埼玉県のとあるベッドタウンで、高熱を発し、光を嫌い、痙攣を起こしながら倒れる住民が続出、これがほぼ撲滅されたはずの日本脳炎と診断されたところから、物語の本編が始まる。
市保健センターの職員・小西、夜勤のパート看護師・房江、一匹狼の医師・鵜川、この三人がこの物語の主人公。
特異な症状や一向に収まらない感染に、現場は「これはただの日本脳炎ではない」と直感するも、前例主義の行政の方針で感染源とされる蚊の駆除など通り一遍の対策しか行えない。患者を引き受ける大学病院からも圧力がかかって身動きが取れずにいるその間にも、ウイルスは住人の肉体と精神を蝕み続けていく。
これ、どうしても、コロナ禍と重ねて読んでしまうよね。
COVID-19も、当初は中国・武漢で発生した謎のウイルスで、告発しようとした医師が圧力をかけられたり、医療従事者が次々感染したり。中国の生物兵器説や米国の陰謀説なんてのもあって、相手の正体が分からないまま対応が後手後手にまわった。
ヒステリックにワクチン反対を叫ぶ人々がいるのも一緒、自分の意思で打たなければいいだけなのに、なぜかワクチン接種そのものをを邪魔しようとする。
副反応に目をつぶってでもワクチンを打つのが合理的な判断なのに「ウイルスで死ぬのは個人の問題、副反応で死んだら行政の問題」として自らリスクを負うことを嫌い、前例通りの対応しかしようとしない官僚も、今に共通する。
いかにもやる気のない小役人っぽかった小西、肝っ玉母さん風の看護師・房江、当初はワクチン反対を唱えていたサヨクの医者・鵜川、この意見も立場も違う現場の人間3人が協力して、感染経路の特定と感染防止に奔走する。脇役の永井所長や於事務の青柳も、肝心なところで意外な優秀さを発揮する。問題解決に向けて実践的かつ有効な対応をとれるのはやはり市井の人だ。
警鐘の書、緊迫のエピデミック・ストーリーであるとともに、頼りにならない政治家や官僚、大病院に代って、地位も権力もない平凡な人が思わぬ成長と活躍を見せる、痛快なエンタメ小説でもある。