小説を書く芸能人は数あれど、本作は正真正銘の元アイドル、SKE48の1期生にして不動のツィン・センター、W松井の一人、松井玲奈のデビュー作。直木賞候補になったセカオワのSAORI、乃木坂46の高山一実の作品は、いずれも自叙伝的な、自らの体験をネタにしたっぽいものだった。でも本作は全く違う、普通に創作された、多彩な内容の短編集である。
「ハンドメイド」の主人公は婚約者のいる男のセカンドに甘んじる女が主人公。ホテルで会って身体を重ねるだけの関係、その彼とホテルで食べる用の弁当をせっせと作る彼女。。。
「ジャム」の主人公は少年、そのお父さんやお母さんが分身を吐き出しては処分するという、奇想のホラー。
「いとうちゃん」はメイドになりたい一心で上京、メイド喫茶で働き始めるもストレスからくる過食でデブになってしまういとうちゃんの話、結末というか、オチがコミカル。
「完熟」は、少年時代に田舎で過ごした夏休みに出会った、一心不乱に桃にかぶりつく年上の女を忘れられず、桃を食べる女フェチになってしまった男の話。
「リアルタイム・インテンション」は、人気のYouTuber三人組が、本音を吐露してしまう“本音ダシ鍋”を食し、生配信中に喧嘩を始めてしまうというナンセンスでコミカルな話。
「拭っても、拭っても」は異常なまでに潔癖症の男と付き合い、彼に合わせて自分も潔癖症になったものの、理不尽にも振られてしまった三十路女の話。果たして彼女は潔癖症を克服できるか、風変りな失恋と復活の物語。この中では本作が一番本格的な恋愛もので、面白かったかな。
それにしても多彩で多才、全くタッチの違う短編が6作品。一つ一つの作品の出来栄えはともかく、元アイドルらしからぬ短編集である。これならNEWSの加藤シゲアキさんのように、これからもいろいろなものを書けるだろう。今後の彼女の進化に注目したい。