沈黙読書会で見かけた『熱帯』は、なんとも奇妙な本だった!謎の解明に勤しむ「学団」に、神出鬼没の古本屋台「暴夜書房」、鍵を握る飴色のカードボックスと、「部屋の中の部屋」…。
東京の片隅で始まった冒険は京都を駆け抜け、満州の夜を潜り、数多の語り手の魂を乗り継いで、いざ謎の源流へ―!
(「BOOK」データベースより」)
森見登美彦さんといえば、クサレ大学生や、狸やら天狗やらが出てくるファンタジー、京都を舞台にしたユニークでコミカルな作風の作家さん、そんなイメージが強いのだが、この作品は、「きつねのはなし」「宵山万華鏡」、そして「夜行」の流れをくむ不思議な世界観の小説、それも過去のどの作品をもしのぐ長編の奇書である。
「夜行」に続いて第160回の直木賞候補になったが、案の定受賞できなかった。選考委員の方々がこの風変わりな作品にどんなケチを付けたのか、あるいは賞に押した方はいたのか、大いに気になるところである。
さて、本書のストーリーであるが、冒頭いきなり森見登美彦氏本人が登場、小説が書けないと言いつつ呑気にぶらぶら過ごす彼が、友人に誘われ「沈黙読書会」なるあやしげな読書会に参加するところから物語が始まる。その読書会は、参加者が謎を持った本を持ち寄り、その謎について話し合うらしい。登美彦氏は昔古本市で見つけた佐山尚一の「熱帯」という本について語ることにした。無人島に流れ着いた男の物語だが、その不思議な世界観に引き込まれ、大切に読もうと思った矢先に本を紛失、その後古書店などを回っても手に入れることがかなわなかった本である。
その読書会で、登美彦氏は「熱帯」について語る女性、白石さんに出会う。ここからは白石さんの体験談になる。白石さんは、同じく「熱帯」を探す池内さんと知り合い、池内さんに「学団」と呼ばれる「熱帯」の同士の会を紹介される。学団のメンバーは、池内さんの他男性2名と千夜さんという女性、いずれも「熱帯」を最後まで読んだ人はいない。定期的に集まっては、それぞれの記憶を頼りに「熱帯」を復元しようとしているが、物語のある個所から先は全員の記憶があいまいで、作業は暗礁に乗り上げているのだという。
白石さんが思い出した「満月の魔女」が住む宮殿の情報で復元作業は進展し、それをきっかけに、千夜さんは「熱帯」の謎が京都にあると確信したらしく京都へ旅立つ。それを知った池内さんも京都に向かい、相次いで消息を絶つ。数日ののちに届いた池内さんのノートを手に、白石さんも京都へ向かう。
ここで、主人公はノートに書かれた手記の中の池内さんとなる。彼は千夜さんの消息を追い、骨董屋の主人のナツメさんや満月の魔女の絵を描いた画家の孫にあたるマキさん、「熱帯」の作者・佐山尚一の友人の今西さんに出会う。骨董屋で見つけた謎のカードボックスに導かれ、マキさんたちの助けも借りながら、池内さんは千夜さんの父親・永瀬栄造氏の書斎に行きつく。栄造氏は佐山尚一と親交があった。千一夜物語の蔵書溢れる書斎で、触発された池内さんは、物語を紡ぎ始める。
序盤はワクワクしながら読んだのだが、中盤以降複雑になる展開に、なんとか頭を整理しながらストーリーを追った。でも、理解できていたか自信なし、第三章あたりからリアリティが薄れていくような錯覚に陥り始めた。
さらに第四章は池内さんの描く物語の世界になる。記憶喪失の青年が南国の孤島に流れ着き、そこで「熱帯」の著者である佐山尚一と出会う。ネモと名付けられた青年は、想像の魔術を使って島を作ったりできる。ということは、ネモはこの話の作者である池内さん自身という事か。
永瀬栄造氏が魔王で、魔王の娘が千夜さん?実在の登場人物っぽい人が次々と登場しながら、奇妙な物語が延々と続いていく。
もう、冒頭の登美彦氏はどこ行っちゃったんだみたいな感じ。話が熱帯の島々に飛んだ時点で、この500頁を超す大書はまだ半分を残しており、私は深く考えるのを諦め、ひたすら文字を追い、ページを繰った。登美彦氏自身も、さほど深く考えずに、ただただオモチロイ話を書こうとしただけ、そう思うことにして、とにかくこの本を読了した。
物語の最後で、ネモくんは世界を救うために、熱帯の島から永瀬栄造氏がいる京都・吉田山の節分祭の夜へ飛ぶのだが、あれれ、なぜ京都?話が振出に戻ったか。その後、話は栄造氏から終戦前後の満州にも飛ぶのだが、うーん、この話、どこまでどうつながっていくのだろうか。
この作品は「千一夜物語」のオマージュであるらしい。「千一夜物語」というと、自分は、アラジンやシンドバット、ディズニーの範疇に毛の生えた程度の知識しか持ち合わせないのだが、このシェハラザードが残忍な王に語る寝物語には、後日色々な経路で迷い込んだ物語の中の物語がたくさんあり、物語の中でまた物語が語られるような複雑なことになっているそうである。
で、結局、この本が何を意味するのか良くわからなかったのだが、森見さん、無限ループのネバーエンディングストーリーという、この小説そのものが主人公の、この小説の構成そのものの面白さみたいなものを書きたかったのかなという気がしないでもない。できれば読者の頭にのキャパに合わせて、後半のファンタジー部分をもっと短く、分かりやすくまとめてくれるとありがたかったのだが。
再読すればもう少しちゃんと理解できそうなのだが、今はその気力がわかない。まあ、文庫本化された時にでも読んでみるとしようかと思っている。