舞台は江戸時代の小藩である北見藩。名君として誉れが高かった父・北見成興(なりおき)の死後、その後目を継いだ若き藩主・北見重興(しげおき)が、乱心の気があるとして家臣に強制隠居させられ、専横を極めたとして側近も処断された。お家騒動の話かなと思わせる導入部から一転、重興の身に別の人格が現れるという奇怪な現象がおきる。さらに、侍女を斬り捨てたとか、先代・成興も実は重興に殺されたとか、重興に纏わる不穏な噂。また、近くの湖で子供の頭蓋骨まで発見され、、、
Multipul Personarity Disorder、解離性同一障害、いわゆる多重人格症ですね。この病気、発症の原因は幼児期に受けた性的虐待であることが多いらしい。ということで、上巻を読み終わった時点で怪奇現象の原因が想像でき、下巻の中ほどでほぼ大筋は読めてしまった。その後にどんでん返しがあるかもと読み進んだが、そんなこともなく、下巻の後半はハッピーエンドにむけての伏線の整理でした。
昔は精神病に関する医学知識なんてないから、中世ヨーロッパの魔女狩りとか、日本でいえば狐憑きとかって、こういうものだったのではないでしょうか。ところが、この小説の藩医は、どこで勉強をしたのかその方面に知識のある人で、重興の心の闇を解きほぐし、謎を解き、トラウマになっていた閨の事まで快癒させる。
英語の勉強用に、シドニィ・シェルダンの「Tell me your dream」という、この解離性同一障害に罹った女性を主人公にした小説を読んだことがあるのですが、いや、この小説はものすごかった。男のアレを切っちゃう残虐極まりないシリアル・キラー、それでいて本人は全くその自覚がない。
サイコ・ミステリーに恋愛要素まで加えた盛りだくさんな時代小説だけど、個人的には、重興が虐待される様子とか、重興の別人格の一人である羅刹の暴れっぷりとか、もう少しゴツゴツと、生々しく描写していただけたらもっと迫力ある小説に仕上がったのではと思う。まあ、これは趣味の問題ですけど。
意欲的な題材を綺麗にまとめた、宮部さんの時代小説らしい作品でした。
