただ、彼女が働いていたのも、上の世界遺産に登録された教会と同じカトリック教会で古い建物だったそうだが、

 

 

今回登録された教会群には入っていない。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、皆さんは、よくキリスト教って聞くと、

 

 

カトリックプロテスタントに大きく分かれるのだが、その違いをご存知でしょうか?

 

 

 

 

 

 

元はキリスト教と言えば、カトリックのみでした。

 

 

だから、当時の社会はほぼ階級制度が確立していて、一番上にローマのカトリックの教皇が君臨し、

 

 

その下に、地方の王や領主様がいて、農民や商人たち一般市民は一番下でした。

 

 

つまり、カトリック教会が社会を支配していたのです。

 

 

しかし、強大な権力があると、それを利用しはじめるのが世の常でしょうか。

 

 

カトリック教会は、新たに教会を作るにあたってお金を稼ぐ必要が出てきました。

 

 

そこで、罪を犯したものは、教会が発行する免罪符をお金で買えば許されるとして、

 

 

犯罪者でも教会にお金を払って免罪符を買えば許すという事をしはじめて段々腐敗していったのです。

 

 

また、当時の聖書は全てラテン語で書かれていて、ラテン語を理解出来ないのは、その人の責任として、

 

 

キリスト教の聖書を理解するには、いちいち宣教師に教えを請わなければなりませんでした。

 

 

そこで立ち上がって抗議しのが、ドイツのマルチン・ルターです。

 

 

「犯罪の許しを、教会に金を払えば許されるというのは、おかしい!」

 

 

この抗議という言葉がラテン語でプローテスターリーと言い、これがプロテスタントとなったのです。

 

 

彼はカトリック教会の腐敗したシステムを批判すると同時に、

 

 

聖書は誰でも読める様にと、ドイツ語に翻訳した聖書を作ったのです。

 

 

当時、聖書は貴重な物でした。1冊作るのに、手書きで何日もかけて書き写したものです。

 

 

ところが、時代がルターに味方します。

 

 

丁度その頃、グーテンベルク活版印刷技術を発明し、一挙に沢山の本を作成できる様になったのです。

 

 

これによってルターが書いた聖書もその後100万部も印刷され、大ベストセラーになったのです。

 

 

こんな時代背景も味方して、プロテスタントは急速に普及しはじめます。

 

 

これが歴史上の宗教革命と言われているものです。

 

 

だから、カトリックに対して、プロテスタントは自由な印象があります。

 

 

例えば、カトリック教会ではトップはローマ法王ですが、

 

 

プロテスタントには、誰が上とか下とかの階級はありません。

 

 

またカトリック教会には、神父様がいますが、規則で神父様は男性でないとダメで、

 

 

しかも生涯独身でないといけません。

 

 

しかし、プロテスタントでは神父とは言わずに牧師さまと言いますが、

 

 

牧師さまには、男性でも女性でもなれ、しかも結婚出来ます。

 

 

聖書もカトリックでは、細かく注釈が加えられ限定した解釈に統一されていますが、

 

 

プロテスタントは、それぞれの牧師さまの自由な解釈でいいとされています。

 

 

 

 

 

マンガやテレビなどで、キリスト教が出て来たら、

 

一目でどちらか分かる目安があります。

 

 

■神父=カトリック
  牧師=プロテスタント

 

■歌を聖歌と言う =カトリック
 歌を讃美歌と言う=プロテスタント

 

■懺悔室(ざんげ)する部屋がある=カトリック。
                   無い=プロテスタント

 

■キリスト像や聖母マリア像がある=カトリック。
                   無い=プロテスタント

 

■お祈りの時に十字をきる=カトリック。
         特にきらない=プロテスタント

 

■手持ちの十字架にキリストが磔になった像がついている=カトリック。(シンプルも可)
                     ただのシンプルな十字架=プロテスタント

 

 

 

 
こんな風に、明確な違いがあるのですが、


プロテスタントはその教会の牧師さまがの考えで自由にやるので、


中には色々な物を取り入れる所もあるとの事。


    

 

 

 


さて、だいぶ話が脱線してしまいましたので、元に戻します。

 

 

 

 

長崎県にある教会で働いていて、今は千葉に引越して来たという

 

 

深堀さんという女性から、電話相談を受けた事がありました。

 

 

その時の相談の中で、教会で働いている時に、2度ほど幽霊を見たというのである。

 

 

2度とも、彼女が教会の掃除をしていた時だったそうです。

 

 

 


そして、2度とも男性の霊で、時間にしたら5秒くらいで消えたそうです。

 

 

そして姿は薄かったのでよく分からなかったらしいのですが、

 

 

何となく神父様の様な感じがしたそうです。

 

 

それも笑顔だった印象があると彼女は言いました。

 

 

 

 

 

 

 

大体、笑顔の印象だった霊は、良いものです。

 

 

2度とも笑顔の印象だったと言うから、間違いないでしょう。

 

 

 


では、良いとしても、

 

 

なんで彼女の前に、現われたのでしょうか?

 

 

 

 


私の経験上、言わせてもらうと、

 

 

古い建物に、笑顔の霊が現れて、それがその目撃者の親族以外である場合、

 

 

その笑顔の霊は、その古い建物にかつて住んで居た人の霊である場合が多いです。

 

 

彼女はそれが神父様の様な感じがしたといいますから、

 

 

かつてその教会に勤めていて亡くなった神父様の可能性が高いとなります。

 

 

 


古い建物で、亡くなった人にとって思い出がある建物の場合、

 

 

亡くなった後も、時々見に来たりするんです。

 

 

 


しかも、深堀さんが見たのが、2度とも掃除をしている時だった事から、

 

 

私は彼女に、こう言いました。

 

 

 


現われた霊は、きっと貴方に、こう言いたかったのはないでしょうか。

 

 

 

 

今もこの建物を保存してくれて、

 

 

 綺麗に保ってくれて、ありがとう。」

 

END