15、決戦(1)
決勝戦当日の宿舎、陽一は淳紀の体に思いっきり強くテーピングをしていた。
「くう!」淳紀は痛みを必死でこらえていた。
「淳紀、痛いか?」
「えへへ・・・大丈夫です」淳紀は冷や汗を流しながら、笑顔でそう言った。
テーピングを巻き終えると、陽一は淳紀の肩をしっかりとつかんで「行くぞ」と言った。
「はい」
そして二人は宿舎の玄関前に止められたバスに、乗り込んでいった。
恵は、3塁側アルプス席へとやってきた。
そして、天然芝の広い甲子園球場を見渡しながら、恵は「遂に来たんだ・・・」と言った。
港南学院吹奏楽部が音合わせをし、時折プオーというトランペットの音が球場に鳴り響いていた。
応援席の最前列に、小さな台が設けられていた。
それは、もうこの世にはなく、選手達の晴れ舞台をみる事ができない人達の写真だった。
恵は、その台の上に、陽一の両親の写真を置いた。
「お父さん、お母さん・・・ここで見ていてくださいね」恵が写真に向かってそう言うと、清志朗の父がやってきて、清志朗の姉『恵理』の写真を同じようにその台の上に置いた。
そして「死者の魂は、きっとこの世の人になんらかの道しるべをしてくれるんだろうな・・・」と言った。
「魂?」
「そう・・・恵理の魂は、どうしようもない不良の清志朗を救おうと、君と徳永君を巡り合わせたんだろう。これは運命だったのかもしれない。君はどう思う?こんな事を信じるか?」
恵は、陽一の母の事を思い出した。
そして甲子園のフィールドを見ながら、小さな声で「信じます・・・」と言った。
甲子園の入り口には、港南学院選手団のバスが到着していた。
カメラマンが持つカメラがパシャパシャ音を立てながら、陽一達を照らした。
陽一は決戦前の甲子園球場を見上げて、心の中で「行くぞ」と叫んだ。
そして選手達は次々と球場内へと入っていった。
港南学院に続いて、仙台学園の選手団がやってきた
主将の堀場も、陽一と同じように甲子園球場を見上げた。
堀場に続いて、仙台学園の選手団は次々と建物内へと入っていった。
おびただしい数の報道陣のフラッシュが、陽一達と同じようにパシャパシャとたかれた。
今日は、仙台学園の堀場にとっても、陽一にとっても高校最後の試合である。
港南学院のロッカールームは、緊張の為か誰も物を語らなかった。
そんな静かなロッカールームで陽一は、左手に『8のリストバンド』を昨年と同じようにゆっくりと装着した。
そしてリストバンドを付けた左手をじっと見つめた。
すると係員が入ってきて「そろそろ時間です」と言った。
その係員の声を聞くと、選手達は一斉に立ち上がり、円陣を組んだ。
陽一は「これで最後だ、みんな悔いの無いプレーをしよう」と言った。
そして「行くぞ!」の掛け声に、全員「おう!」と言った。
ロッカールームからベンチへと続く甲子園の薄暗い廊下を、港南学院の選手達が歩いていくと、それを追うように、報道陣がついていった。そして無数のカメラのフラッシュがたかれた。
そして、ベンチへとやってくると、外の眩しい光が陽一達を照らした。
そこには、甲子園の美しいフィールドがあった。
只今の気温は、36度。
バックスクリーン上の大会旗が、浜風の影響でレフトからライトへとなびいていた。
そして5万人の観客が見守る中、甲子園球場のフィールドに、港南学院ナインが各ポジションへと散っていった。
すると「ワー!」という大歓声が、こだました。
古屋監督は、バッターボックスに立って一つ一つ心を込めてノックをした。
恵は緊張の様子で、センターの陽一の姿をじっと見ていた。
何故か言葉が出なかった。
すると隣にいた茜が、早速甲子園名物の『かちわり氷』を買った。
「何それ?」
「甲子園名物かちわり氷」
茜はそう言うと、その『かちわり氷』を恵の頬にチョンと付けた。
「つめた!」
「リラックス、リラックス」
アルプス席の下の方では、由香子が報道陣からインタビューを受けていた。
そう、美人マネージャーへの試合前インタビューだった。
由香子はこの為に、バスの中で化粧をしっかりと施していたのだ。
「う~ん・・・そうですねえ。全力で頑張ってほしいですう」
最後の最後まで、相変わらずのブリッコインタビューだった。
守備練習を終えた港南学院ナインが、ベンチに引き上げると、今度は仙台学園ナインが守備練習を始めた。
ショートのポジションの陽一の友人堀場は、軽快な守備を見せた。
キャッチしてから、スローイングまでの時間は恐ろしい程速く、まるでグラブから直接ボールが飛び出すようだった。
それを見ていた陽一は「あいつ・・・努力したんだなあ・・・」とつぶやいた。
(c) みやさこ |写真素材 PIXTA