●亡くなった人の一番の宝物


私事ですが、先日母が亡くなった時、

霊能者の宜保愛子さんに教えてもらった、

亡くなった人の一番の宝物。を棺に入れて送り出しました。


皆さんにも、そういう場合に、お勧めしたいものです。


そこで問題です。


亡くなった人の棺に入れた方がいい。という

霊能者の宜保愛子さんがお勧めしている

亡くなった人にとっての一番の宝物とは、

 

何だと思いますか?

少し考えてみてから、先をお読みください


















































霊能者の宜保愛子さんがお勧めしている

亡くなった人の棺に入れた方がいい。という

亡くなった人にとっての一番の宝物とは、


家族写真です。

もし、故人が可愛がっていたペットがいるなら、その子の写真も入れます。

私の時も、家族写真と母が保護した保護猫のミミの写真を入れました。

 

ちなみに、亡くなった霊は宜保愛子さんに、こう言ったそうです。
 

「家族の写真は、一番のおみやげだよ。」




ここまでは、以前も書いたことがありますが、

大抵こういう事を書くと、

棺に家族写真を入れて忘れてしまいました。

どうしたらいいでしょうか? と質問されます。


そこで最後の問題です。


亡くなった人にとっての一番の宝物である家族写真を、

棺に入れ忘れてしまった場合、どうしたらいいでしょうか?

少し考えてみてから、先をお読みください


































棺に入れ忘れてしまった場合、

宜保愛子さんいわく、棺に入れ忘れた場合、

故人に家族写真を届ける方法は、2つ
あると言います。


①■まず、小さくても良いので家族写真を用意して、
 その写真を半紙に包み、さらにビニール袋に入れて封をし、
 お墓の外側でかまわないので、土を掘って埋めてあげる。

②■お墓の側に埋める場所が無い場合は、
 故人の命日にお墓参りに行き、お墓の前で、
「家族写真を受け取ってくださいね。」と言って、
 家族写真を燃やしてあげます。
 そして、その灰をお墓の近くに埋めてあげます。



ちなみに、中には、お墓が無く、

お寺の納骨堂で遺骨を預かってもらっている方もいらっしゃるでしょう。

その場合は、写真を半紙で包み、骨壺の下に置きます。(家にある方も)


END

 

●臨死体験。


臨死体験とは、

」という字は、臨む(のぞむ)と使いますね。


臨む(のぞむ)死の体験。

そう、つまり、ちょっとだけ死んだ時の事をのぞいた体験の事です。

それは交通事故や事故・手術中に起きる事が多いとされます。

母も何度か肺炎で危なくなった時があり、生還しているので、

臨死体験したと思います。


大体ですが、心停止した人の10人に一人は、

臨死体験を経験するそうです。









1973年7月4日、

沖縄の糸満市に一人の男の子が生まれます。

名前をさとる

父親はトランペット奏者でしたが、とても厳格な父親で、

食事中は、いっさいの私語は厳禁でした。

家では常にクラシック音楽が流れていたといいます。

さとるは、体が弱く、幼稚園も休みがちでした。

後に父親とは離婚して母親と暮らすのですが、

そんなまだ子供のさとるに悲劇が訪れます。

小学校2年生の時(7歳)

沖縄の海で遊んでいると、

突然、水の中でもがいてももがいても足が地面に付かなくなったのです。

しかも、どんどん水中に引っ張られ沈んでいきました。

パニックでもがく中、とにかく息がしたいと海水を飲むだけ飲んでしまいました。

息を吸おうとしても、塩辛い水が口に入ってくるだけでした。

さとるの中から音が消えました。

 

さとるは溺れてしまったのです。

そして何かに抱かれているようなすごく優しくてあたたかい感覚と、

これまで感じたことのない安堵感を感じました。

そして次の瞬間、

頭の中で急に走馬灯が回り始めました。

生まれた時からこれまでの記憶が順番通りに事細かに見えるのです。

ああ、自分は間違いなく死ぬんだ。と思いました。

怖かった。


しかし、それは恐怖の序章に過ぎませんでした。

さとるが海で溺れてから何とか助かったのですが、

臨死体験を経験してから、目が覚めた後、

今まで全く見えていなかったものが、完全にみえるようになっていた。

さとるは、周りの人には見えないものが見える様になってしまったのです。

つまり、霊が見える様になってしまったのです。


霊は余りにリアルだったので、さとるには、

生きている人と死んでいる人の区別がつけられませんでした。

なので、さとるが幽霊と話しているのを見た周りの人たちは彼を異質扱いしました。

霊が見えると言うと、周りから気味悪がられました。

両親もです。

親ですらも彼の話を信じてくれなかったので、彼は子供心にすごく傷つきました。

さとるが10歳の頃、胃や内臓に突然動けなくなるほどの激痛が走り、倒れました。

発見されていない伝染病かもしれない。と言われ、

それまで霊が見えるとか言っていた事もあり、

さとるは、すぐに隔離・監禁され、鉄格子のついた病棟に入れられました。

そこは子供ばかりがいたのでおそらく小児病棟だったようですが、

その病棟には伝染病など重症の子が多くいました。

悪く言えば、鉄格子のついた精神病院の隔離病棟です。

そんな中で、さとるは、そこの子たちと関わる中で、こう感じたのです。

この子は明日、死んじゃう。

その予言通り、多くの子供たちが亡くなっていきました。


せっかく仲良くなっても次々と亡くなっていく友達。

そこは地獄そのものでした。


このままここにいると、

自分も精神が壊れ、死んでしまう。

そう思ったさとるは、退院する方法を模索し始めます。


さとるは考えました。

何とか、医師たちに自分は正常だと思ってもらおう。

そこで、さとるは、

担当医をジッと観察し、担当医の動作や話し方、話の内容まで全てを覚え、

それをコピーしてそっくり真似をして笑わせたり、楽しませたりしました。

そうやって、やっと正常な子という事で鉄格子の病棟から脱出する事が出来たのです



その後、さとるは学校を卒業すると、

水商売やディーラー、スタジオの音響などの仕事の傍らドラムの腕をあげ、

それまでの名前、学(さとる)を「ガク」と読むようにし、

ガクト(GACKT)として、MALICE MIZERへの加入を決め上京。



その後の活躍は、皆さんのよく知るところかと思います。


ガクトさんは、ソロデビューした26歳の頃、

成功する為に、一大決心をします。


「一番好きなことをやめよう。」

それまで大好きだった米を食べるのを止めたのです。

米は死ぬときまでなるべく食べない様にしよう。

「人生最後は、米を食べて死にたい。」


もしかしたら、ガクトさんの成功も、

そんな引き換え条件も大きな力となっているのかもしれません。





臨死体験をされた方は、他にも、

■6チャンの「ひるおび!」にレギュラー出演されている八代英輝さん。

 弁護士であり、元札幌地方裁判所判事補(裁判官)。

八代英輝さんは、心臓カテーテル手術をした時に、

枕元にあった心電図がピーっという音と共に一直線になり、

数分間心臓が停止したことがあるそうです。

心電図が一直線に時に、八代さんは視界が一気に暗くなり、

体外離脱をして、手術室の隅から自分の体を眺めていました。

 

そして、三途の川とお花畑が見えたそうです。

「お花畑の向こうに川があって、その向こうで人が受付していて道案内をしていて、

 戻らなきゃって思った。」って助かったそうです。




松村邦洋さんは、ビートたけしさんの物まねで有名になりましたが、



2009年3月に東京マラソンに出場した時に、途中で倒れて心肺停止となりました。

倒れている時に、三途の川を渡りかけたという臨死体験をしました。

三途の川を目の前にした時、

2008年に急逝した亡くなった大親友のウガンダさんが夢の中に出てきて、

「こっちの川じゃなくて、そっちを通れよ」
と言われて、

その通りにしたら、三途の川が神田川につながっていて、目が覚めて助かったそうです。


加山雄三さんは、

19歳の時にスキー場で風邪をひきましたが、大会に出なくてはいけないため、

抗生物質の注射を打って、早く風邪を治そうとしました。

しかし、抗生物質のアレルギーがあったようで、

注射を打ってすぐに心肺停止となってしまいました。

 

この時、加山雄三さんは自分が暗闇にいて、

小さな光が見えていたとのことです。

そして、その光が大きくなって、お花畑にいるように感じたそうです。
 

母親は数珠を思い出し、加山雄三さんの首に数珠を首をかけたら、

体が温かくなって、息を吹き返し蘇生することができたといいます。
 
「体が温かくなって、ボーッとして人が見えてきて、

 

 みんなが『心臓動いた!』って騒いで。

お袋ワンワン泣きながらわめいているのもよくわかった」と、

蘇生直後の様子も鮮明に覚えていると明かしていました。





END


参考:GACKT 著書『自白』~幼少期(子供時代)の臨死体験と隔離病棟生活~

●火葬後。


あれから結局、死亡診断書は、

市役所は一旦受け取った死亡診断書は見せる事もコピーを取る事もダメの一点張りで

しかたなく病院でさい発行(コピー)してもらいました。3300円。

あの時、コピーしていたら10円で済んだものを残念だし、葬儀社の汚点でもある。


さて、火葬が終わったら、次に来るのは、

①■埋葬。と、

②■保険。と、
②■相続問題です。





①■埋葬。

 

まず、埋葬は、私の場合、

49日間、家に遺骨を安置して、

丁度49日経った9月15日に簡単に49日法要して、

(1万円で佼成会の方がしてくれる)

その日に墓に納骨する予定です。

 

読者の方の中には、まだお墓が無いという方もいらっしゃるでしょう。

 

そういう場合でも、宜保愛子さんいわく、

 

3年以上は、家に遺骨を置いておくと霊障が起きやすくなるそうです。(水子を含め)

 

なので、3年以上家にある場合は、お寺などにお墓が出来るまで預かってもらうといいそうです。



ちなみに、「49日法要と納骨もお任せください。」と、

このタイミングで「小さいお葬式」からゆうパケットのデカい封筒が

届きましたが、無視です。

戒名は宜保愛子さんは、必要ないと言っていましたが、

母だけが入会していた佼成会で1万円で作ってもらいました。
 

 

 

さっそく昨日、墓地の事務所に行って、

9月15日に埋葬したいと言うと、

埋葬には、28000円かかります。と言う。

高!!!!

お墓に遺骨入れるだけだよ。28000円って??

しかも、お墓の権利書を見せてください。という。

お墓の権利書を見せてもらわないと、納骨も出来ないと言うのだ。

なんだそれ?

ちなみに、権利書を無くしたなら、11000円で再発行してあげますよ。と言う。

え? もう20年も前に買ったお墓。

権利書なんてどこのあるか。分からない。家に帰って探さないと。

墓地の事務所の人から納骨式をしますか?

 

お坊さんを呼びますか?と聞かれましたが

全て断りました。


しかし、自分で買った墓に、自由に納骨出来ないって何なん。

家に帰ると、お墓の事務所から連絡をもらっただろう墓石業者の方から電話があった

墓石の横には、父と母の名前が掘られていて、

母の名前だけ朱色になっていますが、

 

それはまだ亡くなっていない事をしてめしています。

ただ、墓石の裏には、父の亡くなった日にちと戒名が書かれています。

そこで、墓石業者の方が裏にお母さまの名前と亡くなった日付を書くので、

 

55000円になります。と言う。

 

その代わり横の朱色を取るのは、サービスにさせてもらいます。との事。

まじか!!55000円もするのかよ。


占いで、よく墓地を買った方がいいのか、

 

今流行のマンション型のお墓にするかきかれた時、

私は、土に近い墓地の方がいいでしょう。と答えていましたが、

こんなにお金がかかるなら、

 

これからはマンション型の墓地が良いと答えたいと思います。

今、考えているのは、とりあえず墓石には、母の名前は書かれているので、

なんとか自分で朱色を取って、

 

墓石の裏にシールを張って自分で書こうと思っています。

②■保険。

まず、保険など、定期的に払っているものは、ストップさせる必要があります。

 

母は、一応傷害保険に加入していました。

本当は生命保険などに加入していれば、亡くなった時にお金がもらえるのでしょうが

傷害保険では、ダメでしょう。    と思っていたのですが、

保険会社に電話すると、肺炎で亡くなったのなら、もらえないが、

誤飲性肺炎なら、保険金が出るかもしれないと言われました。

病院で亡くなったのですが、おかゆを食べた時誤飲性肺炎になり、

 

それが続いて肺炎で亡くなったのです。

まさか、肺炎はダメだが誤飲性肺炎は保険金が出るかもしれない

 

というのは意外でした。電話してみるものですね。

調査が入るそうで、どうなるかまだ分かりませんが・・・・

 


②■相続。

相続に関しては、大した財産は無いので、うちは問題ありません。

仲良しな妹とは、きっちり半分に分けます。

ただし、その手続きは父の時もけっこう大変でした。

行政書士に頼んだのを覚えています。結構とられたんじゃないかな。

戸籍謄本や相続関係説明図など書類収集

各種役所への申請書作成・提出代行など。

今回は、お金が余りないので、自分でやろうと思います。

そこで、一番大事なのは、

相続手続きの相手をなるべく少なくして簡単にする事でした。

母の死後、私が一番先にしたのは、

①■母の株券を売る。

  母は一応2銘柄だけ株券を持っていました。

  額は、合わせても50万円位なのですが、父が亡くなった時、

 

  この株券の名義変更など証券会社とのやり取りで大変だった記憶があるので、

  しかも自由に売れる様になるまで1年位かかっている間に株価が下がったり。


  そこで、母の株券は死後すぐに売ってしまいました。

  端株(50株)もあったのですが、端株は市場では売れませんでした。

  証券会社に聞くと、端株は市場が終わった後の17時半後に注文が出せるとの事

  さっそく18時に注文を出して株券全部をまずお金に変えました。

  それだけではダメです。

  つぎはそのお金を母の郵便局に送金指示を出しました。

  これで証券会社も株券の会社も相続とは関係なくりました。

②■これは普通の方にも言えるかと思いますが、

  大抵の方は、2カ所以上のお金の預け先があるかと思います。

  母の場合も、ゆうちょ銀行(郵便局)と千葉銀行がありました。

 

  それぞれ別々引き落とし先を分けていました。

  例えば、ガスやスーパーなどの引き落としは千葉銀行に。など。

  つまり、お金の預け先が2カ所ある訳です。

  当然、相続での手続きは両方の銀行に行って

 

  戸籍謄本や相続関係説明図などの書類を提出しないといけません。

  そこで、私がしたのは、

  亡くなってすぐ、千葉銀行の全額をゆうちょ銀行に送金してもらいました。

  これで千葉銀行の口座は空ですから、相続手続きをしなくてもよくなりました。

  あとは、ゆうちょ銀行とだけとの相続手続きだけで済むので、

 

  私一人でも出来そうです。

 

  また、スーパーなどで使っていたワオンなどにもお金が入っていたので、

 

  使えなくなる前に、ワオンの中の金額0円になるまで使いました。

 

③■母は持っていませんでしたが、

 

  他にも車とか宝石とか時計とか絵画とかコイン収集などある方は、

  売るか、生前贈与の形にしておくか、

 

  一時的に誰かに売るかを考えてみてください。



皆さんも、亡き人が複数銀行口座を持っているなら、1つにするか、

全てを引き出してしまうのが良いかと思いますよ。

 

 

 

沢山の暖かいお言葉とアドバイスありがとうございました。

母の死が、ほんの少しでも誰かのお役に立てたなら幸いです。


END