小林正観さんの心に響く言葉より…

 

 

 

 

「優勝」という言葉があります。 

 

優秀な者が勝っていくわけですが、「優勝」という言葉は、実は、四文字熟語の上2つの文字です。 

 

その四文字熟語とは「優勝劣敗」という言葉です。 

 

 

「優勝劣敗」とは、優れた者が勝ち、劣った者が負けるという意味でした。

 

つまり、勝った人間は優れていて、負けた人間は劣っているんだという、あまり楽しくない考え方から生まれた言葉だったのです。 

 

「優勝劣敗」という言葉そのものが、人間が作った言葉です。

 

もともと宇宙には優れているとか劣っているとかという事実が存在していません。

 

 

たとえば、走らせると速い子どもがいます。

 

楽器をやらせると上手に演奏する子がいます。

 

絵を描かせるととても楽しい絵を描く子がいます。

 

さあ、この子どもたちは、誰が一番優れているのか。

 

誰かが一番抜きんでて優れているなどとは言えません。

 

 

もともと宇宙には、そういう比べ方が存在しないからです。

 

宇宙は、あるいは神と呼んでよいかもしれませんが、そういう方々は、人間をそれぞれに持ち味のある、それぞれに得意なジャンルがあるようにつくりました。

 

総合的に誰かが誰かより優れているなどということは、宇宙的に存在しないのです。

 

 

しかも、私たち一人ひとりは、生きていること、喜ばれて生きることが社会に対して貢献をしていることなのですが、それがどのようなかたちで貢献していくのか、どのように喜ばれているのかということを自分で考えるようにすればいいようです。

 

みんなそれぞれに社会に対して貢献をするように、神によって、宇宙によって設定をされて、それでこの世に出てきました。

 

 

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「優勝劣敗」とは「弱肉強食」の法則だ。

 

 

それを遺伝子の泰斗、村上和雄氏はこう語る。

 

 

『産業革命以後の社会は、ダーウィン進化論の世界であったかもしれません。

 

強いものが勝って生き延び、弱いものは淘汰されていく。 

 

だが、そのような社会ができあがったのは、もとを正せばダーウィン進化論が「正しい」という前提があったからです。 

 

人類は百年以上もの間、生存競争に勝ち抜いたものが生き残るというダーウィンの説を主流においてきましたが、科学が進歩して生命の仕組みが解明されるにつれて、まったく違った考え方が大きく浮上してきているのです。 

 

その一つに共生的進化論というのがあります。 

 

人間にかぎらず生物は、お互いに助け合いながら進化したという考え方です。

 

けっして強いものが弱いものをやっつけるというかたちで生まれたのではなく、それぞれ独自のはたらきをする単純な生命体が、互いに助け合ってつくり出されたと考えるのです。』(人生の暗号 /サンマーク文庫)より

 

 

この「強いものが勝って生き延び、弱いものは淘汰されていく」という優勝劣敗の法則は、ビジネスの世界ではあたりまえだとされてきた。

 

その究極の現実が「GAFAM」による、さらなる寡占化だ。

 

しかし昨今、その「GAFAM」の業績に影が見えはじめているという。

 

それが、「非中央集権型」のWeb3の台頭だ。

 

 

また現在は、「ソーシャルビジネス」という社会問題を解決するビジネスのスタートアップも増えている

 

競争原理という、優勝劣敗の理論は今後、絶対ではないということだ。

 

 

村上和雄氏は、最後に生き残る人々は「譲る心を持った人」だという。

 

そして同様に、小林正観さんは、『人の幸・不幸の感情は、すべて、「人と比べること」「競う心」「戦う心」「争う心」から始まる』という。

 

 

優勝劣敗の理論を、今一度考えなおす必要がある時代がやってきた。

 

 

 

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