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ひろのすけ♪のブログ

ジャンルにはこだわらず興味あることや関心のあること。
そんな色々なものを整理して自分の忘備録的なものにしてゆきます。

その内容が他の人にも役立てば言うことはありません。
そんな感じで書いてゆきたいと思います。

うつ病の発生の原因は

多くの場合ストレスの負荷が高いために

心あるいは脳が疲弊してしまう状態だと思われます

 

これは日常生活に支障をきたす場合には病気と考えられます

しかし、どの病気もケガもすべては生体の正常な反応になります

 

例えば、怪我をして血が出るのは止血のためですし

風邪をひいて発熱するのはウィルスを撃退するための反応であり

それらはすべて生体の正常な反応です

 

そう考えるとうつ病というのも

生体反応が正常に行われているとも考えられます

つまり正常に機能しているからこそ病態が出るということです

 

この場合ストレスというのは本当に多種多様で

環境や家庭環境、遺伝、性格性質、経験、年齢、性別、考え方などなど

本当に多くの因子が考えられるのでそのストレスの負荷を計測することは難しいですが

うつ病チェックリストなどがあるようにある程度その負荷を測ることはできます

また、病態を見ればどの程度のストレスがかかっているかもわかると思います

 

他人から見れば大したストレスではないことも

繊細で責任感が強かったり、完璧主義的なストイックな頑張り屋さん

などはストレスを抱えやすいですし

傷つき疲れ果ててしまった状態ではなおさらです

 

大切なのは、その本人がどれだけのストレスをかかえているかですが

それを感じ取るのは難しいものです

 

例えば、10キロのお米があったとします。これがストレスの重さとします

筋肉が十分にある重量挙げの選手なら軽々と持ち上げるでしょうが

腕を骨折したかよわい女性には10キロは持ち上げることはできないでしょう

 

大切なのはストレスの因子や大きさと同時に

本人のストレス耐性の力です

 

その両者を見ながら進めていかないと本当の患者の姿は見えてきません

 

また注意したいのはストレス耐性ですが

1キロの重さのストレスがあったとします

 

普通の人なら1キロはほとんどの人が持ち上げられます

しかしうつ病の場合1キロが100キロにも感じます

 

そこで外見だけを見ると「弱い」「なまけている」

などと見られてしまいますが

本人も訳が分からず、なぜ1キロが持てないんだと混乱している状態です

 

心(脳)の疲れは目に見えないですから

その苦しみは他人はもちろん本人でも把握することが難しいです

ストレス耐性が高く、メンタルが強い人でも

時にそれが折れてしまうことがあります

 

ですから「メンタルが弱い」というだけでもありません

ストレス耐性が極度に弱っている状態は例えるなら

「心が骨折している」状態だとイメージすると理解しやすいです

 

骨折のイメージならまだし易いはずですが

強い負荷がかかって折れてしまった骨の治療には時間がかかります

その時に1キロを持てばまた骨折するというイメージです

 

ですから、本人は相当苦しみ、痛みに耐えながら

無理をしてがんばっていることも多いです

 

そもそも頑張り屋さんが多いため

「なまけている」自分を責めるので

他人からもそう見られたり言われたりすると苦しみます

 

しかし一方で「こんな状態でがんばっている自分がいる」

と自分を保っている場合もあります

 

そんな状態なので「自己肯定感」が低くなり自信を無くし

自分を見失っていくとますます治療が難しくなります

 

内面が見えないために誤解されやすく

さらに病状が悪化することもあります

そこまで行くと希死念慮なども生まれてきます

 

そんな中でなんとかじっと自分を守っている人も多いと思います

自分だけがこんな状態で、周りを見ると元気な人ばかりにも見えたりすると

共感ができず孤独感も出てきます

 

置き去りにされて、焦りや、不安、などが出てくると

それが新しいストレスを生むという悪循環になってしまいます

 

 

ストレスが特定できれば

例えば職場にストレスが強いなら職場と距離をとったり対処できます

ストレスを一時回避して、心の回復を待ちます

 

しかしそれがどうしようもない場合もあります

例えば家族や肉親のストレスは難しいケースです

一時的に入院も検討する必要もありますが

考え方の修正も必要かもしれません

 

現代精神医療の主流は薬物療法ですが

それはうつ病が脳の物質の異常が原因であると考えるからですが

私はすべてがそうだとは考えられません

なぜなら脳の異常は、風邪の発熱と同じように

風邪がウィルスに対する生体反応と同じように

うつ病や一部の精神疾患はストレスに対する生体反応だと思われます

 

つまり正常な反応です

そのサインを押さえてしまうと

逆に治療の見極めも困難になると思われます

 

現代の薬物療法は症状をいかに抑えるか

それが目的になってしまっている傾向が強く

風邪の熱を解熱することだけを考えているようなものになります

 

どこまでも対処療法なので、薬による副作用が出ると

今度はその症状に対する薬が増えるというようなことになります

 

薬物療法は風邪の発熱をおさえる解熱剤のようなもので

対処療法であり、症状をおさえるだけであって根本治療ではありません

もちろん補助的には必要な場合もありますし

適切に使用すれば効果もあると思いますし

科学の進歩で薬物だけの治療も可能になっていくのかもしれません

 

しかし、薬物療法でなかなか効果が出ずに長期に病状が続く場合

さらに突っ込んだ治療が必要になると思いますが

現代の精神医療ではほとんどの場合そういう治療には進みませんし

薬物中心にならざるを得ないさまざまな事情もあります

 

しかし薬物以外にも様々な方法がありますから

私がしてきたこと今後書く予定です

薬物だけではなく、それらを併用していくことが

私は大切だと思っています

 

また根本治療とは病気の原因であるストレスそのものに対して

対処していくものですが

 

そういう治療を受けたことは1度しかありませんでした

先生はその時

「私は根本治療をする。薬は補助としてのみ使用する」

と明言して治療してくださりました

 

森田療法式の治療でしたが今も役立っています

私はいい医師に巡り合った経験もあり

根本的治療について考える機会を多く与えてもらいました

そういう経験が役に立てばと思います

 

話が色々になりましたが

うつ病は心の風邪ともいわれますが

病気とは正常な生体反応で、

病気になること自体は正常または自然であるということです

 

それは例えば紙に火をつければ紙が燃えるのと同じです

しかしその火に焼かれると自分は苦しいですから火を消さないとならないです

 

薬は消火器のようなものでしょう

しかし火が起こる原因がなくならない限りずっと消化し続けなければなりません

火が起こる原因を無くしてしまうか

火が起こっても自分で消化できるようにする

それが根本治療になると思います

 

身体はいろいろなサインを出して、自分が異常事態であると知らせると同時に

心身を防衛しますが、それが病状として現れます

しかし、うつ病など一部の難病といわれるものは原因も対処もわからないものなので

そういう部分で苦しむことになります

 

医療も実のところ原因のわかっていない病気は数多くあり

精神医療はまだまだ手探りの状態ですから

実際に今の精神医療では成果はそれほど上がっていないと感じます

私の経験が少しでも人の役に立てばと思います

私に効果があったのだから効果の出る人もあると思います

 

 

さて、ストレスとは負荷ですが

すべてが悪いものではなく、むしろ人の成長に必要なものです

 

弱いストレスばかりでは人の心身は成長せずに弱体化していきます

また強すぎるストレスは心身を壊していきます

 

適度なストレスが人を健康な状態にしていきますから

適度なストレスが各人にとってどんなものであるかを

個々で把握していく必要があります

 

そしてストレスに対して心身を成長させていくという考え方を身に付ける

それができればほぼ完治に向かうと思われます

自分自身もいまだ闘病中ですから今のところ予測しかできません

 

医学の父と言われるヒポクラテスは

「人は自分の中に100人の医師がいる」と言いましたが

自分で自分の体を治していく自己治癒力は本来備わっていますが

人はそれを忘れてしまったり、医療というものがそれに蓋をしている場合もあります

本来は自分で治せるものであり、

「自分自身に主治医を取り戻せることができればできあがりです」

とは昔の主治医の言葉です

 

ただ、病態が長期になっている場合は

恒常性(ホメオスタシス)が邪魔をする場合があります

これは多くの場合生活習慣や思考習慣、そして生体の習慣なので

長期に徐々に改善するほかありません

「悪い癖付けを治すのは、良い癖付け」

「100本ノックの練習。そのコーチを私がする」

というのが私の尊敬する昔の主治医の言葉ですが

経験のあるコーチのもとで

訓練を積み重ねることが治療になると思います

 

 

また仏教的に言えば「中道」ということになるでしょう

 

なぜ仏教が出てくるかという疑問があるかもしれませんが

仏と呼ばれる釈迦は「医王」とも呼ばれていました

字のごとく「医者の王」つまり心身の苦しみを取ることに優れた人だったからです

尊ばれたために「釈迦」に「尊」をつけて「釈尊」と呼ばれました

 

釈迦は悟りを開いたときに次のようであったとされます

「悟り」とは簡単に言えば「心身が安心した状態」です

 

苦しい修行をしたあと、川で沐浴していた釈迦は、ギーター(シタールという種類の楽器)の音とともに歌われるその歌詞を聞きました

「ギーターの弦が弱ければ音は出ないし、弦が強すぎたら切れてしまう。ちょうどよい強さがいい音になる」

そこで釈迦は苦行を捨て、怠惰にもならず、心身の安定を得るには「中道」であると悟ったと言います

 

ギーターは古いインドの弦楽器ですが、これがギターのルーツであるとも言われています

楽器はチューニングをして音を調整しますが

人もまたいい状態をするためにはチューニングが必要です

 

自分でできるようになるまでは人の助けも必要でしょう

それが私がしたいと思うことです

 

 

なお私はいわゆる一般的な資格を持つ医師ではありません

うつ病経験者として書いていますのでお間違え無いよう願います

しかし実体験に基づくものなので

経験譚や失敗談などを提供することで

治療の手助けとしていただければというスタンスで書いています

 

精神治療は医師または治療者との相性があります

名医と呼ばれる人でも相性次第では改善しないです

それは人それぞれ多様な原因のストレスを抱えているので

実際に難しいことだとおもいます

 

ひょっとしたら若い女性は同年代の女性と

沢山話をすることで治るかもしれないですし

 

子供が専門書を読んで治そうとしても頭痛がひどくなるでしょう

大人には絵本では治療にならないかもしれないです

 

その人に応じた相手に巡り合うことも大切な要素だと思います

悩みを受けっとってもらえる人と出会うこと

それはとても大切だと感じています

 

そして自分を笑顔にしてくれる人やモノすべてが

その人にとっての薬になると考えます

 

「笑いは副作用のない薬である」

「美しいものに触れること。副作用のない処方箋」

これも私の尊敬する医師のことばです

 

ではまた書きます

 

 

 

 

 

 

 

彼女からメッセージだけではなく通話をして悩みを聞いてほしい

との連絡がきた

 

メッセージにはメッセージの

会話には会話の

対面には対面の良さがあって、

どれが一番いいかとは言えないにしても

やはり会話ができる状態のほうが相手の心の動きがとらえやすいので

こちらも適切な相談ができると思います

 

カウンセリングにはいろいろな種類があるのですが

 

よく使われる方法は

来談者中心療法や傾聴カウンセリング

 

指示ではなく、

自らが回復していく力をやしなう支持に力点がある

 

でも、僕は

通常の会話の中でもうまくすれば十分に

その効果を出せると考えています

 

「う」うなづく

「め」目を見る

「ら」ラストまで耳を傾ける

「い」一生懸命に聞き入る

「す」スマイル

 

というのも一つの方法だけど

それは枝葉の話で

その肝心なことは、相手の話を自分のことのようにして

一体になるくらい真剣に聞くことなのだと思います

 

鍼灸の先生が

 

「沈密厚重 如対至尊(じんみつこうじゅう にょたいしそん)」

その意味は

「しっかりと心を込めて施術する まるでこの世で一番尊い人に対して行うように」

 

という言葉が施術者が患者に対して行う心構えだと聞いたのですが

その心構えにも通じるように思います

 

精神療法は直接生死を分けるような大事には至ることはほとんどないですが

自分の経験では、心身が弱り切っている患者にとっては

言葉は本当に強い力を持ちますから

場合によっては、その会話が人生に大きな影響を与えますし

その後の治療の良しあしにも関わります

それはまるで心臓の外科手術のように繊細で危険が伴うことがあると感じます

 

なので細心の心遣いをもって

傷つき血だらけになった心を

優しく丁寧に癒してあげるように

傷口を押さえて、血をふき取って

清潔にして、場合によっては温湿布をするように

 

そんなふうに心の傷によりそってあげようと考えています

また、心の傷が思ったより深い場合には

ちょっとしたことでまた傷口から出血するように傷口が広がることも予想されます

トラウマについて思い出したりするとそういうことが起こりえます

 

なので、ストレスや悩み、トラウマの処理をすると同時に

日常会話でもなんでもいいので、

相手が少しでも笑顔になるような会話を挟もうと考えています

 

治療は「泣くこと」「笑うこと」ができるようになったら

それはかなり成功すると思います

「泣くこと」「笑うこと」で心は元気を取り戻していきますから

傷ついた心は固まってしまっていて、感情が鈍磨しています

 

あとは「吐き出すこと」が一番時間がかかる作業だと思います

何年もずっと吐き出せず、心のうちにしまってきたことがあるために

新しい考えや気持ちに切り替えることができにくくなっているものですから

まずはできるだけ吐き出す作業

それが終わってきたらやっと新しい考えが出てきます

 

あとは、心身の体力的な問題

ストレス処理や吐き出したりする作業は思ったよりエネルギーを使うので

まずは30分そして45分と伸ばして時間を区切ったりすることも必要です

 

最初に今日までの体調、今日の気分や

どのくらいの活動か、頭はすっきりしているかなどは確認したいです

水分も用意しておいたほうがいいでしょう

 

あとは、僕は医師ではなく治療をする主治医ではないので

主治医の治療方針は変更できませんし、妨げになるようなことはできません

 

僕はよく似た病状の経験者として

いわゆる「ピア・カウンセラー」として

また、友人として彼女を会話を聞くのが基本です

 

会話の中にできるだけ、僕が今まで経験した中で効果のあったことを織り交ぜる

でも、僕はそれが本来あるべき人と人とのかかわり方の基本ではないかとも思っています

 

人が相手に対して真剣に誠心誠意向き合うこと

それは相手と自分を大切にする関係です

 

あとここに仏教的な解釈を加えるならば

 

僕が考える仏教とは

「七仏通戒偈(しちぶつつうかいげ)」としてその精神が語られるように

 

 「諸悪莫作,衆善奉行,自浄其意,是諸仏教」

 (あらゆる悪をなさず,もろもろの善を実行し,

みずからその心を清らかにすること,これこそ諸仏の教えである) 

 

ということですが

つまりは、善を多く行い、悪を少なくして、心を清らかにすること

が心身の安楽になるということです。

 

では善とは何か、悪とはなにか

 

「ダンマパダ」に

「ある行為をして、そのあとにその行為をしてよかったと喜ぶなら善である」

「ある行為をして、そのあとに後悔して苦しむならば悪である」

 

という一節があります

これは仏教的善悪観をよくあらわしているように思います

 

これを別の言葉で何というかというと

それが「慈悲」ということになると思います

 

慈悲を訳すると「抜苦与楽」という言葉に置き換えられます

「慈」とは「与楽」つまり楽を与えてあげることです

「悲」とは「抜苦」つまり苦しみを抜き去ることです

 

これは上記に書いてきたように

心の苦しみを吐き出して「抜苦」

心を楽にさせる「与楽」という作業と同様のことです

 

つまり、心を楽にさせてあげる行為が「慈悲」となります

言い換えれば「心地よく」することです

そして、心地よい状態になると「笑顔」になりますから

慈悲がきちんと行われたら笑顔が必ず出ます

 

詰まるところは、カウンセリング云々の話よりも

この「慈悲」の考えこそが肝心で

この「慈悲」こそが人を幸せにするものだと私は考えています

 

そして、それは人であれば子供からお年寄りまで

だれもが行うことができます

 

ただし、相手を見極めて

時に応じて適切にしなければならないので

そこには経験や工夫などが必要になります

 

いくらこちらが「慈悲」のつもりで行っても

受け取り手が「笑顔」にならなければ、伝わったことにはなりません

それをどう相手に伝えるかが人にとって一生学んでいくものなのでしょう

 

後気を付けたいのは、

心が傷つき弱っているときには

なかなか自分から言葉を出すことが難しいですし

長期間にわたってそういう状態を経てきた場合それが定着していますから

なおさら困難です

 

仏教的に見れば人は「種」をもって生まれてきて

その種を発芽させて育て、成長させて花を咲かせるのが

人の生まれてきた意味や役割を果たすことになるのでしょうが

うつ病というのはその芽が強いストレスによって枯れた状態になって

自分では回復困難な状況になっているとイメージできます

 

花を育てるように適切な水分や養分を与えること

心を育てるために愛情や楽しみを与えることが

心の回復には必要です

 

今の患者の心の状態をできるだけ詳細に把握して

適切な栄養を適切な分量で与える

それがうまくいけば

 

芽は回復して徐々に心の動きを取り戻して

自から成長していこうとするはずです

 

私は人の本体は植物神経(自律神経系もしくは腸もしくは潜在意識)にあるとも考えています

その本体を回復させることを主眼としたいです

 

私が彼女を救うことが同時に私をも救うことになるだろうと思います

どうか経験を生かせますように。うまく導けますように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は症状が軽めだったが、作業所は予定通り午前中に切り上げた

今夜は友人が初めて企画する当事者会に誘われていたので

午後まで活動してしまうと夜までもたなくなるからだ

 

さて当事者会には8人集まることができた

6名は引きこもり経験者でみんなが共感できるような

悩みや、今後の不安

病気のことについてのシェア

世の中の理解が得られないこと

仕事をするにも環境が整っていないことなどなど

2時間にわたり活発な意見交換ができた

 

うち2名は作業所の運営者が参加していたので

障害を持っていたり、生きにくさを抱えている人が

どのように生活をしていくことができるかについても意見を交換した

 

特に病状や不自由な生活に合わせた

在宅ワークの模索やダイバーシティなどの話

 

今後は方向性を具体的にして

様々な障害を持ちながらも

それぞれが生き生きと生きていける環境について

形にしていきたいです