小林正観さんの心に響く言葉より…

 

 

 

「自分探しをして三十年、どうしたら本当の自分が見つかるのでしょうか」と質問をする人がいます。

 

 

私の答えは、 「今のあなたが本当の自分です」 

 

「今は主婦やOLをしているけれど、本当はもっとすごいことができるんじゃないか」 「違う自分がいるんじゃないか」と思っているため、今与えられていることに対して本気になれません。 

 

全部が中途半端なので本当の自分に出会えない。 

 

 

「今の自分は本当の自分じゃない」と、今の自分を九十パーセント否定しています。 

 

自分探しをしている人は、探し続けても構いませんが、おそらく出会えないでしょう。

 

私たちにできることは、本当の自分を探すことではなく、今、目の前のことを、一つひとつ淡々とやっていくこと。

 

 

《「もっとすごい自分がいるはず」と自分探しをするより、目の前のことをこなしていくことが大事》 

 

 

「今」という生き方』廣済堂文庫

「今」という生き方

 

 

 

 

 

 

自分探しとは、

 

「自分が活躍できる世界はどこだろう?」

 

「自分の天職(ふさわしい仕事)はなんだろう?」

 

「今やっていることが本当に一番やりたいことなんだろうか?」

 

「自分が生きるべき場所はどこなんだろう?」

 

 

SNSが発達すると、他人の生活を垣間見るようになる。

 

すると、今の自分でいいのだろうか?

 

もっと他に楽しいことや、自分の本当にやるべきことがあるのではないか、と迷うようになる。

 

 

他人と比較すると、悩みが始まる。

 

目のまえのことに集中していない状態だ。

 

 

「自分探しの人生」の反対の生き方は、「頼まれごとの人生」や「おまかせの人生」。

 

自分を探すのではなく、他人の喜ぶことをするという生き方。

 

 

それが…

 

自分の好き嫌いではなく、世の中の流れとしてやる羽目になったらやっていくこと。

 

何かを頼まれたら「はい、わかりました」とやっていくこと。

 

 

小林正観さんは、「何が起こるかわからない」という状態を面白がっていくと、人生がさらに面白い方向に流れていく、という。

 

 

頼まれごとや流れに従って…

 

目の前のことを、淡々とこなし、

 

「何が起こるかわからない」という状態を面白がれる人でありたい。

 

 

 

「今」という生き方

 

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致知出版社、藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…

 

 

 

日本のような、資源もない小さな国が、どうして世界の一流国の仲間入りができたのか。

 

それは日本の母が偉かったからですよ。

 

学歴があるとかお金があるとか関係なく、日本全国で、子を持った母はみんなこんな思いで子を育ててきたんです。

 

だから、日本は今日まで豊かになることができたんです。

 

 

母も学んで、我づくりをしていかないと、その子がいる環境をダメにしてしまう。

 

学ばないと子どもを不幸にしてしまいます。

 

 

母は子を産んだら母親になるのか。

 

そうではありません。

 

学ばないと母親にならないんです。

 

父も同じですよ。

 

学び続けて至善に止まる そういう学びの大切さを、我々は縁のある人たちに少しでも教えていかなくてはいかなくてはいけません。 

 

 

『大学』にあるでしょう。

 

大人になるためにはまず明徳を明らかにすることだ、と。 

 

そして民に親しむことだ、と。 

 

 

人間は学ぶことによって素晴らしい人格に磨かれていくし、発展し続ける。 

 

それを 縁ある人に教えていかなければいけませんよ、といっています。 

 

 

しかし、一回教えただけではダメなんです。

 

自分自身も一回悟っただけでは何の意味もない。

 

常に最高の状態、理想の状態にいくように、絶えず進化成長させていかなくてはいけないんです。

 

そして至善、善の極に止まるようにならなくてはいけない、と『大学』には書いてあります。 

 

 

自分と交わっていく人たちがよくなっていくような学びを、我々はしていかなけれ ばいけないと思うんですね。 

 

家庭も、会社も、集団も、国も、そこにどういう人がいるか。

 

それがすべてです。 

 

そこにいる人が愚かだったら、その国も会社も家庭も崩壊していきます。 

 

そこにいる人が立派だったら、その国も会社も発展していくんですよ。 

 

 

だから、我々は人間学を学ばなければいけない。

 

自分自身をもっともっと磨いてい かなくてはいけない。そのために学び続けないといけないということです。

 

 

安岡正篤 心に残る言葉』致知出版社

 

 

 

 

 

 

《すべての日常生活は“私”を磨くための砥石(といし)なのです》(小林正観)

 

 

日常生活とは、

 

ひとつは「家庭と家族」。

 

次は「仕事」。

 

そして、「他のすべての人間関係、交友関係」。

 

あるいは、「病気や事故やアクシデント」。

 

その一つひとつのできごとに対して、イライラしない、不機嫌にならない、怒らないで、ニコニコと笑顔でいられるかを問われている、と小林正観さんはいう。

 

 

 

また、ある時期、一世を風靡(ふうび)するような、スポーツ選手や俳優や歌手、芸能人、あるいは経営者やリーダーが出てくることがある。

 

しかし、マスコミに登場しない日はないほど人々にもてはやされた人であっても、その人気が続かないことは多い。

 

それは、そこに学び続ける姿勢があるかどうかで決まる。

 

学び続ける人は謙虚で、驕(おご)りがない。

 

自分を過信し唯我独尊になった人は没落する。

 

 

いくつになっても、どんな状況におかれても…

 

自分自身を磨き続ける人でありたい。

 

 

 

 安岡正篤 心に残る言葉

 

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精神科医、野村総一郎氏の心に響く言葉より…

 

 

 

「美しい、醜い」「正しい、正しくない」 「勉強ができる、できない」「地位が高い、低い」など、 どれも他人がいてはじめて成立する相対的な価値であって、たいしたことはない。 

 

なぜなら、状況が変わったり、 運気が変わったりすれば、 あっさりと変化してしまうものだからだ。 

 

昔から聖人と呼ばれる人は、そのような世俗の価値観にとらわれて、 焦ったり、何かを企てたりせず、あえて 「何もしない」という立場に身を置き、 余計な言葉や概念を振り回したりしない。(老子)

 

 

老子哲学のなかでも重要な概念の一つが「所詮、物事は相対的」というものです。 

 

相対的というのは、他との関係、比較において成り立っている様子をさします。 

 

 

たとえば、「Aさんは勉強もできて美人で人気もあるのに、それと比べて私は全然ダメ」といったように、自分の価値を他人との比較で決めてしまうということです。 

 

たしかに多くの人にとって「勉強ができること」「人気があること」「仕事ができること」「お金を持っていること」「社会的地位が高いこと」は、とかく「価値が高い」と思われがちです。

 

しかし、所詮はすべて相対的で、一時的なもの。

 

じつは、そんなに大騒ぎするほどのことではありません。 

 

 

ある町で「神童」と呼ばれていた人だって、東大やハーバード大という環境に行けば、落ちこぼれにだってなりかねないのです。 

 

美人という尺度にしたって、時代や流行によって変わってしまうもので、絶対的、永続的なものではありません。

 

奈良時代、平安時代には下ぶくれのおちょぼ 口が美人の条件とされたのは有名な話ですし、化粧にしたって、顔を真っ白に塗りたくるのが美しい時代もあれば、歯を真っ黒にすることが推奨される時代だってあったわけです。 

 

 

そもそも、 「醜い」という概念は、世の中の人が「美」を「美」として認める ことから生まれています。 

 

たとえば、「にんじんは長い」と聞いても、「まあ、長細い形だけど・・・・・・」となんとなくピンときませんよね。

 

でも、「にんじんはじゃがいもに比べて長い」と 言われると「たしかに」と感じる。

 

「長短」も「善悪」も「高低」も、お互いの比較から明らかになる概念です。 

 

 

自分がどんな環境にいて、どんな人たちがまわりにいるかによって、評価、価値はコロコロと変わってしまうもの。

 

「相対的に物事を見る」というのは、それくらい曖昧で、不確かなものです。

 

だからこそ、あまり評価に一喜一憂しない。 

 

「いちいちジャッジしない」ということが大切なのです。 

 

言うなれば、これは「銅像の思考」。 

 

上野の西郷隆盛さんにしても、渋谷の駅前にいるハチ公にしても、まわりの環境やそこに集まる人たちは変わっていきますが、銅像は変わること なく、どっしりとその場に、ただ存在し続けています。 

 

 

引用した老子の言葉の後半には「聖人は無為でいる」という言葉が出てきます。 

 

「無為」という言葉をそのまま解釈すると「何もしない」ということですが、私なりに補足するなら 「余計なことは何もせず、自然に振る舞う」ということだと思っています。 

 

たとえば、自分が人気者になりたいからといって、無理をしたり、 余計な行動を起こしたりするのは、まず間違いなく逆効果。

 

そうい うときこそ「自然に、銅像のように・・・・・・」と言い聞かせてみてください。

 

それこそが「無為」の境地。

 

銅像のように、ただあるがままでいることが、結局かっこいいのです。

 

 

人生に、上下も勝ち負けもありません 精神科医が教える老子の言葉』文響社

人生に、上下も勝ち負けもありません 精神科医が教える老子の言葉

 

 

 

 

 

 

嫉妬も、不満も、グチも、すべては他人との比較から生まれる。

 

しかし、情報化社会はどんどん進み、SNSなどで他人の情報は瞬時にわかるようになり、比較することはますます増えている。

 

たとえば友人が、「海外旅行に行って楽しんでいる」「おいしそうな料理を食べている」「たくさんの友達とワイワイしている」「イベントに参加している」等々。

 

 

比較しない唯一の方法は、ボーっとすることであり、力を抜いて生きること。

 

つまり、鈍(にぶ)くなることだ。

 

 

それは…

 

時に、間が抜けていたり、不器用だったり、バカになれたり、茫洋(ぼうよう)としてつかみどころがなかったり、と自分を飾ることをしない。

 

鋭(するど)すぎる人は、人から好かれない。

 

すぐに、人と比較して、イライラしたり、ピリピリしたりしてしまうからだ。

 

 

それは、「閑古錐(かんこすい)」という禅の言葉と同じ。

 

閑古錐とは、古くて先がまるくなり、使えなくなった錐(きり)のこと。

 

禅では、真の修行者のことを閑古錐という。

 

俗に「人間がまるくなる」などというが、破天荒(はてんこう)だった人が老境にさしかかり、穏やかな熟年になっていくことがある。

 

穏やかなのに迫力さえ感じさせる、閑古錐の円熟味。

 

 

 

他と比較をせず、評価に一喜一憂しない人…

 

閑古錐の円熟味をめざしたい。

 

 

 

人生に、上下も勝ち負けもありません 精神科医が教える老子の言葉

 

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磯井純充(いそいよしみつ)氏の心に響く言葉より…

 

 

 

「森羅万象是皆師也」という言葉があります。

 

この世にあるすべてのものは師匠となり得るのだということです。 

 

私は、自分の子どもぐらいの二六歳の若者だった友廣さんから、自分の人生が大きく変わる刺激を受けました。

 

こういうことは、きっとどなたにも起こりえるはずです。 

 

 

逆にいくつになっても若々しく前向きに生きている高齢者の方に出会うと、老け込んでいる場合ではない、もっと頑張らなくてはと思うこともあります。

 

このように、身近な人から「学びあう」と自らの行動につながりやすいのです。 

 

世代や性別を超えて、長く続けられる学び合いの関係をつくろう。

 

深いつきあいができる学びあいの縁、「学縁」が、まちライブラリーの目指すところです。

 

 

 

マイクロ・ライブラリーには大きく分けて5つの分類があります。

 

【分類1】まちの図書館をつくって本を貸し借りできる環境を大切にしている人たち

 

【分類2】本のテーマや利用目的を大切にしている人たち

 

【分類3】 利用している場所を活性化するために本を置く人たち

 

【分類4】公共図書館と連携しながら成長するひとたち

 

【分類5】 本で人と出会う、コミュニケーションを大切にした人たち

 

 

 

 

【分類3】 利用している場所を活性化するために本を置く人たち

 

活動の場所を活性化しようというタイプの図書館もあります。

 

渋谷の co- ba library もそうですし、下北沢オープンソースCafeもそうです。 

 

この二つは、コワーキ ングスペースと呼ばれるシェアオフィスを運営されています。

 

その仲間同士の知識や、持っている技術や活動の様子を紹介する本棚をつくっているのが特徴です。 

 

渋谷の co-ba library では、 黒板に本を差し込む本棚がつくられて、本を持ち寄った人が、 なぜ持ち寄ったのかなどを書き残しているのが、特色です。

 

単に本を置くのではなく、本を通じて、仲間同士で情報交換をしているようです。 

 

 

下北沢オープンソースCafeもユニークな図書館です。

 

マンションのガレージをコワーキングスペース兼図書館にしています。

 

主宰者の河村奨さんと地藏真作さんはシステムエンジニアで、すべての本棚を図書館にする「リブライズ」という本を登録するシステムを開発されています。

 

誰もが、図書館のスタッフのように本を簡単に登録し、貸出をするシステムを開発し、 提供されているのです。

 

このようにプログラムに精通する二人のもとには、フリーのシステム エンジニアが、仕事場所として立ち寄ってくるようになったのです。 

 

それらの人を中心に本の 貸し借りをしていく中で、図書館にすることを思いついたそうです。

 

 

若者の学び合いの場所にも本棚があります。

 

ここの特色は、それぞれの学習支援などをして いくことです。 

 

京都市の出町柳にあるGACCOHは、三階建ての個人住宅を改装してつくられた、まちの学校であり、図書館であり、シェアハウスになっています。 

 

一階には教室が、二階には台所と 図書コーナーがあり、三階がシェアハウスになっています。

 

建築家で勉強好きの若者、太田陽博さんが改装したこの家に、本好きの若者、倉津拓也さんが入居して誕生したのが、この図書館なのです。

 

出会いが生んだ図書館といえるでしょう。 

 

 

医療現場でも図書館が広がっています。 

 

埼玉県越谷市にある藤田歯科医院や大阪府守口市にある関西医科大学附属滝井病院の中にある透析センターなどが代表的な事例です。

 

医療スタッフと患者さんとの 人間関係をつくることにより、より治療や健康管理をしやすくしていると思われます。 

 

このように、本来は働く場であったり、学ぶ場であったり、治療する場であったりする場所も、視点を変えれば、サービスを提供する人と利用者、また利用者同士が出会ったり、共通の 興味を発見する場になっていくために、本が有効に働いている。

 

本の新しい可能性を見出せているともいえます。

 

 

 

【分類5】 本で人と出会う、コミュニケーションを大切にした人たち 

 

まちライブラリーも、一二〇ヶ所を超える場所で展開するようになりましたが、この活動が 広がる背景を考えてみたいと思います。 

 

まちライブラリーには、もちろん本好きの方も多数参加されていると思いますが、「本」より好きなのは「人」ではないのでしょうか? 

 

本を持ち寄って、お互いの本を紹介する時、今 まで見たこともない多様な価値観に出会えます。

 

人はそれぞれとはよく言ったもので、人の好奇心に枠組みはないのです。

 

そういった中で、自ら持ってきた本を紹介した後、他の人がその 本を借りてくれたり、メッセージを寄せたりした時のうれしさは、たとえようもありません。 

 

自らの存在が、周りに受け止めてもらえる感じになるからです。

 

この喜びを味わった人が、ま ちライブラリーでは、たくさん生まれています。

 

誰か一人でも、自らの価値観を共有してくれ る喜びなのです。 

 

この喜びこそが、まちライブラリーが増え続ける原動力になっていると思います。

 

本を大切 にする気持ちと、価値観の合う仲間と同じ場所にいる充実感、社会的な活動で役割を果たせて いるという参加意識。

 

そして他の誰かが、見守ってくれている、背中を押してくれている安心感なのです。

 

 

本で人をつなぐ まちライブラリーのつくりかた』学芸出版社

本で人をつなぐ まちライブラリーのつくりかた

 

 

 

 

 

 

磯井氏は本書で「まちライブラリー」についてこう語る。

 

 

『まちライブラリーは、誰でも、どこでも、いつでも始めることができ、その仲間を発見しやすい仕組みなのです。

 

まさにコミュニティをつくるために最適な方法が、生まれつつあります。 

 

これからも参加する人が、増えるでしょう。

 

そしてその人の数だけ、新しいまちライブラリーが生まれていくことになります。

 

誰のものでもない、自らの存在感を感じられる、そしてそれを受け止められる人がいる。 

 

メッセージのキャッチボールが始まりだしているといえるでしょう。

 

まちライブラリーは、人との出会いを期待した、マイクロ・ライブラリーといえます。』

 

 

多くの市町では役所や商工会議所、観光協会が主体となって「まちづくり」や「商店街の活性化」をテーマに活動している。

 

しかし、ほとんどの市町でそのこころみは成功していないのが現実だ。

 

 

反対に、今、急激に増えてきて、成功している活動が、個人が主体となって「おもしろいこと」「楽しいこと」をしようとしている人たちだ。

 

そのひとつにこの「まちライブラリー」がある。

 

本という知的なツールを活用し、本好きな人たちを横断的に集める。

 

いわば、知的な集団のセグメントだ。

 

いま流行りのSNSのサロンのようなものとも言える。

 

 

これらの活動は、本人たちは意図していないにもかかわらず、結果的に「まちづくり」になっている。

 

しかし、役所や会議所が主体となるとどうしても、上意下達的活動になってしまい、肝心のまちは動かない。

 

大きく包括的であり、組織や運営も硬直しがちだからだ。

 

しかし、個人の「面白がって」やっている活動は、小さく、横断的であり、自律的で、柔軟なので、活動も定着し、人の流れもできることになる。

 

 

面白い人たちと会うために…

 

「まちライブラリー」と気軽に関わりたい。

 

 

 

本で人をつなぐ まちライブラリーのつくりかた

 

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◆12月5日(月)・18時30分~です!


今年最後の「銀座100年大学」勉強会に是非!
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「第5回:銀座・西原ゼミ(人の心に灯をともす)」(オンラインもあります)


*開催日時 2022年12月5日(月)18時30時~20時 受付開始18時20時~


◆「銀座100年大学・西原ゼミ」は “本を通して人生を前向きに生きるヒントを学ぶ” 勉強会です。フォロアー6万人の読書ブロガー・西原宏夫が365日毎日アップする「読書ブログ」のエキスを一緒に学びませんか?


◆第5回目のテーマは、「自分を変える方法とは」~~人生をゲームのように面白がろう!~~


毎年、元日(1月1日)になると多くの人が、「今年の目標」や「行動計画」を立てます。これは全世界、同じ傾向だといいます。


(今年こそ)「ダイエットを始める」「運動をする」「禁煙をする」「本を読む」等々、我々は習慣を変え、新しい自分を手に入れ、生まれ変わろうとたえず願っています。


新たな情報や知識を手に入れ、自分をアップグレードするために必要なことは、人生をゲームのように面白がることです。


「人生はひとつのゲーム、人生を楽しみなさい」(マザー・テレサ)


いよいよ、今年も終わりに近づいてきました。新しい年に向け、新たな気づきを得るため、是非、銀座100年大学「西原ゼミ」にお越しください。


会場:土屋グループ 銀座ショールーム  〒104-0061 東京都中央区銀座3丁目8-10 銀座朝日ビル3F 03-5579-9981


◆申し込みはこちらから(オンラインもあります)☟