14、責任とは(1)

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夏休みが終わりに差しかかろうとしていたある日、恵と陽一は鶴岡八幡宮にいた。
そして、はるか昔からそびえ立ち続ける木々の中を、二人で歩いていた。
「なんでこんなとこ来るんだよ」
今日は恵の突然の行動に、陽一が驚いていた。
本当のところ陽一は映画を見に行きたかったが、恵が鶴岡八幡宮に行きたいと言ったので、しぶしぶ着いてきたのだった。
鶴岡八幡宮は確かに鎌倉の名所である。
しかし鎌倉っ子の二人で今さらこんなところへ来て、何をしようと言うのか。
恵は終わりかけの夏の空を見つめて「ここね、うちのお父さんとお母さんが結婚式をした場所なんだ」と言った。
子供の頃から両親にそう聞かされてきた恵は、もし好きな人ができたら一緒にこの鶴岡八幡宮に来ようとずっと思っていた。
そしてこの神社に恵が初めて連れてきた男性は、陽一だった。
二人は鎌倉の街を歩き続けると、由香子の入院する鎌倉救急病院の近くへとやってきた。
「ちょっと由香子に会いに行ってくる」そう言って、恵は近くのお店で由香子の大好きなスイーツを買って由香子の病室を訪れた。
「由香子、調子はどう?少しはよくなった?」と言って、恵は由香子のベッドの横の小さなテーブルの上に、お見舞いのスイーツを置いた。
しかし病室のベッドを少しあげて、背もたれにしながら横になる由香子は、ずっと横をむいていた。
恵は、何も喋ろうとしない由香子の顔を覗き込んだ。
すると由香子の表情は曇っていた。
「由香子、どうしたの?」
「恵・・・恐いよ」
「どうしたの?」
「ずっと足が動かないよ・・・。恐いよ・・・」と言って涙をポトポトと落とした。
「由香子・・・」
「恵・・・助けて・・恐いよ」
夏休みが終わり、新学期が始まった。
前キャプテンの速見は、陽一に後事を託して野球部を去っていった。
しかし2―C組の生徒は2名欠席状態だった。
その欠席者は由香子と文麿だった。
由香子は退院こそできたものの、相変わらず歩けない体だった。
そして文麿は、禁止されていたバイクに乗った事により、停学処分となっていた。
文麿は自宅近くの多摩川の河川敷の、青々とはえた草の上で寝転がっていた。
そして由香子を歩けない体にしてしまった自分に、何も言えないでいた。
「俺、本当にダメな奴だな・・・」
その二人の欠席状態は、文麿の停学処分が解けた2週間後も変わらなかった。
由香子は病院でリハビリすら行おうとせず、ずっと自宅に引きこもり状態。
文麿は行方不明。
野球部は毎日練習こそするものの、明るい文麿がいないため、なんとなくモチベーションが上がらない日々を送っていた。
文麿とはあまり仲の良くなかった司も、このモチベーションの低さを見て、文麿の存在の大きさを改めて知った。
練習前と練習後のミーティングは欠かさず行ってはいるが、以前のように盛り上がらない。
文麿はミーティングの時も理不尽な不平不満を平気で言う奴だったが、いつも文麿が言い出してから、みんなの議論が沸いた。
しかしその文麿がいない為、議論は盛り上がらない。
そして陽一も悩んでいた。
文麿はいつになったら学校にやって来るのか・・・。
恵は朝、由香子の家に行った。
ひょっとして学校に行けるのではないかと期待をしての事だった。
しかし「恵ちゃんごめんね。由香子が外には一歩も出たくないと言っているから。本当はリハビリもしないといけないのに・・・。これもあの一ノ瀬って奴のせいだわ」と言われるだけで、由香子と会えないでいた。
もちろんメールも送ったが、由香子からの返信は無かった。
「由香子・・・いつまでこんな事やるの。お願い、私と会って」

(c) 赤羽 なつき
|写真素材 PIXTA
文麿の登校拒否にシビレを切らした陽一は、京急に乗って文麿の住む蒲田へと向かった。
そして陽一は文麿と会う事が出来た。
陽一は、多摩川の河川敷で文麿と話し、学校に来ない理由を聞いた。
すると文麿は「徳永、俺今どうしていいかわかんねえ」と言って河原に寝そべった。
「とりあえず謝りに行けよ。それからじゃないと話が進まないだろ」
「何度も行ったさ。でもあいつの親が会わせてくれないんだよ。この間行ったら、水かけられたよ」
陽一は改めて事態の深刻さを感じた。
そして文麿は「なあ徳永、責任って何なんだろう?」と言って、多摩川の河川敷の空を見つめた。
文麿のその問いに、陽一はなにも答えられなかった。
責任とは一体なんなのか?17歳と4ヶ月の陽一にとっては、何もわからない。
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