藤尾秀昭氏の心に響く言葉より… 

 

 

『現代の覚者たち』という本がある。

 

昭和六十三年に小社から刊行され、以来十四年、静かだが根強く版を重ねている。 

 

 

登場された方々と当時の年齢を紹介すると、 

 

森信三(哲学者、八十九歳)  

 

鈴木鎮一(才能教育研究会会長、八十九歳) 

 

三宅廉(パルモア病院長、八十四歳)  

 

坂村真民(詩人、七十八歳)  

 

関 牧翁(天龍寺管長、八十一歳)

 

松野幸吉(日本ビクター相談役、七十五歳) 

 

平澤興(京都大学元総長、八十五歳) 

 

 

発刊から十四年。

 

現在も元気で活躍されているのは、坂村真民さんただ一人になったが、ここに登場された七氏はそれぞれ、一道を究められた方々ばかりである。

 

富士山でも登り道は無数にある。

 

しかし、頂上は一つである。

 

ここに登場された方々も歩いた道、選んだ職業も様ざまである。

 

しかし、その一道を究めた果てに至りついた心境、境地には共通点があることに気づ く。 

 

 

共通点の第一は「楽天的」ということである。

 

楽天的とは単に「物事をよいほうに考える」とか「くよくよしない」ということではない。

 

誰もが絶望するような状況のなかでも一ミリの穴から光が見えれば、その光を信じて進んでいくという強い精神のことである。 

 

 

第二は「感謝の念が強い」ということだ。

 

自分にプラスになるから感謝するのではない。

 

自分にとってマイナスとみえる出来事にも、これは自分を成長させるために天が自分に与えたものだと感謝するのである。 

 

 

第三は「感動する」ということ。

 

普通、人は四十、五十になり人生体験を経てくると、物事に感動しなくなる人が多い。

 

しかし、一道を究めた人たちは一様に八十になっても九十になっても感動する心を失っていない。

 

その姿勢はそのまま、人に感動を与える力になる。 

 

 

最後の共通点は「神を信じている」ということである。

 

特定の神ではない。

 

この世には人智をはるかに超えた大いなるものが存在している。

 

そういう大いなるものに対する敬虔の念、畏敬の念を生涯持ち続けているということである。 

 

私たちが人生という道を歩む上で大事なものは何かを、この共通点は教えてくれている。 

 

 

さて、森信三氏は『現代の覚者たち』の中で、 「人はこの世に生まれ落ちた瞬間、全員が天から封書をもらって生まれてくる」と言っている。

 

「その封書を開いたら、あなたはこういう生き方をしなさい、と書いてある。しかし、せっかく天からもらった封書を一回も開かないままで死んでいく人が多い」 

 

この道を行くとは、天からの封書を開くということである。

 

あなたは天からの封書に気づいただろうか。

 

封書を開いた人生を歩んでいるだろうか。

 

 

小さな人生論 (小さな人生論シリーズ)』致知出版社

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天からの封書は「使命」とか「天命」と言われるものである。

 

何のために生まれてきたのか、という根本的な問いかけだ。

 

 

使命とは、「使われる命」と書く。

 

自分が使うのではなく、天によって使われるということだ。

 

それが小林正観さんの言う「頼まれごとの人生」。

 

 

人からの、さまざまな頼まれごとを引き受けていくと、思ってもみなかった出会いが連続する。

 

なぜなら、自分から求めた縁は、自分の予想の範囲内の出会いとなるが、人が繋いでくれた縁は、自分が予想もしない未知との遭遇になるからだ。

 

頼まれごとは、たとえば、「このzoom講演を聞いて欲しい」「このリモート勉強会に参加して欲しい」「映画やコンサートに一緒に行って欲しい」と言ったものから、「〇〇サークルに入って欲しい」「〇〇の仕事を手伝って欲しい」「〇〇の役職を引き受けて欲しい」というものまで多くある。

 

今は、コロナ禍によって、様々なリモート勉強会や講演会が毎日のようにある時代だ。

 

 

これらの頼まれごとを引き受けていくと、自分が何らかの方向で、天から使われていることが分かる瞬間がある。

 

「ああ、こういう役割をいただいているんだな」と。

 

つまり、天からの封書は、行動している人しか開くことができないということだ。

 

あっちにぶつかり、こっちでつまづくという、動いているからこそ、使命が見えてくるのだ。

 

 

一道を究めた人たちが、果てに至りついた先には、「楽天的」「感謝」「感動」「神を信じる」という境地があるという。

 

天からの封書に気づき、一道を究めた方々の境地に少しでも近づきたい。

 

 

 

小さな人生論 (小さな人生論シリーズ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【自分の幼児性を削って大人になる】

 

 

 

小林正観さんの心に響く言葉より…

 

 

 

人はさまざまな経験を通して幼児性が抜けていき、一人前の人間として大きく成長していきます。

 

どんなに大変な状況であっても、チャンスをいただいていると考え、「自分はついている」と考えられたら、人は大きく変われるのではないでしょうか。 

 

 

「命」という字は、「人は一度叩かれる」と書きます。 

 

本当の漢字の成り立ちは違いますが、そのようにも読めますよね、という話です。

 

叩かれたとき「有り難き」ことと感謝して、「ついてる、ついてる、ありがとう」と言えるようになることが、人間を磨くことかもしれません。

 

 

そう考えると、結婚相手は、お互いを磨き合うことができる「砥石」なのです。 

 

ちなみに日本でいちばん離婚率が低いのは、遠洋漁業の船員さんだそうです。

 

一年の大半を海の上で過ごし、たまに帰ってきて一週間くらい仲良く暮らし、また稼ぎに海に出ていく......。 

 

なんと理想的な距離の置き方でしょう。

 

 

この反対が、漁業との兼業農家だそうです。

 

朝から晩まで、顔をつき合わせて夫婦で仕事をしているので、ちょっとしたケンカでも、修復する時間がなくて、やがて口をきかなくなり、そのまま一週間一カ月が経ち、さらに関係が冷え切ってしまう......。 

 

こういう近すぎる夫婦関係は、離婚率が高いのだそうです。

 

 

結婚生活をいつまでも幸せに過ごすためには、お互いに適度な距離を置くことです。

 

財布や携帯電話、メール、日記など、個人のプライバシーとして尊重すべきものは、たとえ夫婦でも勝手にのぞかないというルールを守ることです。 

 

それは、相手を尊重し尊敬する念です。「恋愛にもってこいの異性」と、「結婚したらよい異性」は違います。

 

ポイントは、「相手を尊敬の念で見られるようになるかどうか」ということ。 

 

まずは、自分が尊敬される人になれるか、人間を磨けるかが問われると言えそうです。 

 

 

《夫婦はお互いを磨き合う「砥石」です。》

 

《人生とは「味方を増やす」ということ。 頼まれごとをして生きるのが 人間の生き方ではないでしょうか。》

 

 

「嬉しく楽しく、幸せになってしまう世界」へようこそ廣済堂出版

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小林正観さんは「幼児性」についてこう言っています。

 

 

『もし、言いたいことがあるときは、お互いに意見を主張すればいいのですが、それは笑顔で言えばいいことであって、ケンカをする必要はないんですね。

 

大人になるということはケンカをしないということですから。

 

さらに、家庭のことで言いますと、同じ言葉を他人から言われたときに、怒らないで踏み留まることができるにもかかわらず、同じ言葉を妻から言われるとものすごく腹を立てて爆発してしまう夫がいます。

 

また、同じ言葉を他人から言われても怒らないけれども、夫から言われるとキレてしまう妻がいます。

 

それは、どういうことかと言うと、外では踏み留まる能力があるにもかかわらず、家庭では踏み留まらないということなんですね。

 

《踏み留まれない》のではなくて、《踏み留まらない》んです。

 

これを一言で言うと“幼児性”です。

 

実は、“幼児性の克服”のためにも結婚というものが存在します。

 

家庭を持って、妻に対して夫に対して、あるいは子供に対して、「私」が気に入らなくて爆発する、その「私」の“幼児性”を是正するために結婚というものがあり、家庭というものが存在します。

 

家庭というものは、ただ自分の思いを通すための甘える場所でも、ストレスを発散させる場所でもありません。

 

幼児性を削っていって大人になっていく作業の場所として、結婚があり、家庭が存在するということです。』(楽しい人生を生きる宇宙法則/講談社)

 

 

 

大人になるということは、幼児性を克服すること。

 

幼児性が強い人は、自分の思い通りにならないと、拗(す)ねたり、当たり散らしたり、怒鳴ったりする。

 

また、我が強く、自分の好き嫌いを押し通す。

 

つまり、我慢ができない。

 

自律していないから、セルフコントロールができないということでもある。

 

 

それは、人としてまだ未熟だということ。

 

そして、未熟な人は、未熟な人を選ぶ傾向がある。

 

 

自分の幼児性を削り…

 

自律した大人になりたい。

 

 

 

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成毛眞氏の心に響く言葉より…

 

 

惜しみなくアウトプットしている面白い人の周りには、人が集まってくる。 

 

アウトプットすることは、良質なインプットをしやすくすることでもある。 

 

それはアウトプットをする本人にとって大きなプラスだが、本人以上に、その好循環の影響を受けるのは子どもである。 

 

 

私の周りで、社会人になってぐっと伸びた新卒は、ほとんどが経営者の子どもだった。

 

経営者イコール金持ちという意味ではない。

 

ときには食卓で生々し く、やれ資金繰りがリストラがと話しながら、必死に経営に取り組み、その姿を子どもに見せてきた親という意味だ。 

 

 

一方で、嫌々仕事をしているサラリーマンの子どもは伸びない。

 

子どもにはよくわからない会社という場所に出かけていって、そこはどうも面白くなさそうで、それでも金のために通っている親を持つ子は、伸びないのだ。 

 

仕事への真剣度が違うからだろう。 

 

 

経営者は、自分の人生だけでなく従業員の人生も背負っているから、真面目に仕事に取り組む。

 

サラリーマンは毎日会社に通うことについては真面目だけれど、仕事の内容に関しては、最初は真面目にやっていたかもしれないが、定期的な人事異動でキャリアがリセットされているうちに、だんだんとやる気がなくなってくる。

 

子どもはそれを敏感に感じ取る。 

 

よく、政治家や教師、警察官は世襲が多いというが、それもそのはず、親を見て、親のようになりたいと思うから子はその道を選ぶのだし、親もその道で良かったと思うから子どもにその道をすすめるのだろう。

 

 

さて、では子を持つサラリーマンの親はどうするべきか。 

 

私は会社をやめるべきだと思う。

 

そして、自分の体を使って経営とは、仕事はどういうものかを見せられるように、起業をすべきだと思う。 

 

苦労もするだろうし、上手くいかないこともあるだろう。

 

サラリーマン時代よりも収入は減るかもしれない。 

 

 

極論に聞こえるかもしれないが、メガバンクが何万人という単位でリストラを進めると言っている以上、その影響は、地銀、信金、回り回ってあらゆる企業に及び、サラリーマンは激減する。

 

いつまでもサラリーマンではいられないのだ。 

 

サラリーマン失格と言われる日を待つのか、早々に自分から見切りをつけるのか、この差は大きい。

 

 

AIに奪われない仕事の大半は、会社に所属していなくてもできるものばかりだ。

 

アウトプットにはさまざまあるが、起業こそが最もリターンの期待できるアウトプットと言える。

 

 

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もちろん、サラリーマンであっても、イキイキと仕事をして、子どもにその後ろ姿を見せることができる人は多くいる。

 

だから、すべてのサラリーマンが会社を辞め、起業することがベストな選択だとも思えない。

 

 

ただ、一般的に言って、日本はメンバーシップ型雇用だ。

 

メンバーシップ型雇用とは、本人の意思とは関係なく、企業側の都合で人を異動させる雇用システムだ。

 

最初、営業に配属された後、次に工場に異動し、その次に経理とか人事に異動するというようなジョブローテーションのことを言う。

 

ゼネラリストを目指す方法と言ってもいいが、スペシャリストはなかなか育ちにくい。

 

 

一方、ジョブ型とは、経理なら経理のスペシャリストを目指し、そのためのキャリアを積んでいくこと。

 

双方にメリットとデメリットがあるが、スペシャリストを目指す人の方が、仕事への情熱は保ちやすいのは確かだ。

 

 

いずれにしても、イキイキとして働いている人、仕事に情熱を傾けている人は、子どもに大きな影響を与える。

 

その後ろ姿を子どもは見ているからだ。

 

ただ、大事なことは、仕事をしている男性なら女性のパートナーが、仕事をしているのが女性なら男性のパートナーが相手をサポートし、子どもの前で決して、けなしたり、おとしめたりしないこと。

 

せっかく頑張っていても、相手のパートナーがそれを喜んでいないなら、それが子どもに伝わるからだ。

 

 

身近な人たちに仕事の楽しさや面白さを伝えていない人は、子どもにもそれは伝わらない。

 

大事なことは、楽しいことばかりではなく、辛いこと、嫌なことも含めて伝わっているか、だ。

 

いいことも悪いことも含めて、楽しい、面白い、というのが真実の姿だからだ。

 

 

親の後ろ姿を見せ…

 

子どもに仕事の楽しさを伝えることができたら最高だ。

 

 

 

 

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コピーライター、中川諒(りょう)氏の心に響く言葉より…

 

 

恥という感情は、周囲の人たちに大きく影響されるものだ。 

 

誰かの発言や価値観の押しつけによって「恥」を植えつけられてしまう瞬間がある。 

 

その瞬間は、わたしたちの生活の些細なやり取りの中に隠れている。 

 

 

あなたは、友人の新しい洋服や髪型、メイクなどを茶化したことはないだろうか? 

 

あなたのその心ない一言で、さっきまでお気に入りだった洋服や髪型が、友人の心の中で一瞬にして「恥ずかしいもの」に変わってしまう。 

 

あるいは、会議で新人が勇気を奮って何か意見を言ったとしよう。

 

その発言に対して「お前は分かっていない」と先輩に鼻で笑われた瞬間。

 

言われた後輩のチャレンジは、その瞬間に恥ずかしいものになってしまう。

 

 

人の勇気はシャボン玉のように儚く尊い。

 

わたしたちの発言には、誰かのチャレンジを恥に変えてしまう恐ろしい力がある。 

 

会話の中で周りの笑いをとるために、特定の誰かをイジったり、ネタにしたりする光景を見たことがあるだろう。

 

そしてそれは、自分よりも立場の弱い相手に対して行われることが多い。

 

 

人を茶化してはいけない。

 

言った本人に悪意がなかったとしても。 

 

それは、誰かの小さな勇気をたった一言で恥に変えてしまう、恐ろしい行為なのだ。 

 

誰かの勇気を奪いたくなければ、自分の発言には注意しよう。 

 

 

茶化されてしまった人には、こう伝えたい。

 

気にするな。そしてそんな人からはできるだけ早く距離を置いたほうがいい。

 

その人が近くにいてネガティブなことはあっても、ポジティブなことは少ないだろう。

 

その人は、人を茶化すことで無意識に自分が上位に立とうとしている。 

 

 

広告業界の中には「広告業界の人間は黒子であるべし」という暗黙の「常識」がある。 

 

そこに窮屈さを感じていた僕は、海外への出向から帰ってきたと同時に noteや ツイッターなどの SNSで、自分が仕事をするうえで考えていることを発信したり、 海外で今話題になっている広告の紹介をしたりし始めた。

 

このとき、周りのリアクションは大きく分かれた。

 

「いつも読んでるよ」と感想を言ってくれる人、そして「おっ、中川先生」と茶化してくる人だ。

 

このときに感想やコメントをくれた人は、本当に僕のことを応援してくれている人である。 

 

 

自分がチャレンジしているときこそ、周りのリアクションに気をつけてみよう。

 

本当に自分を応援してくれる人は誰なのかを見分けるポイントになるからだ。 

 

茶化されるたびに毎回恥を感じるのではなく、「見分ける判断基準をくれてありがとう」と心の中で感謝しよう。

 

しかし応援してくれなかった人を悪く言ってはいけな い。

 

そもそも応援されなくて当たり前。

 

その分本当に応援してくれた人のことは絶対に裏切らず、必ず恩を返すという姿勢でいよう。

 

 

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茶化す人は、相手を軽く見ている。

 

茶化すのは相手を揶揄(やゆ)したり、愚弄(ぐろう)したりするということでもある。

 

相手をバカにしたり、からかって、相手の人格を傷つける。

 

 

だから、自分より上だと思う人は絶対に茶化さない。

 

反発したり、猛然と怒るような人も茶化さない(というより茶化すことができない)。

 

 

また、まわりから、ウケたいとか、笑いを取りたいという気持ちがある。

 

そして、自分の冗談(茶化すこと)が、ウケていると勘違いしている。

 

だが、ジョークと茶化すことは違うのがわかっていない。

 

 

昨今の漫才では、シリアス(暴力、虐待、法律にふれることなど)なことを茶化す風潮がある。

 

その流れが、一般にも広がっている気がする。

 

 

人を茶化すことは、何の利益も生まない。

 

なぜなら、人をバカにしているからだ。

 

人を茶化すことで自分が優位に立とうとしている。

 

 

本当に応援してくれる人は、人を茶化さない。

 

どんなときも、人とは真剣に向き合い、心から応援する人でありたい。

 

 

 

 

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浜松医科大学名誉教授、高田明和氏の心に響く言葉より…

 

 

 

《疲れた人は、しばらく道ばたの草に腰をおろして、行く人を眺めるがよい。人は、決してそう遠くへは行くまい。》 (ロシアの作家 ツルゲーネフ) 

 

 

私たちは仲間に遅れをとった場合、非常に不安になります。

 

取り残されたという意識に苦しみます。

 

しかし、仲間は実はそんなに先に行っていないのだというのがツルゲーネフの教えです。 

 

 

受験に失敗した場合がそうです。

 

現役で進学した同級生たちが大学生活のことを楽しげに話すのを聞くと、「もう追いつけないのではないか」という焦りにとらわれます。 

 

しかし、翌年入学してみると浪人と現役はさほど区別なく、受験に失敗したことは、 長い目で見れば重大事ではないと思うようになります。 

 

 

仕事にも同じことがいえます。

 

医学部を出て教授になれた人は羨望の的になるものです。

 

多くの卒業生は、一時的に講師や准教授、大学病院の部長になったりしても、 やがて大学を去って開業します。

 

教授として大学に残れるのは何人かしかいないので、 エリートだと目されるのです。 

 

 

ところが、定年を迎えて大学を去ると事情が一変します。

 

最近は定年後、よい仕事に転職するのが難しくなっています。

 

介護施設や付属の医療施設の長になるのがやっとです。

 

しかし、長の職はなかなか空きが出ませんから、結局は知り合いの開業医のところで週に一、二回患者を診て収入を得るのが普通になっています。 

 

教授になれずに開業して「遅れをとった」と落胆していた人のほうが、実は安定した仕事につけていたということにもなるのです。 

 

 

ツルゲーネフの言葉は、休んでもいいから焦るな、先のことはわからないのだから、 自分のなすべきことに専念せよという意味にもなると思えるのです。 

 

それだけではありません。

 

先頭を走ること、強く有能なことは危険でもあります。

 

 

中国に「直木(ちょくぼく)は先ず伐(き)られ、甘井(かんせい)は先ず竭(つ)く」ということわざがあります。

 

まっすぐに伸びた木はよい木材になるので、最初に伐られてしまう、おいしい水の出る井戸は真っ先に飲みつくされてしまう、という意味です。 

 

つまり、トップを走っているとかえって危険だという教えです。 

 

 

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本書の中で高田氏はこう語る。

 

 

『「人間万事塞翁(さいおう)が馬」という有名な言葉があります。

 

昔、中国の国境に翁が住んでいました。

 

ある日飼っていた馬が国境を越えて逃げたのです。

 

しかし、翁は「幸せのもとかもしれない」と悲しみませんでした。

 

果たして馬は何頭もの良馬を連れて戻ってきたのです。

 

しかし、翁は「不幸のもとかもしれない」と喜びませんでした。

 

果たして息子が落馬して足に大怪我をしたのです。

 

しかし、翁は「幸せのもとかもしれない」と悲しみませんでした。

 

果たして国境を越えて異民族が攻め込んできた時、息子は足が不自由だったので徴兵を免れたのです。

 

つまり、人生では何が起こるかわからず、幸と不幸はたやすく入れ替わるという話です。』

 

 

人生においては、先を走っていた人が、いつの間にか後ろにいた、という場合が少なくない。

 

あるいは、ずっと後ろにいた人が、知らないうちに先頭に立っていた、という場合もある。

 

その時、ひどいと嘆いたことも、後になると、それがあったから幸せになった思うこともある。

 

まさに、「禍福は糾(あざな)える縄の如し」であり、「苦は楽の種、楽は苦の種」だ。

 

 

ビジネスの世界でも、「後進の先進」というようなことがあらゆるところで起きている。

 

「後進の先進」とは、遅れていると思っていたところが、一挙に最先端に躍り出るということ。

 

 

たとえば、昨今のアジアやアフリカの携帯電話の急激な普及がそれだ。

 

アジアやアフリカには、日本のような電話網(固定電話)が発達していなかったため、一挙にインターネットやスマホに移行した。

 

一方、日本はその電話網を使わなければもったいないと、スマホの普及が遅れた。

 

これをリープフロッグ(カエル跳び)現象という。

 

 

人に遅れをとってもあせることはない。

 

倦(う)まずたゆまず、コツコツと努力を続けていけば、一周回って日の目を見ることもある。

 

 

 

 

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