上阪徹氏の心に響く言葉より…
「プロフェッショナル」
起業家しかり、メダリストしかり、有名俳優しかり、
当然ながら、人と同じことをして、
多少の才能があっても、
しかし、そんな血の滲むような努力すら、
しかし、そんなにストイックに自分を追い込み続けていては、
幸せのハードルが低いと、
彼らは世の中や人生の不条理さ、
人生が思い通りにならないなんて、当たり前のこと。
そもそも世の中は、
この現実に気づいているからこそ、強くもなれるのです。
「そもそも人生は苦しい。生きていくのは大変だ」。
その上で、
運が9割です。
何と残酷な話でしょうか。
しかし、これが現実なのだと思います。
歴史小説から現代小説までベストセラーを次々に出している高名な
「
自分は苦労なんてしていない。
本当の苦労というのは、
彼はこうも言っていました。若い人に言っておきたいのは、
そして、
そもそも人生は血まみれ、泥まみれ、
人生は必ずしも思い通り、計画通りにいくわけではありません。
だから問われてくるのは、
私自身、
ラクして生きられるなんてあり得ない、
そう思っていれば、
『マインド・リセット 不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣 (三笠書房 電子書籍)』
小林正観さんの「当たり前の水準」という話がある。
『仮に、「晴れるのが当たり前だ」というように考えている人が、毎日天気予報を見るとすると、曇りだと「つまらない、いやだ」と思い、雨が降ったら「もっといやだ、とってもいやだ」というレベルになると思います。
逆に、「雨が当たり前」だと思っていると、曇りのときはちょっとうれしく、晴れのときはとてもうれしい、ということになります。
晴れることが当たり前であったならば、曇りや雨はつらいものになり、雨が当たり前ならば、曇りや晴れることはとてもうれしいことであり、感謝になる。
自分の心の原点・水準ラインによって、それほど私たちのとらえるものが一つひとつ変わっていくのです。』
結婚も同じだ。
昔の人は、「私と一緒に苦労してくれないか?」とプロポーズしたという。
苦労が前提だったわけだ。
今の人は、「(今も幸せだけど)君をもっと幸せにするから」とプロポーズする。
つまり、幸せが前提にある。
だから、ちょっとでも苦労すると、話が違う、ということになる。
もし、「俺は昔は苦労したんだ」という人がいたら、ちょっと恥ずかしいかもしれない。
それより、「俺、ゼンゼン苦労なんてしたことない。ボンボンだったから」なんて言った方がカッコいいし、場がなごやかになる。
プロフェッショナルは、「若いときの苦労や努力を苦しいものだと思っていない」。
努力を努力と思わない人でありたい。
マインド・リセット 不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣 (三笠書房 電子書籍)
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