主な登場人物は、貧しいが大学卒業時に恩賜の銀時計を貰うほどの秀才・小野と、その養い親の井上狐堂先生と、その娘で小野の婚約者っぽい小夜子。傲慢で虚栄心の強い美貌の女性・甲野藤尾と、その兄でうつ病っぽい欽吾と、裏表のある性格の欽吾・藤尾の母。そして快活で剛毅な外交官志望の宗近とそのしっかり者の娘、糸子。
小野、欽吾、宗近、藤尾、糸子、小夜子の男女6人の青春群像劇、当時としてはかなり新しい話だったのではないだろうか。
婚約者っぽい宗近と秀才の小野を手玉に取ろうと駆け引きをする藤尾と貧しく古風な恩師の娘を袖にして金持ちで美人の藤尾とくっつきたい小野。義理と人情の板挟みになった気弱な小野は、友人を使って一気に小夜子との仲の幕引きを図るが、宗近の鮮やかな説得に会い、自らの卑怯さに気づく。なにやら難しい欽吾や小野に比べ、宗近の行動力のなんとも爽やかなこと。
クライマックスで藤尾の死という悲劇が待っているのだが、それがあまりに唐突である。夏目漱石はなぜ彼女を殺したのか。彼自身が藤尾のような女を許せない、そういう心持ちの人物だったということなのだろう。当時としては大変斬新な小説を書いていた漱石が、実は保守的な心情の持ち主だったりする。
本筋は本筋として、その格調高い文章に感心するやら、苦戦するやら。哲学者である欽吾の難解な日記や、漱石自身の地の文、デビュー作だけあって気が張っていたのだろうが、この文章を綴るのにどれだけ推敲を重ねたのだろうか、夏目漱石って本当にすごい。