21、8のリストバンド(8)
やがて陽一は飲料メーカーのコマーシャルに登場した。
汗をかいた陽一が、美味しそうにスポーツドリンクをゴクゴクと音をたてて飲み、全て飲み切るとカメラに向かってウインクする。
このCMに全国の女性達が、熱狂してしまった。
しかし恵はそのCMを見ると「バカみたい。宇宙人のクセに」と言って笑った。
ある日の事、北山料理長は珍しく従業員全員を前に怒鳴り散らした。
蕪の店内は、和の赴きのあるとても美しい店内だ。
しかし従業員休憩室が、とても汚かった。
「お前ら馬鹿か!見えない所でも綺麗にする。これは料理の基本だ。こう言っただらしなさが、食中毒とかを生むんだ!」
従業員一同は、あまりにも正論を突かれてしまい、シーンとなってしまった。
そして北山料理長の指揮の下、全員で休憩室の掃除を始めた。
「まったく・・・大人のくせに漫画なんぞ読みやがって・・・」
北山料理長がそう言いながら、棚の上の本を片付けていると、一冊の写真週刊誌がバサッと落ちてきた。
すると、床の上でとあるページが開かれた。
それは去年の一月、陽一の自主トレに付き添う恵の姿が撮られた写真だった。
目の部分に線が施してあるものの、港南学院と言うキーワードから、瞬時に恵とわかった。
「うん?山野?」北山料理長は、その写真週刊誌を見ると、すぐ近くに置いてあった恵の鞄を見つめた。
恵の鞄にぶら下がっていたのは、ドジャースのユニフォームを着た『陽一人形』。
「そうか・・・そうだったのか」北山料理長はそう言うと、思わず笑ってしまった。
陽一はその後も快進撃を続け、6月末で打率288、本塁打25本、打点70打点。
今のところ、ホームランと打点ではナ・リーグ断トツトップであった。
そして打撃だけでなく守備も素晴らしく、時折見せるジャンピングキャッチとレーザービームはアメリカ国民を多いに魅了した。
甲子園のスターは、今やメジャーのスーパースターになろうとしていた。
陽一は試合前、ロッカールームにいた。
着替えの為ロッカーを開けると、ロッカーには恵の写真が置いてあった。
「恵・・・俺頑張るよ」
陽一は、いつも試合前にその写真を見てそう言っていた。
するとチームメイトの『フランク』がやってきた。
フランクのフルネームは『フランク・ジェファーソン』といい、23歳の黒人である。
ドジャースの4番打者であり、ポジションはファースト。
背丈は193cmと陽一よりもはるかに高く、体はボディービルダーのようだった。
そして陽一が3番を打ち、フランクが4番を打つというクリーンナップコンビであり、真に変わるアメリカでの陽一の相棒である。
「ヨーイチ、その写真の女が8のリストバンドを送った女か?」
「ああ、そうだよ」
「まだガキじゃねえか。お前ロリコンだったのか?」
「違うよ!19歳だよ。俺と同じ歳だよ」
「嘘だろ?どうみてもジュニアハイスクールだぜ」
東洋人は相当幼く見えるようである。
「この子日本にいるんだろ?どうするんだ?」
「アメリカに来たがらなかった。でもシーズンが終わったら、もう一度会いに行くよ」
「またアメリカに来ないって言われたらどうするんだ?ヨーイチはナニが小さいから嫌とかいわれてさあ。ヒャハハハハ」
その言葉を聞いて陽一は微笑んだ。
そして「今度は断らせない。アメリカへ連れ去る」と言った。
試合が始まった。
夕暮れのドジャースタジアムは、超満員。
今日はロサンゼルス・ドジャースVSサンフランシコ・ジャイアンツの試合だ。
陽一は、軽やかに走って、自分のポジションへ向かっていった。
観客から「ヨーイチ!ヨーイチ!」と声援が上がった。
陽一はドジャースナンバーワンの人気選手になっていた。
そして4回表、陽一の打順がやってきた。
「ヨーイチ!」パパパン!
「ヨーイチ!」パパパン!
陽一の応援コールである。
『ニッポン!チャチャチャン』をドジャースファンが真似たのである。
「ヨーイチ!」パパパン!
「ヨーイチ!」パパパン!
ドジャースタジアムは物凄い盛り上がりである。
しかし、今年の春から順風満帆にやってきた陽一に、ここで悲劇が起る。
ピッチャーが投げた球が、陽一の頭部に命中してしまったのだ。
頭部に打球を受けた陽一は、その場に倒れこんだ。
「恵・・・・」
そしてかすかに残った意識が、段々と途切れていき、やがて目を閉じた。
フランクもベンチから飛び出して、陽一の体を揺すったが、陽一は全く反応しなかった。
恵はその放送を、自分の部屋のスカパーチャンネルで見ていた。
そして陽一が意識不明のまま担架で運ばれていく姿を目の当たりにした。
「陽一・・・」