話題の本はとっとと図書館本で読んでしまう、出版社の敵のような私であるが、多少なりとも出版業界に貢献するために、感動した本は、文庫本になった時に購入して読むようにしている。
15年の「このミステリーがすごい」「文春ミステリー」「ミステリが読みたい!」1位、「本格ミステリ」のみ惜しくも2位、第27回山本周五郎賞受賞、第151回直木賞候補、第12回本屋大賞7位という話題作が米澤穂信さんの「満願」であった。
話題作であるがゆえに、図書館本で早々に読んだ。あまりの面白さにほぼ一気読み。こういう本に限って、得てして内容を覚えていないものである。
改めて読んでみて、適度に忘れていたおかげで、新鮮な気持ちでまた一気読みしてしまった。
表題作以下珠玉の短編が6編、共通項はちょっとホラーっぽいミステリー、でしょうか。ホラーといっても、業を感じさせる重苦しい話あり、少しだけコミカルな話もあり。
この傑作をもう忘れないよう、あらすじを記しておくことにする。
「夜警」
短刀を振りかざしてくる男に立ち向かって発砲し、首を斬られて殉職した川藤巡査。しかし彼はすぐに拳銃を抜こうとする癖があった。そして失敗を小細工でごまかそうとする、警官にとことん向かない男だった。勇敢な行動の影に隠された真実に上司は気づき、そして事件を防げなかった自分を後悔するのであった。
「死人宿」
上司とそりが合わないという恋人の佐和子の相談に当たり障りのない講釈をすることしかしなかった私、そして彼女は私の前から姿を消した。佐和子が山奥の温泉宿で仲居をしていることを知った私は、車で宿に向かうが、その宿は自殺の名所だった。佐和子は、温泉の脱衣所に置き忘れられていた遺書を私に渡し、3人の宿泊客のうち誰が書いた遺書なのか突き止めるよう依頼する。佐和子の信頼を取り戻すために奔走し、遺書を書いた人物を突き止めた私、しかし、それで終わりではなかった。佐和子までも、死人宿に絡めとられてしまったのか。
「柘榴」
妙に女性に好かれる不思議な魅力を持つ佐原成海と、ライバルを押しのけ、父の反対を押し切って結婚したさおり。美貌の娘、夕子と月子に恵まれたが、父が見抜いたとおり、成海はまともに働くことができない、だめな男だった。夕子が高校受験を控えた年、二人は離婚をし、娘たちの親権を裁判で争うことになった。娘たちと暮らして育ててきたのはさおりであり、母親側が勝つはずの裁判で言い渡された意外な判決、夕子もまたさおり同様、女であった。
「万灯」
仕事一筋の商社マン、伊丹は、バングラデッシュの天然ガス資源の開発のための集積拠点として、ボイシャク村に目を付けたが、マタボールと呼ばれる村の指導者の一人、アラムの反対で交渉は難航する。賛成派の他のマタボールたちはアラムを排除するため、伊丹とライバル社の森下にアラムの殺害を持ちかける。アラム殺害に成功するも、心を病んで会社を辞め日本に帰国してしまった森下を口封じのために追う伊丹。完全犯罪のはずが、思わぬ裁きが伊丹を襲う。
「関守」
ライターの俺は、伊豆半島の先端にある桂谷峠の「死者を呼ぶ峠」の都市伝説の取材に現地を訪れる。そこのカーブでは4年で4件、死者5人の車の事故が起きていた。峠の途中にある寂れたドライブインで店主のばあさんに取材をする。店の脇にあったお堂の中の古い石仏に目が止まった。ばあさんに自分はライターで、この峠のことを記事にすると告げた時、俺は自分の意識が遠のいていくのを感じた。
「満願」
弁護士の藤井は学生時代に下宿していた畳屋の鵜藤重治の妻・妙子と連れ立って達磨市を訪れ、1つずつ小振りな達磨を買った。藤井が司法試験に合格し弁護士になったその4年後、妙子は夫・重治の借金返済を迫る貸金業の社員・矢場英司を殺害した。藤井は関係を迫られた挙句の殺人と妙子の正当防衛を主張したが、一審は懲役8年の実刑判決。控訴の準備をしていた藤井だったが、重治の病死を聞いた妙子が控訴を取り下げたため刑が確定してしまった。なぜ、妙子は控訴を取り下げたのか。あれは本当に正当防衛だったのか。後ろ向きに血痕をつけたあの時の片目の達磨に、藤井は妙子が殺人を犯してまで守りたかったものを知ることになる。
少し道尾秀介さんっぽい感じもするが、米澤さんの作品の中でもかなり傑作の部類でしょう。これでどうして直木賞を取れなかったのか、受賞作の黒川博行さんの「破門」と比べても全くそん色ないと思う。
短編の出来栄えに多少ばらつきがあったことが評価されなかったのか、先に山本周五郎賞を取ってしまったことがマイナスに作用したのかもしれない。
これを超える作品を書くことは中々にしんどいことと思うが、米澤さん、頑張ってください。期待してます。