忘れかけた街と忘れられないトラウマ・・・2年ぶり6度目の岐阜遠征(2024年5月20日) | 宏鈴法師のブログ

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関西人の僕にとっては近畿から飛び出してどこかしらの地方に行くのは東西行きやすい。
西は岡山・東は三重・福井あたりが行動範囲内となる。

岡山は20年前にマスカットスタジアムと当時強かった岡山野球に思いを馳せて新幹線で駆け付け、以来毎年欠かさず足を運んでいる。

三重はこの掲示板の前身のteacup.掲示板でお世話になった先代のふるさと。それ以前に観光で伊勢・鳥羽・志摩あたりは通っていたので日帰り圏内だし三重4大球場に行けたらと企画して・・・・・。

福井は2009年秋に35歳となった記念に敦賀~福井に遠征し、サンダーバードで片道2時間だしまた行けると。
あの当時はレンタサイクルが充実していたこともあり、北信越大会があるたびに出かけると。

その他、徳島・鳥取・島根まで行動範囲を広げ、広島・愛知は1度だけ観戦したのでもう充分だろうと。

岐阜に関してはまったくのノーマークで一生縁がないと思われたが、2012年岐阜国体が開催されたので1度だけ行くのも悪くないかと。調べたら自宅から岐阜駅まで片道4時間かかるけど、、、、

過去の岐阜宿泊観戦をまとめると・・・

①12年9月30日・10月1日 岐阜 国体 大野レインボー・長 良 川
②14年7月19日・7月20日 夏岐阜大会 長 良 川・大野レインボー
③16年5月20日~5月22日 春東海大会 大 垣 北・長 良 川・長 良 川
④18年7月21日・7月22日 夏岐阜大会 K Y B・大野レインボー
⑤22年7月 9日・7月10日 夏岐阜大会 長 良 川・プリニーの
⑥24年5月18日・5月19日 春東海大会 カ ヤ バ・長 良 川

よほど岐阜とは相性が悪いのか過去5回中3度雨に祟られている。。。なにせ初来場の日に東海地方台風直撃という憂き目に遭っているのだから・・・・・。

それでも午前中は東海道線車中から薄日も漏れて、穂積駅からレインボー球場まで直通バスが出ていたので、それに乗り込み11時頃に到着したらすでに試合は5回終了。
結局試合は2-2で9回同点打ち切りとなり抽選で明徳が勝利し第2試合の準備中突然「岐阜県に大雨暴風警報が発令されたので、この状況で試合はできない・・・・・」とアナウンスされ、まだ小雨でグラウンド状態はなんら問題なかったものの強制退去となり、とにかく岐阜駅前のヤドに入って一夜を明かしたいので急いでバスで穂積駅へ向かい、本数を半分に削減されたが岐阜駅に辿り着きコンフォート宿泊と。

しかし、19時頃には夜空に月が見え何事もなかったかのような穏やかな夜で名鉄岐阜イクトで夜ご飯と。

何も知らない関西人だが、阪急電車よりも赤い名鉄のことをさすがに『ナテツ』とは読まない!!
あの日の悔しさがあってもう1回大野町レインボースタジアムへ行くという気持ちが奮い立った。

それから2年後の夏に長良川~大野町と順番を入れ替えたが、初日は第3試合終了後バス停で夕立ちに遭い、2日目の朝も雨が降っており、岐阜駅から50分ほどバスで大野町役場に行き、そこから未知の2500mほど歩いてレインボースタジアムへ。。。
小さいながらも屋根があるので、雨露凌いで2試合観戦できホッと一息。

16年春に大垣と長良川で東海大会が開催されるので、2泊3日で出かけたが5月とは思えない猛暑で屋根のない大垣は夏にはまず来れないと。
長良川では試合後に川原町・岐阜城を散策し3度目にして初めて傘いらずの遠征だった。

そして18年は100回大会の夏。あえて長良川を外して、可児のKYB(現・カヤバスタジアム)と大野町レインボーに設定。
しかしこの年は史上最高の猛暑で両日ともに40度超えの酷暑で、ベージュのズボンは茶色に変色するほど汗をかき、それ以来熱くても気温の高い日の観戦は紺ズボンを着る教訓を得た。

宝塚~可児までは新幹線名古屋経由でも4時間30分ほどかかり、可児川駅から徒歩30分・・・最後は心臓破りの登り坂で道中、電光掲示板に気温39度とあり「9時30分で39度だったら最高気温は???」と屋根のない炎天下の人工芝球場で倒れるかと思った。。。

喫茶店目当てで可児川ではなく可児駅目指して帰りは歩き、喫茶店で一服しても汗はひかず、ようやくたどり着いた可児駅だがJRの本数は少ないし、美濃太田駅で乗り換えずいぶん待たされ岐阜駅到着は19時過ぎだが気温30度とあり「明日は大野町レインボー・・・バス停から3km歩かなアカンのに、、、」と。

この2日間はいずれも試合時間長く10時から2試合で15時30分過ぎのゲームセットだったと記憶している。

2020年にも春季東海大会観戦を予定していたがコロナ騒動で流され満を持して2022年夏に 長良川の開幕日と各務原のプリニーの を選択したが・・・・・。
9時からの開会式には間に合わないので11時からの開幕試合と第2試合観れたらと10時過ぎに球場入りしたが、10分程度で最初のゲリラ豪雨に遭い12時プレーボールとなり、3回裏途中もう1回ゲリラ豪雨が長良川を襲い、岐阜城は霧に隠れて全く見えず1時間待って無情の「継続試合」
翌日も1日雨予報で・・・・・各務原に初めて宿泊したものの絶望的な状況で、いずれにせよプリニーの球場まで足を運んで航空宇宙博物館見学して月曜が予備日だったら延泊。土曜までスライドなら帰宅と。

果たして翌日6時30分に全試合中止発表され、球場外周を歩いてまた数年後ここに来るかどうか思案しつつもあまりにも遠いし、屋根もないし厳しいかなと。
航空宇宙博物館は見ごたえがあって楽しかったが、バスの本数が少ないのでアクセスは悪かった。

そして6度目の今回はなんと・・・・・・カヤバスタジアムが初めて東海大会の開催地に設定され、2度と行くことはないと思っていた可児へ!忘れかけていた街の記憶を辿って可児川へ。
名古屋からの車窓は全く覚えていなかったが、駅前の喫茶店や踏切越えたら照明塔を目印に一直線で歩けば到着すること。珈琲屋らんぷ&コメダ珈琲が球場近くにあり、6年前お世話になった回転寿司屋も覚えていたが、心臓破りの登り坂は忘れていた!!

あの猛暑の中、この坂を2往復していたのか・・・よく倒れなかったなあと。ちなみにこの日は行きが24度帰りは30度の表示が!!

可児は2日とも快晴だったが、翌日の予報が当初は日曜日は曇りだったがどんどん雨予報が早まりヘタすりゃ16時には雨と変わりつつあった。。。

長良川では2-1・1-0とサクサク投手戦が展開され14時48分終了らしいが、カヤバは熱くて長かった。
スタメン全員2年生で3年生は5人しかベンチに入っていない菰野が愛知王者の享栄に惨敗すると覚悟していたら3回表終了8-0と大量リードで5回コールドも視野に入り、コールド回避で享栄応援していたらなんとか9回裏までたどり着くも2死ランナーなしから1・3塁のピンチ招き平凡な外野フライが捕球できず2点差に迫られ、最後もレフト後方のフライがずいぶん伸びてレフトがバンザイするような恰好で捕れなかったらスリーベースあるいはランニングホームランで9-9同点か???と思われたが、手を伸ばしたグラブに運よく吸い込まれて2時間39分のロングゲームは終了。

第2試合は市岐阜商のエース・平塚が初回まさかの6四死球で3つの押し出しで得点を献上するも監督は最後までエースと心中。打線が津田学園を大きく上回る15安打放ち、8回1死満塁から連続押し出しで1点差に迫るも継投でセカンドライナーゲッツーで反撃の芽を摘まれもはやこれまでと思いきや・・・。

9回表1死からエース・平塚が低反発バットでも両翼99、2mのレフトスタンドへ放り込み起死回生の同点劇。
その裏1死2・3塁のピンチでサードゴロをはじきこれで終わったと思いきやショートがカバーし懸命のバックホームで3塁走者ホーム寸前タッチアウト!!
あと1つアウトを取れば延長タイブレークの色気もあったが、初球三遊間突破のサヨナラタイムリーヒットで16時04分僕は天を仰いでゲームセット。

15時終了を想定していたが1時間少し遅くなりつつも晴天で陽が長いのでゆっくり後片付けして、カヤバスタジアム場外1周してから 可児市文化創造センターaLa内 にある「じゃぱんサンドイッチ」で一服。

名鉄・日本ライン今渡駅から岐阜駅までオール鈍行で小一時間かかり19時03分ようやく岐阜へ・・・。

いつものイクト2F鈴の屋で「菜飯田楽定食」食べて大垣のヤドに着いた時は20時30分頃。ここから1、7km離れたコロナの湯まで歩いてヤドに戻った時は23時30分過ぎ。

翌日の天気予報は雨がだんだん前倒しになり、全試合雨天中止はないと思うが岐阜6回中4度目の雨の大ピンチで夜は眠れなかった・・・

4時過ぎまで悶々としていたが、いつの間にか寝落ちして6時15分モーニングコールで飛び起き恐る恐るカーテン明けると曇り空だが、すぐ雨が降りそうな気配もなく、雨雲レーダーでは津あたりまで雨雲北上していた。

大いなる不安を抱きつつ、3駅離れた岐阜に戻りバスで2年ぶりの長良川へ。前回は正門から入ったので北入口付近の恐竜の骨格模型を観るのは8年ぶりとなった!

ネット裏やや1塁側上段席で屋根下キープして3塁ベンチ方向を見るとコーチにノックを任せて誰かと雑談している太鼓腹の老将が!ユニホームが変更されても体格は相変わらずの鍛治舎監督だった。
菰野は戸田監督が最後までホームノックを打っていたのだが。

お互い前日登板したエースを温存しつつも県岐阜商は監督の名前通り巧みな継投で菰野打線を分断し、7回裏菰野3番手投手がバースデー登板で浮かれて四死球と暴投でお膳立てしてもらい2点奪って3-2と逆転し、8回からエース投入で逃げ切り図るも9回表1死からエースを代打に送った采配が当たり2死1・3塁に迫り代打・栗本が初球起死回生のレフト前タイムリーで追いつき、登板予定のなかった背番号3がマウンドに上がり三者凡退で抑え昨日大魚を逃した延長タイブレークがタナボタで転がり込んできた!!

試合序盤に若干名 傘をさす人もいたが、5回終了後整備の折にトイレへ向かう際に上空みたら太陽の位置が確認でき一安心。結局、帰りのバスの車中まで雨らしい雨は降らず岐阜では傘を差さなかった。

10回表リリーフした背番号3が長打を放ち2点もぎとり、昨日からノーバント野球が目立っていた戸田監督だが、1死満塁からセーフティ―スクイズのサインを出してまんまと成功しこの3点目がモノをいってその裏相手を2点に抑え6-5と逃げ切り成功。

第2試合で昨日登板回避したエースを先発に立てた津田も続きたかったが、中京の前に粉砕され打線も精彩を欠き、桑名から来たブラスバントとチアガールの応援団のためにも9回まで試合して1点でも奪って帰りたかったが、7回裏バント処理ミスから集中打を浴び無念の完封サヨナラコールド負けで14時47分終了でバスの時刻に余裕ができ、初めて球場外周をグルリ歩いて陸上競技場にも顔を出せた。

11分遅れのバスはのんびり左回りで岐阜駅に向かい、途中でワイパーが動いた。金神社前で降りるとたしかに小雨が。
傘は温存して2年ぶりに参拝して、美容室 兼 喫茶店 のリバーブでバスクチーズケーキ食べていたら雨は上がった。

気分よく岐阜駅でお土産を購入し、ツイン・タワー43に登って下界を眺めて18時21分の電車に間に合わすべく降下。

米原でたい風ラーメン食べるために途中下車したらここからは雨で寒かった・・・・・・。
なぜかしら近江OBで中日の龍空選手のサイン色紙が3枚もあったが、多賀監督のサインはなかった↓↓

これまで2年周期で岐阜に出かけていたが、夏の大会では9時から2試合というパターンが多くなっているし、2026年夏は鳴門オロナミンCの改装オープンが観たいので次に行くとしたら4年後の春?!?!

なんとか雨の呪縛をギリギリいっぱい断ち切って7月の和歌山につないだ67回目の宿泊野球観戦はこれにて大団円。