「月の上の観覧車」(荻原浩) 人生はやり直せないから、今前を向かねばならない、哀愁漂う短編集 | 「晴走雨読」 廣丸豪の読書日記

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廣丸豪(ひろまる・ごう)と言います。日々の読書生活や、気に入った本の感想などを気ままに綴ります。

月の上の観覧車

閉園後の遊園地。高原に立つ観覧車に乗り込んだ男は月に向かってゆっくりと夜空を上昇していく。いったい何のために?去来するのは取り戻せぬ過去、甘美な記憶、見据えるべき未来―そして、仄かな、希望。ゴンドラが頂に到った時、男が目にしたものとは。

長い道程の果てに訪れた「一瞬の奇跡」を描く表題作のほか、過去/現在の時間を魔術師のように操る作家が贈る、極上の八篇。

(「BOOK」データベースより)

 

「オイアウエ漂流記」「押入れのちよ」「コールドゲーム」、荻原さんの作品は「新潮文庫の100冊」に選本されたものを読んで、多彩な作品を書く人だなという印象を持っていた。でも、今年の「新潮文庫の100冊」は、直木賞受賞作の「海の見える理髪店」と同じテイストの作品。半ばを過ぎた人生でふと立ち止まり、来し方を多少なりとも後悔の念を持って振り返る、しんみりとした短編集である。

 

「海の見える理髪店」は壊れてしまった親子関係をモチーフにした短編集だったが、こちらは仕事と夫婦・家族が絡んだ話。

「トンネル鏡」は、バブル期を証券マンとして過ごした男が、仕事と家族を失って田舎へ帰る。

「上海租界の魔術師」は、晩年は厄介者だった老魔術師の祖父の人生を、孫娘が振り返る。

「レシピ」は熟年離婚を決意した夫人が、料理を通じて若き日の恋愛を語る。

「金魚」は最愛の妻を亡くし、うつ病になってしまった夫の回想。

「チョコチップミントをダブルで」は、離婚した妻に引き取られた娘との年1回のデート。

「ゴミ屋敷モノクローム」は、夫との思い出の家をゴミで埋め尽くした老婆。

「胡瓜の馬」は、結ばれなかった昔の恋人の死に動揺する男。

表題作の「月の上の観覧車」は、映画監督の夢をあきらめ、家業の旅館を継いで必死に生きてきた男が、失くした家族を想う。

 

人生の折り返しを過ぎ、あるいは終盤を迎え、主人公は必ずしも幸福と言えない。大切なものを喪失し、後悔もしている。でも、絶望しているわけでもない。

あの時こうしていればという想いは、一定の年齢になれば誰しもあるものだ。自分も、後悔していることは多々ある。あの日あの時に戻りたいと思うこともある。

でも、もしタイムマシンがあったらもう一度人生をやり直してみたいかと言えば、そうでもない。失敗も、後悔も、全部ひっくるめて、一度だけの自分の人生、そう思えばこそ、Never too lateで前を向ける。

 

直木賞を取った「海の見える理髪店」は、表題作の出来が群を抜いて良かったが、こちらは8編とも粒が揃っている。個人的に一番気に入ったのは「上海租界の魔術師」かな。

それぞれの短編の主人公の人生に自分を重ね、「頑張れ」「お疲れ様」と声をかけたくなる、秀作である。