確定申告提出、女神、LION、75【日記】 | フーテンひぐらし

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永遠の放課後。文化祭前夜のテンションで生きたい。なかなか大人になれない。

以前みかけた気になる人たち

確定申告を締め切り2日前に出し終わった。当日の税務署はたいへんにカオス。税務署員の皆さんは揃って忙殺されており、必要書類を自由に持っていける棚はイノシシが突っ込んだのかと思うくらい荒れていた。「この用紙とこの用紙の棚がカラなので下さい」とお願いしたら長い時間待たされた。同じく用紙待ちのお兄さんと「まだ来ないですねー」と話してるうちに私がお兄さんに書き方のレクチャーをする流れになったりして面白かった。「あっ、すいませんついでにもう一つ質問してもいいですか?(お兄さん記入済みの用紙を取り出す)これ何か抜けてる箇所ありますかね?」「えーっと…こことここ、計算した数字を書かなきゃですねー」「なるほど!ありがとうございます!」俺に分かることであれば聞いてくれ。たすけあい・宇宙。

そうして無事確定申告が終わったら、これまで「確定申告作業が大変だからさー」と言い訳してスルーしてきたあまたの現実が目の前に待機していて、ちょっぴりつらい。小さなこととしては原稿の締切。大きなこととしてはこの先の人生(大きすぎ)。

今週は週4日、計5コマもジム(ビーモン)に行ってしまった。こないだまでは「年齢的にもあまり無理をせず、低強度のPGMを週2〜3回にしておこう」と思ってたんだけど、自動脂肪蓄積機である更年期ボディを何とかしようとするならそれでは生ぬるいと悟る。めっちゃ動いて、家でめっちゃほぐす。そうしてやっと「前日より少し締まったかも」になってましたわ…。

以下、恒例のWOWOWで観た映画。

「女神の継承」
観たかったやつ。「哭声(コクソン)」のナ・ホンジンが原案・製作したタイと韓国合作ホラー。タイ東北部の村で脈々と受け継がれてきた祈祷師一族の血。その一族である若く美しい娘ミンが豹変していく。
「和ホラーは見慣れてても韓国ホラーはその雰囲気だけで既に怖い!」と「哭声」で思った私。タイ東北部のホラーはもっともっと雰囲気だけで怖かった。常に雨降り直前みたいな薄曇り。緑が濃い。画面から漂う湿度が強い。見慣れない神の像。何も起こってないのにもう怖いんよ。
物語もモキュメンタリー(ドキュメンタリーふうに撮るフィクション)なのでリアルに見える。前半怖かった。
しかし後半、物語が疾走し始めたあたりから私は「うーむ」となってしまった。「怖がらせにきてる」と感じてしまったから。怪異現象やらグロやらどんどん放り込まれるのでちょっと興ざめ。クライマックスの廃墟での「儀式」に至っては、POV始めあらゆるホラーの様式が出血サービス♫みたく展開されすぎて笑ってしまった。やりすぎてもう怖くない。いや見た目はグロいし痛いしイヤなんだけど、ゾゾゾ…としないんですよ。最初は「タイ版エクソシストだ」と思ってたんだけど、あのくらいに抑えてほしかったなーと。せっかく装置(タイ東北部の雰囲気・土着信仰)がじゅうぶん重くて怖い空気出してたのだから。
それでも、取り憑かれるミンを演じたナリルヤ・グルモンコルペチさんの演技すげえでした。スリムで手足長く、それが変なふうに動くとほんと怖い。祈祷師ニムを始め、他の役者のみなさんも存在感抜群。
あと一点、「若い美女が取り憑かれたらこういうふうに壊れていってほしい」みたいなのがちょっと多くてそこはンムムーーーと引っかかりがありました。


「LION/ライオン 〜25年目のただいま〜」
インドの田舎の少年サルーが迷子になり、遥か遠くの街でひとりぼっちになってしまう。そこから彼の運命は激変し、25年が経過。青年になったサルーは生まれ故郷の町を探す…という物語。どこか「スラムドッグ$ミリオネア」を彷彿とさせるのは、主演が同じデーヴ・パテルだからか。
アクティブで華やかでかっこいい側面じゃない方のインド。小さな子供が1人で困ってても大人たちは邪魔にし、寄ってくるのは主に悪い奴。こういう「迷子」は山ほどいるのだろう。今作の主人公は奇跡的に(生命の安全という意味で)幸運なルートをたどれたけど、そうじゃない子の方が大半のはず。
子役のサニー・パワールくんがとにかく素晴らしい。泣いたり叫んだりがほぼなく、絶望したり怖くなったり考え込んだりをほとんどまなざしと抑えめの表情で表現しているのがリアル。自然すぎて演技には見えずドキュメンタリーに見えてしまうので、いたいけで心配で終始胸が締めつけられる。デーヴ・パテルはもちろんのこと、ニコール・キッドマンも、義弟マントッシュ(ディヴィアン・ラドワ)も、兄グドゥ(アビシェーク・バラト)も、よかった。質のいい作品を堪能した…という感じ。そして何よりすごいのはこれが実話だってことだよ。

「PLAN75」
テーマ的に本当はあんまり観たくないんだけど観ておかなくてはと思って観た。「75歳になったら自らの生死を選択できるシステムがある日本」のお話。プラン75はいかにも、ほんっっっとにいかにも日本らし〜〜い運営のされ方で、それがたいへん静かで穏やかなディストピアになっていて、とんでもなかった。
役所など公共の待合室に設置されるプラン75のプロモーション映像。高齢者モデルが穏やかな訳知り顔で「死ぬときくらいは自分で選びたいじゃない」「ほら、孫たちにも迷惑かけたくないでしょ」と語りかける。炊き出し会場にも申し込みデスクを置く。「住民票がなくても申し込めます」の親切な張り紙。民間企業の主催する豪華ホテルでのプラン。だーれも強制してない。だーれも年寄りに暴言なんて吐かないし冷たくもしてない。映画の中にも(冒頭を除き)悪い人いじわるな人が全く出てこない。みんな優しい。でも主人公始めとする当事者は、死を選ぶ方が皆のため自分のためだと思わされ、そうせざるを得ないようになり、善意と効率の道の上を歩かされていく。このことが、正直「女神の継承」よりずっと胸くそ悪くて怖かった。ものすごくありそうだもん。すぐにでも稼働できそうだもん、今の日本でこれ。
「こんな制度やめろ!」と誰かかが立ち上がる。「みんな、ここから逃げよう!手を取って生きよう!」と主人公が叫ぶ。どうしてもそういう劇的なことを期待して願ってしまう。が、そう進まない。誰も「やめたら」「やめたい」とは言わない。プラン75担当の市役所職員。フォローアップする電話オペレーター。「現場」ではたらく外国人労働者。そして主人公を始めとする高齢者たち。この目線でただ淡々とお話は進んでいく。それぞれの抱える複雑な思いは叫びにはならない。それがとても現実的。
実際はもっとモダンでシャキッとしてる倍賞千恵子だけど、実年齢そのままで「老い」の雰囲気をさらけ出して演じていて、ものすごくものすごくよかった。これ何で日本アカデミー賞主演女優取れんかったん?
うちの母に似ているぶん観ていて非常にしんどかったし、さらには「これは将来の私じゃないか」と思ったら自分ごとになってもっとしんどくなった。いやー無理。「これはアリだと思う」という意見があるとして、その理由も分かる。でもそれでも、無理だしやめなよと言い続けたい。そのために何ができるだろうと考える。
定食屋さんでぼんやり外を眺めるおじさんの背中がナイフのように胸に刺さった。そしてラストの倍賞さんは本当にもう…観て欲しい。

2000字の原稿をほったらかしてブログで3000字書いてる場合ではないのよ…。
 

 

このポスターデザインが優勝だと思う

 

子役が優勝

 

倍賞千恵子が優勝オブ優勝

 

目黒川の桜ですが「人気ルート」からはずれた池尻寄りのここが一番早い開花。三分といったところ。中目黒寄りの桜はまだ全然ですね。