娘を返してはほしい。
その一心で部屋の外にでたものの
やはり、人と目をあわすのは怖い。
下を向きなるべく人を見ないようにする。
怖い。早く部屋に戻りたい。
今考えると私は異常だった。
娘を見つけたものの人ごみの中心にいた。
あそこには行けない。足がガクガクする。
冷や汗がどんどん出る。
すると背後から声をかけた人がいた。
義父の双子の弟の奥さん
叔母である。
「ああ~ヒロ。かわいそうに。
人ごみは今はきついだろうから、こっちおいで」
私の肩を抱き人がいないキッチンへ連れて行った。
叔母はアメリカで看護婦をしている。
私をいすに座らせ
おもむろに話し始めた。
「お産が終わって、すぐにここに来たからしょうがないのよ。
この時期は誰でも精神的に不安定な時期なのよ。
だから誰でも産後にあなたのような症状が出る可能性があるのよ。
でも、大変だったでしょうね。今まで。
知らない国で急に色々環境がかわったから、
ビックリしてるんでしょう。心が・・・・
自分がおかしい事を責めないで、こんな時期なんだから
しょうがないと大きく構えると
気持ちが少し楽になるわよ。」
と話してくれた。叔母は続けて
「c(義母の名前)は、一緒に住むには難しい人だから
それもきっと影響が強く出ているのね。私もヒロと同じだったからよくわかるわ。
慣れると理解できるけど、慣れないと辛いよね。」と叔母
実は叔母も義父母と居候生活をしたことがあったのだそう。
叔父(義父の弟)の仕事の関係で昔イギリスにいたとき、
家を見つけるまでの間、一緒に住んでいたそうだ。
1年近く共同生活を送っていて、叔母もノイローゼ気味になったそう。
原因は義母のこだわりや家のルールや掃除など、
私とまったく同じ内容であった。
当時叔母も小さい子供を連れていたのでとても大変だったらしい。
直接何かを言われるのではなく、精神的に追い詰められていくところが
私と同じだった。
叔母にはもちろん私の話はしていない。
叔母と話して、少し楽になった。、
いつも頭の中にあった「私はいい嫁でないといけない」という
プレッシャーをなぜ感じていたか、なんとなく理解できた。
「c(義母)は人にプレッシャーを与えていることに気づかないのよ。
悪気があるわけではないの。
ただ、人を動かすのに心理的に追い詰める傾向が
無意識のうちにあるから
プレッシャーを感じたら、
まともに受け取らず
かわしたり、
流したりして、自分の心を保つと良いわよ。」そうアドバイスをくれた。
うつ病も
義父母の期待に答えられない自分も、
みんな私だけではない。
そう思ったとき、何かが軽くなった様に感じた。
みんな同じなんだ。
そして前が少しずつ見れるようになっていくのである。