9、秘密(3)
翌日、恭子は京浜東北線に乗り、太陽エンジニアリングの事務所へと向かっていた。
電車の中で、ボーッと考え事をする恭子。ずっと恐怖心に捕らわれていた。
とにかく昨日な公安警察の雰囲気がとても怖く、電車に乗っている間も、ずっと気が動転していた。
一体丸和工務店に何が起こったの・・・
太陽エンジニアリングに到着すると、どういう訳か綾乃の姿はなかった。別の事務員に「あれ?綾乃さんは?」と尋ねると「辞めましたよ」と一言。
「えええ!!!」
これには驚いてしまった。
小田社長に書類を渡し終えると、恭子は咄嗟に携帯電話で綾乃に連絡をした。すると綾乃はいとも簡単に電話に出てくれたのだ。
「私、今、大森に住んでるから、一緒にお茶しようよ」
綾乃のその元気な声を聞き、恭子はホッと胸をなでおろした。
そして大森駅前のカフェで待ち合わせをすると、綾乃はいつものように「恭子やほ」と言って、元気よく店内に入って来た。その元気そうな顔を見て、恭子はひと安心した。綾乃の事だから、おかしくなってないか心配していたのである。
しかしその後、優太との関係を聞き思わず「うそ!!!!」と言って、大声を張り上げてしまった。
「恭子うるさい!」
「あ、ごめん・・・で、一体何がきっかけで・・・・」
「まあ・・・いきおいって感じかな・・・」
『いきおい』
まさしく綾乃らしい言葉だった。というか本当に勢いだったのかも・・・。
その言葉を聞き、恭子は思わず笑ってしまった。
「あはは、それってなんか綾乃らしいね」
「でも、優太の事大好きだよ。あいつ意外に尽くしてくれるしさ。ノンちゃん私が優太の悪い所しか見てないって言ってたんだけど、その通りだった」
「野島さんて、人の良いところ見てくれるからね。で、野島さんはどうなの?」
「ノンちゃん?最近は吉村君と一緒に現場回っているよ。現場が終わると、夜遅くまで事務処理してるし。なんたって優太の会社の金庫番だから」
「綾乃はタッチしないの?」
「しない。例え優太と結婚する事になっても、ノンちゃんは優太のもう一人の奥さんだから」
「奥さん???」
「女房役って事。ノンちゃんがいてくれたら優太の会社は大丈夫だと思うし、私も信頼しているし、ノンちゃんならきっと優太をいいように持って行ってくれると思う」
綾乃は優太だけでなく圭一郎にも絶大な信頼を寄せていた。そんな話を聞くと、恭子は丸和工務店時代の圭一郎の姿を思い出した。
偉大な父を持ち、常にそれと比較され戦っていた。決して幸せではなかった圭一郎。
あの頃、恭子はそんな圭一郎の悩みを聞かせられながら一緒に仕事に励んでいた。
少しでも力になってあげよう。すこしでも役に立ってあげようと。
しかし、今、圭一郎は理想郷に向かって突き進んでいる。
自分は圭一郎と精神的苦楽を共にしただけで、イキイキと働きあう関係ではなかったのだ。
そんな事を思うと、恭子は思わず不意に涙を流してしまった。
「き、恭子!一体どうしたの?」
突然の涙に綾乃は驚きながら、恭子の細い肩をそっと抱いた。でも、恭子の涙は止まる事はなかった。
「野島さん・・・今、本当にやりがい持ってるから嬉しいの・・・六本木ヒルズにいたとき、野島さん死んでたもん・・・だから嬉しいの・・・でも・・・でも・・・」
「恭子・・・」
「でも私、全然野島さんの力になれてあげてないんだよね。私ってバカだよね。本当にバカだよね・・・私、野島さんを丸和工務店に帰してあげたかったの。あの人本当に可哀想な人なの・・・いつもお父さんと比べられて・・・青田さんに追い出されて・・・だから私・・・でも・・・それって余計なお世詰だったんだよね・・・野島さんは・・・野島さんは・・・今新しい道を生きてるんだもんね・・・」
「恭子・・・」
「本当バカだよね、本当にバカだよね・・・」
綾乃はその時、恭子が好きなのは圭一郎である事がわかった。
『実はね・・・私が担当してた会社に好きな人いたんだけど、最近辞めちゃって・・・』
あの時言った言葉は、実は圭一郎の事なんだと。
そして綾乃は恭子の綺麗な黒髪をそっと撫でると「恭子、ノンちゃんの事好きなんでしょ?」と優しく言った。
綾乃がそう言うと、恭子はヒックヒックと泣きながら、小さく何度も頷いた。
「だったら、影で支えている独りよがりじゃダメ。もっと前に出ないと。もっとアピールしないと。ノンちゃんの死んだお母さん、夜勤の時、従業員にお弁当作って現場まで持って行ったって言ってた。それぐらい前に出なきゃ。もっと自分を前に出さなきゃ」
ひっくひっくと泣きながら、恭子はそんな綾乃の話をずっと聞いていた。もう、鼻水までズルズルと出て、とても見せられる顔ではなかった。
しかし、大泣きすると少しスッキリしたのか、恭子は「私、頑張る」と言って、目元のメイクが取れてしまった顔で、ニッコリとほほ笑んだ。
「うん。頑張れ」