自らの命と引き替えに、その強さを知った―剣聖と呼ばれた男の真の姿とは―。7人の敗者たちから描く、著者渾身の最新歴史小説。
(「BOOK」データベースより)
直木賞候補にもなったデビュー作の「宇喜多の捨て嫁」がすごく面白かったので、木下昌輝さんの本は「人魚ノ血」「日本一の軽口男」、そしてこの「敵の名は、宮本武蔵」と続けて読んでいる。「人魚ノ血」「日本一の軽口男」は今一つと感じたが、本作はデビュー作に並ぼうかという面白さである。
本作は「宇喜多の捨て嫁」同様の短編連作形式で、敗者の眼から見た宮本武蔵の話7編で構成されている。
「有馬喜兵衛の童討ち」は、自らの死に場所を求め、武蔵少年の最初の敗者となった武芸者・有馬喜兵衛の話。
「クサリ鎌のシシド」、吉川英治の「宮本武蔵」では、宍戸梅軒との対決は前半の山場的な扱いだったが、こちらのシシドは、仲間の少女を人買いから買い戻すために金を貯めている村の用心棒。村人から裏切られ、同じく用心棒を生業としていた武蔵と対決することになった。
「吉岡憲法の色」、代々「憲法」を名乗る吉岡一門の総帥、吉川源左衛門が武蔵と試合い、剣士生命を絶たれる大怪我を負う。その後一門は分裂、千代憲法の「これからは剣の時代ではない」という話と言い、自分の知る武蔵と吉岡一門との闘いとは全然違う話になっていた。
「皆伝の太刀」は、武蔵の弟子たちが見た剣の極地、飛刀の間。殺さずに勝つことが免許皆伝、武蔵の殺人剣が変わり始めた。
「巌流の剣」、これも吉川英治の巌流島の決闘と経緯が全然違う。武蔵の父・無二斎が津田小次郎を名乗って武蔵の剣友を斬り殺し、武蔵と小次郎の対決をおぜん立てする。父のくせにそこまでするか、無二斎。
ここまでは、血で血を洗う、凄惨な武芸者の因縁、宿命めいた話で、登場人物の中でもダントツに非情、無慈悲なのが武蔵の父、新免無二斎。そのイメージがガラリと変わるのが6編目の「無二の十字架」。
同朋の成敗を命じられ苦悩する無二斎、武蔵の出生の秘密。今までの話がすべてひっくり返る、殺人剣のカタルシス。武蔵は親の仇、無二斎を斬れるのか。
この展開は「宇喜多の捨て嫁」に似ていると言えば似ているが、手のひら返しの度合いは今回の方が徹底していて、「ん?なんですと!?」と思わなくもない。
最終話の「武蔵の絵」の主人公は再び吉岡源左衛門、あの対決から20年の歳月が流れている。武芸を捨て、染物屋として身を立てた吉岡が、九州にいる武蔵のもとを訪ねる。結局武蔵に会うことは叶わなかったが、彼の描いた画を見て「武蔵が変わった」ということを確信する。
宮本武蔵というと、誰でもまず吉川英治さんの大作を思い浮かべるのだろう。私は、大昔に読んだきりなのであまり記憶が定かではないが、武蔵は「剣の道」の求道者みたいなイメージがあった。
無論、どちらが史実に近いかと言えば、吉川英治さんの「宮本武蔵」なのだろう。でも、この本には、史実なんてどうでもいいじゃないと思わせるユニークな宮本武蔵像が、戦国時代が収まりつつある世相や、その時代の武芸者の生きざまとともに描かれてる。
「これこれという資料にこう書いてあるので、こういう歴史解釈もありだと思うのですよ」みたいな、地の文の記述が数か所あるが、「そんなこと、どうでもいいじゃない」と言わしめる面白さがこの本にはある。
157回直木賞候補にノミネートされたが、「宇喜多の捨て嫁」同様、今回も受賞を逸した。選考委員の方々は、こういう殺伐とした、救いのない話が好きではないのだろう。