こんばんわ(*^^*)

沢山のすったもんだを抱えた日本オリンピックが終わりました。

閉会式を途中まで観ましたが......zzz      

 

 

学生時代にバスケをやってましたので女子バスケに注目。フランス戦からテレビで観戦してました。ともかくアシストが素晴らしかったポーン

町田さんは身長が162センチ

後ろが視えているとしか思えないノールックで自身の真後ろへのパスを観せて頂き

芸術的なパスに魅せられて感動しウルウルぐすん

オリンピックの裏側が露骨に出た東京オリンピックではありましたが、すべてのアスリートの皆様ありがとうございました。

 次回のオリンピックは2024年ですね(夏季)・・・2024年はアメリカ大統領選もあるし日本は

さぁ~どうなるんでしょうか?楽しみピンクハートラブラブです。

 

画像はネットからお借りしています

 

 

 

明治以降、日本は太陽暦(グレゴリオ暦)になりましたが、それ以前は太陰太陽暦(旧暦)でした。日本で自然とむきあっていくには旧暦が断然良いという農に携わっている方の2013年の記事です。

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皆さんは日本の国暦が明治五年(1872年)まで太陰太陽暦だった事をご存知ですか?

太陰太陽暦って、月が地球を一周するのにかかる29.53日の12ヶ月分に相当する354日と、地球が太陽を一周するのにかかる365日に生じる差11日をうまく工夫して、月と太陽の両方の運行を考慮した非常に高度で科学的な暦なのです。四千年程前から中国の黄河流域で「農暦」として使われていたものが、六世紀後半に日本に伝来し公式に使われ始めました。以来中国との間に2日の誤差が生じたため数回の修正を試みるなどし、天保十三年(1842年)には天文学的にも世界で最も正確な太陰太陽暦となったそうです。

こんなすばらしい国暦を持ちながら、明治五年、欧州から開国をせまられ先進文化や富に目のくらんだ新政府は、「明治五年十二月三日を以って、明治六年一月一日とする」という太政官布告を出し、突然この国の暮らしを太陽暦(今の西暦)に引き込んだのです。しかも相当な反対勢力があったにもかかわらず大隈重信と福沢諭吉が断行したというのです。 以来、自然と共にある日本の伝統行事や、農・漁・林業等が混乱をきたし続けているのは当然の事です。現在でも1ヶ月のズレが生じているのですから。

私達が数年畑仕事をしながら感じてきた疑問についても、これで納得できました。うちの畑でも、花の咲く時期、虫や鳥の出現は、新暦にはまったくあてはまらず、旧暦の太陰太陽暦の方でぴったり合います。ここ日本で自然と向き合うには絶対旧暦です! …しかし現代のグローバル通貨社会、新暦と向き合わねばならないのはいた仕方ないのかも… せめて経済活動から離れた時くらい、日本に棲む人間という生き物になり、幸せな気分で旧暦に身をゆだねてみませんか?~~~

 

七夕の節句の奥儀には日本に古くから棚機(たなばた)と呼ばれる神事があった事を

はせくらみゆきさんの記事で知りました。旧暦での棚機(七夕)今年は8月14日です

 

 

~~~実はそれ以前から原型のかたちが、

我が国の中にすでにあったのです。

 

それは…古事記における重要な場面の形代で、

天照と素戔嗚の誓約(うけい)のシーンです。

 

伊邪那岐大神(創造神)より、

海原を治めよと云われたのに、

母恋しさに、黄泉の国へと行くことを望んだ素戔嗚が、

 

姉が住む高天原に報告に行った際、

身の潔白を証明するために、天の真名井で誓約をして、

それぞれの物実(ものざね=ものを生み出す種)から

尊い五男神と、三女神がお生まれになった、

という物語が、七夕の根底には流れていたのです!~~~

 

祖先を迎えるための禊の機織りや疫病を払う行事でもあったそうです。

 

~~~じつは日本にも昔から、この時期に行う特別な機織りの行事があった。それは祖霊を迎える準備の一環として、人里離れた水辺の小屋にこもり、乙女が祖霊にささげる布を織る風習だった。この布を織る乙女は「棚機女(たなばたつめ)」と呼ばれ、これが七夕の読み方のルーツになっている。夏の水不足から作物を守ってほしい、疫病から人々を守ってほしい、そうした祈願をこめ祖霊を迎える行事が、仏教伝来ののちにお盆(盂蘭盆)とも結びついていく。

ちなみに神にささげる布を織る乙女は、日本の神話において重要なモチーフのひとつ。例えば古事記や日本書紀で、スサノオノミコトが天界で暴れる場面にも、神にささげる布を織る乙女が登場する。スサノオノミコトは神聖な機織りの館の屋根に上り、中へ皮をむいた馬を投げ込み、これに驚いた機織りの乙女が驚いてけがをして死んでしまったため、スサノオノミコトの姉であるアマテラスオオミカミが天岩戸に隠れてしまう。この大事件を起こしたスサノオノミコトは、手足の爪を抜かれて天界から追放される。機織りの乙女を汚すことの罪がどれほど重いかがうかがえる。

(中略)

七夕の短冊は歌にもあるとおり、陰陽五行に基づいた青、赤、黄、白、黒(紫)の5色で、それぞれが「木、火、土、金、水」の5つの要素を表している。この5色は七夕だけでなく、日本のさまざまな行事に用いられており、魔除けとして強い力を持つと信じられていた。七夕には魔を払う、疫病を払うという役割もある。昔、七夕飾りを川や海に流したのは、穢れを払い、無病息災を願う意味から。現代では川や海に流すところは減ったが(流す地域はあとで回収する)、形変われど思いは同じ。5色の短冊に思いを込めて、現代も全国各地で七夕祭りが行われている。~~~

 

「棚機(七夕)」が仏教と神話が融合していたというのは自然だと思います。そもそも日本は

神仏習合(しんぶつしゅうごう)で岩木山神社にも真言宗のお寺がありました。それが普通だったのですが国家神道として政治利用の為に神仏習合が廃止された側面があります。

驚くべきことは天皇家の菩提寺は京都の泉涌寺だということ。

 

話がそれすぎました滝汗 ので  

無理やりまとめ(笑)

棚機に短冊を作ってコロナにありがとうの感謝とコロナ劇場に、さようならを祈りますキラキラ