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ありがとうございますおねがい

 

 

 

なりたい自分になろう!

アラフォー主婦、ピアノ講師

2人の子供のママとして

 

キラキラキラキラ豊かな人生計画!

 

 

ピアノ講師  の     中村ひろ美  ですキラキラ

 

 

 

 

 

 

前回の記事はこちらです下矢印

第50話 お互いにないものを求める

 

お互いに気持ちを言い合わなくても通じ合えている

 

 

そんな関係が築きつつあったし、

 

 

どれだけ同じ時間を過ごしても全然飽きないキラキラ

 

 

こんな関係がずーっと続いて欲しいと思っていました。。。

 

 

 

そしてある日、、、

 

 

 

その日は帰りも遅くなってしまいその彼と一緒でした。

 

 

 

そして、次の日の早朝、今まで経験したことのない恐怖を

 

 

 

経験することになるのです。

 

 

 

1995年(平成7年)1月17日  5時46分。。

 

 

 

忘れもしない、阪神淡路大震災。

 

 

 

特にいつもと変わりない日常を送り、

 

 

 

寝静まりしばらく経った早朝。

 

 

 

下から突き上げられる衝撃と共に、

 

 

 

この世のものとも思えないほどの揺れを経験しました。

 

 

 

当時、大阪音大に通ってましたから、最寄りの駅は庄内駅という場所。

 

 

 

震源地からは離れていたものの、震度5強の激しい揺れに、

 

 

 

今にも天井が落ちてくるのではないかとの恐怖!

 

 

 

 

部屋の中はほぼ暗闇でしたが、薄暗い朝日の中には、

 

 

 

食器棚から全て落ちてきた食器が廊下に散らばり、

 

 

 

部屋の中に設置していたグランドピアノまで、

 

 

 

衝撃でだいぶ移動していましたし、外を見渡せば、

 

 

 

周りの小さなマンションは全壊していろところも・・・・

 

 

 

あの家の人は大丈夫だろうか、、、

 

 

 

これはただ事ではない・・

 

 

後から、時間が経つに連れて、テレビでは悲惨な状況だとわかった時、

 

 

 

大事な人との別れは突然にくることもある事

 

 

 

昨日、いや、さっきまで一緒に笑っていた人との永遠の別れがある事

 

 

 

もしそうだったとしても、こうしておけばよかったと後悔しても遅い事

 

 

 

今まで考えたこともないそのような恐怖が、

 

 

 

一瞬のうちにたくさん脳裏をよぎったのを憶えています。

 

 

 

そのような事があり得る状況の中で、この大事な人と無事でいられた感謝。

 

 

 

逆に、いられなかったかもしれなかったという恐怖。

 

 

 

今思うと、それは、今の私の頭の中のどこかに、その日からずっと

 

 

 

あるもので、今後のそれからの人生においても、大切な人との別れを通して

 

 

 

心に、より強く思うきっかけとなったのですキラキラ

 

 

 

どんな選択にしろ、なるべく、

 

 

 

後悔のない人生を、

 

 

 

たとえ、そうじゃなかったにしても、

 

 

 

それを責めるばかりじゃなく、受け入れられる自分でありたい

 

 

 

と思いますキラキラ

 

 

 

そして、この時、守ってくれた大切な彼とはどうなったのか?!

 

 

 

また次回におねがい

 

 

 

ありがとうございましたハート

 

 

次回の記事はこちらです下矢印

第52話 当たり前じゃなく、それは奇跡だ