「死神の棋譜」(奥泉 光) 芥川賞作家が描く将棋ミステリは不詰めの詰将棋のような後味の悪さ | 「晴走雨読」 廣丸豪の読書日記

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廣丸豪(ひろまる・ごう)と言います。日々の読書生活や、気に入った本の感想などを気ままに綴ります。

死神の棋譜

 

―負けました。これをいうのは人生で何度目だろう。将棋に魅入られ、頂点を目指し、深みへ潜ってしまった男。消えた棋士の行方と魔の図式の謎を追って、北海道の廃坑から地下神殿の対局室まで旅が始まる。芥川賞作家が描く傑作将棋エンタテインメント。(「BOOK」データベースより)

 

引用した「BOOK」データベースの書評が薄く感じてしまう、ただの傑作将棋エンタテインメントではない。奥泉さんのミステリーは「雪の階」に続いて2冊目なのだが、これは前作以上のスケールの大きさ、芥川賞作家がこんなミステリーを!と素直に感心した。

 

主人公は奨励会でプロ棋士を目指すも夢破れ、今は将棋のライターとなった北沢。物語は鳩森八幡神社の将棋堂に刺さった矢文に括りつけられた不詰の詰将棋図から始まる。

矢文を発見、将棋会館に持ち込んだ奨励会会員の夏目三段が失踪する。実は20年前にも同じような失踪劇があったという話を元奨励会員の先輩、天谷から聞き、北沢は北海道の山奥に存在する将棋教の地下神殿の存在を知ることになる。

 

この北沢くん、ホームズ役としてはかなり頼りない。失踪した夏目を追って北海道の廃坑の洞窟にある地下神殿まで行ったはいいが、神殿に現れた将棋盤がゼリー状になって駒がズブズブと升目の地下に潜ったり、「磐」とか「死神」とか、将棋に無い駒が出て来てたり、いつの間にか自分が将棋の駒になってたりといった幻想を見ることになり、かなり精神的に危い。

この時は、同行していた夏目の妹弟子の玖村麻里奈女流二段に助けられ、かつ洞窟で夏目の遺体を発見する。ともに夏目の死の真相を探る仲間として、やがて玖村と男女の関係となった北沢は、恋心を利用され玖村に手の上で転がされることになる。

 

序盤の展開は、かなりオカルティックな将棋をテーマにしたファンタジーを思わせるが、二十年前の事件に絡んだ麻薬犯罪で南米ボリビアに高跳びしていたと思われる天谷が不審な客死を遂げ、やはり夏目の死に不信を抱いていた玖村の兄弟子の山木も自分の車の中で焼死、事態は将棋関係者を被害者とした連続殺人事件となり、やがて北沢と思われる人物が作中の死神の衣装を纏った錯乱状態で廃坑で発見される。

 

結局すべての黒幕は間違いなくあの女で、被害者はプロ棋士を目指すも夢破れた男たち。みんな彼女の描いた絵図の中で踊らされていたということ? 主人公の北沢を筆頭に、だれが真実を語っているのかわからない、結局真相は読者自身が想像するしかないのだが、この話自体が不詰みの詰将棋のような、後味の悪さを感じる。

私自身、著者の意図を余すところなくくみ取れたとはとても思えないが、さすが大御所、芥川賞作家の奥泉さん、すごいものを書くなー。

 

これにて、昨年末の「このミス!」「ミステリが読みたい!」「文春ミステリー」の1位から10位までの作品をすべて読了しました。