フーテンひぐらし

フーテンひぐらし

永遠の放課後。なかなか大人になれない。テーマ曲は「ダイナマイトが百五十屯」@小林旭


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夏なの?もう。

その年はじめての蚊に刺されるとそう思います。

今日いきなり4か所くらい刺されたので多分もう夏です。

 

6月は訳がわからないままやみくもに走って、そのあと呆然としていたら終わりました。いろんなことをほったらかしていた気がします。7月はもう少しちゃんと暮らしたい。

 

やみくもに走っていた理由は、noteの方にいま順番に書いていますので、よかったら読んで下さい。


 

推し、ジム辞めるってよ。【1.その日が来た】

 

 
 
推し、ジム辞めるってよ。【2.沼にハマる前提にあるもの】

 

 

 

 

推し、ジム辞めるってよ。【3.沼にハマるシステム〜パフォーマー】

 

 

 

まだ続きます!

13日は父の一周忌だった。
コロナ禍のいま、出席者も高齢者ばかりということでこの時期に法要は無理だねとなり、弟は仕事の合間をぬって前日に、母は混んだ電車に乗って東京に来るのはまだ危ないということで自宅の位牌の前でお経を読んだ。

私は墓参りにゆくつもりが朝から激しい雨で「こりゃ明日でもいいかな…」なんてくじけそうになっていたのだけど、ふと気になって母にたずねた。今日父(の魂)はどこにいるんだろうと。

するとこんなLINEがきた。

 




父の遺影と位牌の前にちょこんと座ってお話する母の姿がまざまざと浮かんできて、可愛ささえある文面にかえって泣けてきてしまった。正直、父の葬式の時より泣けた。

変な言い方だけど、目の前で死んでいることよりも、ある人の横に本来いるはずのその人がいない、その空間の方がかなしく思えるのかもしれない。

というわけで雨が弱くなった夕方に谷中に出かけた。

 




雨の谷中霊園はしんと静まり返っている。
けむるスカイツリーと、不似合いなほど鮮やかに生きているつつじ。





父の墓前には、午前中に法要を済ませてくれたお寺の方と、父の飲み仲間の方々が手向けてくれたシキビとお花がぎゅうぎゅうで、「墓前盛り上がってんじゃん…」とうれしくなった。墓石には葉が3枚並べてある。友人たちの「来たよ」というメッセージだろう。私も1枚付け足す。

ねー知ってる?今年は新型コロナウイルスってので大変なんだよ。あの入院や闘病が今年じゃなくてせめてよかったよね。あとさ、ママ淋しそうだし時々は姿あらわして一緒にいてあげてよ(笑)そっちは慣れた?認知症とかそういう病気はそっちはもうないだろうから、そろそろ好きに酒飲んだり俳句作ったり自転車乗ったりしたらいいじゃん。


そんなふうに話をした。


雨の音しかしない夕方の霊園。周りじゅうにいる、お墓に眠るひとたちは何もこわくない。彼らは休んでいるだけだ。縁のあるひとたちの訪れを、自分たちを思い出してくれることを、ただひたすら待っているだけ。

帰り道に気づく。私が着てたTシャツは胸にでっかく荊冠をかぶったジーザス・クライストが描かれてたよ。まあいいや、神も仏もまとめてよろしくだ。

「好きな人、ずっと長く一緒にいた人と別れる」ということは人間の味わう悲しみや苦しみの中でかなりどデカいことであり、もっとも心身にストレスがかかることなんだなと最近しみじみ思う。死はもちろんだけど、友人や恋人や推しとの別れでもおんなじことだ。昨日まで会えた人ともう会えないこと。天からの罰かと思うほどのダメージがくる。でも誰にも避けられれないし慣れもしないから、せめてその先にまた光があることを祈るしかない。

早くまたみんなで集まれる日が来ますように。

 

 

今日はDANCEWORKSオンラインで、ジャズダンスのアーカイブ3レッスン分を一気にやった。松田さんで身体をぐいぐい伸ばし、永井さんで「やってることは全部分かるけど曲に追いつけねー!」てなり、ラスト黒須さんで「最高ーーージャネット最高ーーー!」て楽しく終われた。
いまのふわーっと身体をゆらしてゆくようなジャズの振付も好きだけど、やはりあの頃の匂いのある振付が好き。マイケルとかジャネットとか。あと、私はダンスの習い始めがBDCだったので、そこでレッスンを持っていてのちにTRFとなるお三方の振りがしっくりくるしテンションが上がる。当時はパキパキ系とか言われてたな…直線的でパキッ!パキッ!とキレよく動く振りが多かったので。
それにしても、振りは分かるけどそれをすぐさま曲にのせる(いきなり速いテンポになったり変速したりする)能力が著しく低下していて凹む。


最近、首相を始めとしてさまざまな政治家や自治体の長の会見な答弁をみる機会が増えた。
その中で、何を言わんとしているのか、真剣に聞いてみてもいまいち伝わってこない人たちというのがいる(筆頭は首相)。

「人にものを伝えるのが下手」という人はたくさんいるし(私自身だって上手いとは思えない)、それが人としてダメというのではない。
ただ、国民の代表である「政治家」、さらに何らかの所属団体の長であるところの政治家が「人にものを伝えるのが下手」ではそもそもダメじゃないのか。

もちろん「伝わりやすくて分かりやすいスピーチの名手」イコール素晴らしい人、というわけでは決してない。それは歴史が証明してる(かの鼻下のちょびヒゲの人は言わずもがな、カルト団体の教祖、シリアルキラーにも名手はいる)。演説が上手くて人を惹きつける人はまた、ヤバい方向に振れると危険人物になる可能性もある。

だけど、国政をになっている仕事の人で「やたら長く喋るのに修辞や言い訳が多くて、結局いちばん言いたいことが伝わって来ない」というのはそもそも、

目の前の相手に伝えたいという気持ちがない

ってことなんじゃないか。
だって、企業の社長なり何なり、自分の考えを正確に人に伝えないとえらいことになる肩書の人は普通、スピーチの仕方をすごく勉強してる。それをしていない(または全く成果が出てない)ということは、

そんなに伝わらなくてもいい
または、上手くごまかせればいい


ってことじゃないか。
どの政策がどう、ということの前に、「こちらにまったく向いていない」「伝えようという気持ちがない」人と政権を、ちっとも信用できないのだ。

うう、それにしても日記を書こうとすると今はどうしても真ん中に政府への文句がはさまってしまうな。もっとしょうもないことを記したいんだけどな。

いきなりの30℃。つい数日前までは「室内で靴下はかないでも寒くない日が早く来ないかな…」と思っていたのに、それをすっとばして「フローリングの床を歩くと足がペタペタする」季節になってしまった。はやい。心の準備ができてない。

いったん連日の運動を止めると、やらなくてもいいかあーという空気になって今週まったく運動していない。習慣化は難しいのに止めるのは簡単だ。というか早く広いスペースで思い切り動きたい。

世間では「#検察庁法改正案に抗議します」のタグをつけたツイートが土曜深夜に100万を超え、翌日には200万になり、ついには470万になったとニュースが報じていた。すごいことである。もちろん私もこのTwitterデモには参加した。

同時に「みんなちゃんと内容理解して反対してんの?(笑)」「雰囲気で盛り上がってんじゃないよ」という冷笑派から、有名人に対して「歌手だから知らないかもしれないけどw」「政治的発言にがっかりです、イメージが壊れます」とつっかかる人までたくさん出てきた。
確かにどういう法律で、何を変えようとして、何が問題だとされているかは自分で調べて理解しないといけない。だけど今回の470万のうねりは決して「なんか盛り上がってっから私もタグつけとこ♪」なんていうノリとは違うと思ってる。

問題は「コロナ禍で皆が大変で、政府には他にやってほしいことや制定してほしいことがたくさんあるのに、いま早急にやらなくてもいいことを議論なしにスピーディーにすすめようとしている」こと。そして「みんなが『それはおかしいんじゃないか』と訝しんで信用も納得もできていない内容を、理解を求めることなくどさくさに紛れて通そうとしている」ことだと思う。そのことに多くのみんながNOと言った。これまで政治に関しての発言をしなかった人、したくなかった人も、この空気なら勇気を出して言えるぞ…と思って声を上げた。それがとてもすごいことだと私は思う。コロナ禍を機に、少しずつ少しずつ、空気は変わってきている。

だから「よく知らないくせにw」なんて言われて縮こまる必要はないんだよ。政治に詳しい人だけが声を上げる資格がある、なんてことは絶対にない。

どんな人でも等しく「I think」を声に出していい。それがお互い相容れないとしても。卑怯なのは他人に「お前のそれはおかしいw 黙っとけ」みたいに言うことで自分の「I think」を形作った気になってる人だと思う。

政治の話でもそれ以外のことでも、年若だから、年を取りすぎてるから、女だから、専業主婦だから、外国人だから、◯◯な仕事してるから、世間を知らなそうだから、何かチャラそうだから。そういう「このひとは自分よりモノを知らないor深く考えていないに違いない」という思い込みは本当に失礼だし、たいてい間違ってる。そういう思い込みでなぜか勝手に一段二段うえに上がったつもりで「知らないなら教えてあげるよ」みたいに話を始めたらアカンのだ。この思い上がりと勘違いは誰しも日常でやりがちなので私も気をつけたい、ほんと。


先日、人とやりとりをしていたら、私の言葉の裏に心配や危惧が隠れていることに気づかれ、その人は1つ1つについて理由と背景と自分の考えを教えてくれた。自分が恥ずかしいしダセェ…と思った。結局、想像の範囲内で勝手にものごとを推測してただけだったから。
人にはこちらからは見えない膨大な世界としっかりした深度があり、安易に決めつけたりナメたり侮ったりしていては絶対にいけないのであるよ。
なので、その他に私が抱えている(というほど大したことじゃないけど)「あの人はこうなんじゃないか」「あの件はああなんじゃないか」というやつも、しょせん己ひとりの独善的な浅知恵、または勝手な悲観なのだろうな…と思ってゆるゆるとした気持ちに戻った。

自分にはよく理解できないし全貌が見えないけど、あの人がやっているなら(又はやっていないのなら)きっと何かそれなりの理由があるのだろう。
そう思って暮らせるくらいの大人になりたい。道は遠い。

風が気持ちいい。はやく何もかも収束して、大好きなみんなと外でウエーイとか言って乾杯したい。生ビールまいにち飲みたい。