うつ病の発生の原因は
多くの場合ストレスの負荷が高いために
心あるいは脳が疲弊してしまう状態だと思われます
これは日常生活に支障をきたす場合には病気と考えられます
しかし、どの病気もケガもすべては生体の正常な反応になります
例えば、怪我をして血が出るのは止血のためですし
風邪をひいて発熱するのはウィルスを撃退するための反応であり
それらはすべて生体の正常な反応です
そう考えるとうつ病というのも
生体反応が正常に行われているとも考えられます
つまり正常に機能しているからこそ病態が出るということです
この場合ストレスというのは本当に多種多様で
環境や家庭環境、遺伝、性格性質、経験、年齢、性別、考え方などなど
本当に多くの因子が考えられるのでそのストレスの負荷を計測することは難しいですが
うつ病チェックリストなどがあるようにある程度その負荷を測ることはできます
また、病態を見ればどの程度のストレスがかかっているかもわかると思います
他人から見れば大したストレスではないことも
繊細で責任感が強かったり、完璧主義的なストイックな頑張り屋さん
などはストレスを抱えやすいですし
傷つき疲れ果ててしまった状態ではなおさらです
大切なのは、その本人がどれだけのストレスをかかえているかですが
それを感じ取るのは難しいものです
例えば、10キロのお米があったとします。これがストレスの重さとします
筋肉が十分にある重量挙げの選手なら軽々と持ち上げるでしょうが
腕を骨折したかよわい女性には10キロは持ち上げることはできないでしょう
大切なのはストレスの因子や大きさと同時に
本人のストレス耐性の力です
その両者を見ながら進めていかないと本当の患者の姿は見えてきません
また注意したいのはストレス耐性ですが
1キロの重さのストレスがあったとします
普通の人なら1キロはほとんどの人が持ち上げられます
しかしうつ病の場合1キロが100キロにも感じます
そこで外見だけを見ると「弱い」「なまけている」
などと見られてしまいますが
本人も訳が分からず、なぜ1キロが持てないんだと混乱している状態です
心(脳)の疲れは目に見えないですから
その苦しみは他人はもちろん本人でも把握することが難しいです
ストレス耐性が高く、メンタルが強い人でも
時にそれが折れてしまうことがあります
ですから「メンタルが弱い」というだけでもありません
ストレス耐性が極度に弱っている状態は例えるなら
「心が骨折している」状態だとイメージすると理解しやすいです
骨折のイメージならまだし易いはずですが
強い負荷がかかって折れてしまった骨の治療には時間がかかります
その時に1キロを持てばまた骨折するというイメージです
ですから、本人は相当苦しみ、痛みに耐えながら
無理をしてがんばっていることも多いです
そもそも頑張り屋さんが多いため
「なまけている」自分を責めるので
他人からもそう見られたり言われたりすると苦しみます
しかし一方で「こんな状態でがんばっている自分がいる」
と自分を保っている場合もあります
そんな状態なので「自己肯定感」が低くなり自信を無くし
自分を見失っていくとますます治療が難しくなります
内面が見えないために誤解されやすく
さらに病状が悪化することもあります
そこまで行くと希死念慮なども生まれてきます
そんな中でなんとかじっと自分を守っている人も多いと思います
自分だけがこんな状態で、周りを見ると元気な人ばかりにも見えたりすると
共感ができず孤独感も出てきます
置き去りにされて、焦りや、不安、などが出てくると
それが新しいストレスを生むという悪循環になってしまいます
…
ストレスが特定できれば
例えば職場にストレスが強いなら職場と距離をとったり対処できます
ストレスを一時回避して、心の回復を待ちます
しかしそれがどうしようもない場合もあります
例えば家族や肉親のストレスは難しいケースです
一時的に入院も検討する必要もありますが
考え方の修正も必要かもしれません
現代精神医療の主流は薬物療法ですが
それはうつ病が脳の物質の異常が原因であると考えるからですが
私はすべてがそうだとは考えられません
なぜなら脳の異常は、風邪の発熱と同じように
風邪がウィルスに対する生体反応と同じように
うつ病や一部の精神疾患はストレスに対する生体反応だと思われます
つまり正常な反応です
そのサインを押さえてしまうと
逆に治療の見極めも困難になると思われます
現代の薬物療法は症状をいかに抑えるか
それが目的になってしまっている傾向が強く
風邪の熱を解熱することだけを考えているようなものになります
どこまでも対処療法なので、薬による副作用が出ると
今度はその症状に対する薬が増えるというようなことになります
薬物療法は風邪の発熱をおさえる解熱剤のようなもので
対処療法であり、症状をおさえるだけであって根本治療ではありません
もちろん補助的には必要な場合もありますし
適切に使用すれば効果もあると思いますし
科学の進歩で薬物だけの治療も可能になっていくのかもしれません
しかし、薬物療法でなかなか効果が出ずに長期に病状が続く場合
さらに突っ込んだ治療が必要になると思いますが
現代の精神医療ではほとんどの場合そういう治療には進みませんし
薬物中心にならざるを得ないさまざまな事情もあります
しかし薬物以外にも様々な方法がありますから
私がしてきたこと今後書く予定です
薬物だけではなく、それらを併用していくことが
私は大切だと思っています
また根本治療とは病気の原因であるストレスそのものに対して
対処していくものですが
そういう治療を受けたことは1度しかありませんでした
先生はその時
「私は根本治療をする。薬は補助としてのみ使用する」
と明言して治療してくださりました
森田療法式の治療でしたが今も役立っています
私はいい医師に巡り合った経験もあり
根本的治療について考える機会を多く与えてもらいました
そういう経験が役に立てばと思います
話が色々になりましたが
うつ病は心の風邪ともいわれますが
病気とは正常な生体反応で、
病気になること自体は正常または自然であるということです
それは例えば紙に火をつければ紙が燃えるのと同じです
しかしその火に焼かれると自分は苦しいですから火を消さないとならないです
薬は消火器のようなものでしょう
しかし火が起こる原因がなくならない限りずっと消化し続けなければなりません
火が起こる原因を無くしてしまうか
火が起こっても自分で消化できるようにする
それが根本治療になると思います
身体はいろいろなサインを出して、自分が異常事態であると知らせると同時に
心身を防衛しますが、それが病状として現れます
しかし、うつ病など一部の難病といわれるものは原因も対処もわからないものなので
そういう部分で苦しむことになります
医療も実のところ原因のわかっていない病気は数多くあり
精神医療はまだまだ手探りの状態ですから
実際に今の精神医療では成果はそれほど上がっていないと感じます
私の経験が少しでも人の役に立てばと思います
私に効果があったのだから効果の出る人もあると思います
さて、ストレスとは負荷ですが
すべてが悪いものではなく、むしろ人の成長に必要なものです
弱いストレスばかりでは人の心身は成長せずに弱体化していきます
また強すぎるストレスは心身を壊していきます
適度なストレスが人を健康な状態にしていきますから
適度なストレスが各人にとってどんなものであるかを
個々で把握していく必要があります
そしてストレスに対して心身を成長させていくという考え方を身に付ける
それができればほぼ完治に向かうと思われます
自分自身もいまだ闘病中ですから今のところ予測しかできません
医学の父と言われるヒポクラテスは
「人は自分の中に100人の医師がいる」と言いましたが
自分で自分の体を治していく自己治癒力は本来備わっていますが
人はそれを忘れてしまったり、医療というものがそれに蓋をしている場合もあります
本来は自分で治せるものであり、
「自分自身に主治医を取り戻せることができればできあがりです」
とは昔の主治医の言葉です
ただ、病態が長期になっている場合は
恒常性(ホメオスタシス)が邪魔をする場合があります
これは多くの場合生活習慣や思考習慣、そして生体の習慣なので
長期に徐々に改善するほかありません
「悪い癖付けを治すのは、良い癖付け」
「100本ノックの練習。そのコーチを私がする」
というのが私の尊敬する昔の主治医の言葉ですが
経験のあるコーチのもとで
訓練を積み重ねることが治療になると思います
また仏教的に言えば「中道」ということになるでしょう
なぜ仏教が出てくるかという疑問があるかもしれませんが
仏と呼ばれる釈迦は「医王」とも呼ばれていました
字のごとく「医者の王」つまり心身の苦しみを取ることに優れた人だったからです
尊ばれたために「釈迦」に「尊」をつけて「釈尊」と呼ばれました
釈迦は悟りを開いたときに次のようであったとされます
「悟り」とは簡単に言えば「心身が安心した状態」です
苦しい修行をしたあと、川で沐浴していた釈迦は、ギーター(シタールという種類の楽器)の音とともに歌われるその歌詞を聞きました
「ギーターの弦が弱ければ音は出ないし、弦が強すぎたら切れてしまう。ちょうどよい強さがいい音になる」
そこで釈迦は苦行を捨て、怠惰にもならず、心身の安定を得るには「中道」であると悟ったと言います
ギーターは古いインドの弦楽器ですが、これがギターのルーツであるとも言われています
楽器はチューニングをして音を調整しますが
人もまたいい状態をするためにはチューニングが必要です
自分でできるようになるまでは人の助けも必要でしょう
それが私がしたいと思うことです
…
なお私はいわゆる一般的な資格を持つ医師ではありません
うつ病経験者として書いていますのでお間違え無いよう願います
しかし実体験に基づくものなので
経験譚や失敗談などを提供することで
治療の手助けとしていただければというスタンスで書いています
精神治療は医師または治療者との相性があります
名医と呼ばれる人でも相性次第では改善しないです
それは人それぞれ多様な原因のストレスを抱えているので
実際に難しいことだとおもいます
ひょっとしたら若い女性は同年代の女性と
沢山話をすることで治るかもしれないですし
子供が専門書を読んで治そうとしても頭痛がひどくなるでしょう
大人には絵本では治療にならないかもしれないです
その人に応じた相手に巡り合うことも大切な要素だと思います
悩みを受けっとってもらえる人と出会うこと
それはとても大切だと感じています
そして自分を笑顔にしてくれる人やモノすべてが
その人にとっての薬になると考えます
「笑いは副作用のない薬である」
「美しいものに触れること。副作用のない処方箋」
これも私の尊敬する医師のことばです
ではまた書きます