「その時間、先生が校舎の五階から跳び降り自殺しないように見張っていてほしい」。大学OBの居酒屋店主からそう頼まれた匠千暁は、現場で待機していたにもかかわらず、小岩井先生をみすみす死なせてしまう。老教師の転落死の謎を匠千暁が追い、真犯人から「悪魔の口上」を引き出す表題作。
平塚刑事の実家の母屋で十三年間にわたって起こる、午前三時に置き時計が飛んできてソファで寝ている人を襲う心霊現象の謎と隠された哀しい真実を解く「無間呪縛」。
男女三人が殺害された現場から被害者二人の首と手首だけが持ち去られ、それぞれ別の場所に放置されていた事件の、犯人の奇妙な動機を推理する「意匠の切断」。
ホテルの九階に宿泊する元教職者はなぜエレベータを七階と五階で降りたか?…殺人事件の奇想天外なアリバイ工作を見破る「死は天秤にかけられて」。
ミステリの魔術師・西澤保彦の、四つの珠玉ミステリ連作集。
(「BOOK」データベースより)
今年の「本格ミステリー」7位、「文春ミステリー」10位にランクインした作品。匠千暁(タック&タカチ)シリーズ最新作だそうだが、自分は初読み。それなりに楽しめたが、やはり前作から読んでいた方が良いのだろうな。
短編が4編、夫々の事件の犯人の昏い心理、噴出する悪意、肥大化した自我、我田引水の論理展開、等々を知るにつけ、胸が悪くなってきた。読後感は中々に重たく、短編小説としてもなかなかに読みごたえがある。これが西澤さんの持ち味なのだろう。
一番おもしろく読んだのは「無間呪縛」。さほど本気ではない、蓋然性の低い仕掛けがまんまと当たって、思惑通り作人が起きてしまったことに対する後悔と罪の意識。それでも自分から言えずに堪える日々、発覚して罰せられたいという心情が切ない。
ただし、表題作についても、言葉だけでそこまで人を操れるものかなと疑問に感じたし、「意匠の切断」についても、その程度の動機で、ここまで残虐なことをするかなと思う。著者は本格ミステリー側の方と拝察するが、その当たりのご都合主義っぽいところも、いかにも本格ミステリーである。