戡定後のビルマの村に急拵えの警備隊として配属された賀川少尉一隊。しかし駐屯当日の夜、何者かの手で少尉に迷いのない一刀が振るわれる。敵性住民の存在が疑われるなか、徹底してその死は伏され、幾重にも糊塗されてゆく―。善悪の彼岸を跳び越えた殺人者の告白が読む者の心を掴んで離さない、戦争ミステリの金字塔!
(「BOOK」データベースより)
国の態を成していない中国とナチスドイツに本国を蹂躙されている国の植民地を、日本軍は進撃を続けた。広大な占領地がそこにあった。
学生の頃、よく祖父から戦争の話を聴かされた。祖父は市井の人であったが、徴兵され、中国に出征した。占領地に駐屯する軍隊の日常は意外にも平穏だった。決して危害を加えてはならないという軍律があり、地元民との関係も良好だったそうだ。「子供に飴玉をやると、すごく喜ぶんだ」、祖父はそんなことを言っていた。
トラックに乗って哨戒中に、手を振っていた地元民が突然鉄砲を構えて撃ってきたことがあったそうだ。やはり戦争は戦争、死は日常と隣り合わせにあった。
住民に紛れた便衣兵の探索で、駐屯地は容疑者であふれていた。ある日、捕虜が護送中に祖父に体当たりを食らわせ、逃げ出したが、「スパイではない」と直感して、どうしても引き金を引けなかったそうだ。その日、祖父は「顔の形が変わるくらい」上官に殴られた。
一見日常のような非日常、平穏の影に隠れた不穏、信用と疑心暗鬼、不思議に閉鎖された不条理な世界の中では、この小説のようなことが十分起こりえるのであろう。
この小説には、祖父から聞いていた戦争体験があった。読みながら、祖父のことを思い出した。