「心淋し川(うらさびしがわ)」(西條奈加)「人生ってさほど悪くないんじゃね」納得の直木賞受賞作 | 「晴走雨読」 廣丸豪の読書日記

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廣丸豪(ひろまる・ごう)と言います。日々の読書生活や、気に入った本の感想などを気ままに綴ります。

心淋し川

「誰の心にも淀みはある。 でも、それが人ってもんでね」
江戸、千駄木町の一角は心町(うらまち)と呼ばれ、そこには「心淋し川(うらさびしがわ)」と呼ばれる小さく淀んだ川が流れていた。 川のどん詰まりには古びた長屋が建ち並び、そこに暮らす人々もまた、人生という川の流れに行き詰まり、もがいていた。。。

 

私は文京区小石川の生まれで、この界隈は、地元とまでは言えないが土地勘あり。お話の舞台となる根津や千駄木は、今でこそ台東区谷中と合わせて谷根千と呼ばれ、人気スポットになっていますが、江戸時代はお隣の本郷までが江戸のうちで、この界隈は街はずれ。 明治になって本郷に帝国大学ができ、根津神社門前の色街が洲崎に移転になるまでは、文化の香りなど全くしない土地柄だったようです。

地形的には台地に挟まれた低湿地、不忍池にそそいでいた藍染川の川跡は今でもたどれますが、他にも川筋だったと思われる道が何本かあって、そんな中の一つが、この心淋し川だったのでしょう。

 

そんな街に流れ着き、そこで暮らす訳ありの人たちの人生を描いた、「心淋し川」「閨仏」「はじめましょ」「冬虫夏草」「明けぬ里」「灰の男」の短編連作が6編。

 

いずれも劣らぬ秀作ぞろいなのですが、特に面白かったのは、ユーモラスな「閨仏」。なぜか不美人ばかりを4人も妾にして一つ屋根の下に住まわせる八百屋の六兵衛さん、最年長ですっかり閨にお呼びがかからなくなったりきは、六兵衛が持ち込んだ張形に悪戯心から小刀で仏像を彫るのだが、これが意外な評判になる。

 

「はじめましょ」では、この地で飯屋を営む与吾蔵が、かつて手酷く捨てた女が口にしていた珍しい唄を口にする女の子に出合い、もしや自分の子ではと声をかける人情噺。

 

各話で住人たちの世話を焼く街の差配さんが主役になるのが最後の「灰の男」。彼の訳ありの人生が明らかになるとともに、各話にちりばめられた伏線が回収される、連作としてもうまい。

 

登場人物はいずれも世間一般の基準からすれば幸の薄い、悪く言えば底辺を生きる市井の人たち、でも「人生、大変だけど、それほど悪くもないんじゃね」と思わせてくれる、納得の第164回直木賞受賞作です。