「日の名残り」(カズオ・イシグロ) | 「晴走雨読」 廣丸豪の読書日記

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廣丸豪(ひろまる・ごう)と言います。日々の読書生活や、気に入った本の感想などを気ままに綴ります。

日の名残り

(内容)

品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

(感想)

英国・ガーディアン紙が09年に発表した「1000 novels everyone must read: the definitive list」というのがあります。

当たり前ですが海外小説ばかりで、知らない作家さんの小説も多く、日本語訳が出ていないものも1/3くらいあり、数えたら1000冊中23冊しか読んでいなかった。まあ、絶対に読み切れるはずもないリストなのですが、知っている作家さんを見つけては時々読んでいます。

難しくてよくわからない本も多い中で、時として思いがけない秀作に当たることもある。カズオ・イシグロさんのこの本も、そんな一冊でした。

 

全編が英国の年配の執事のモノローグ、というか淡々とした昔話。読み始めはこれがずっと続くのかとややうんざりしたのですが、途中からぐいぐい引き込まれました。優秀な執事といえば「黒執事」か「メイちゃんの執事」しか思い浮かばない私ですが、この本の主人公の話は、まさに古き良き時代の英国の正統派の執事の生きざまでした。

二つの世界大戦の狭間の時代に、ノブレス・オブリージュを全うしようとする英国貴族に仕え、戦後は屋敷を買収したアメリカ人に仕える。

平和と諸国間の協調を願い、屋敷で開かれる数々の秘密の外交会議。それがために戦後はナチス・ドイツの協力者呼ばわりされ失意のうちに死んだ、主人公が敬愛してやまないダーリントン卿との思い出。旅先でかつての女中頭に再会し、彼女の当時の恋心に今更ながら気が付く朴念仁ぶり、20年越しの失恋。過ぎ去りし思い出をたどりながら、自分が執事としてしてきたことは決して間違いではないと納得する一方で、一抹の後悔も感じるスティーブンス。

ゆるぎない職業意識、自己の抑制と主人に対する忠誠にdignityを感じさせる一方で、没落する旧大陸と勃興する新大陸、否応ない時代の流れ、価値観の転換に戸惑うさまに少しだけ滑稽さを滲ませる、著者の筆致はなんともみごとです。

 

ラストシーンもいいです。

旅先での夕暮れに、今までの自分の人生を想う。世の中は変わった。自分が大切に守ってきたものは失われつつある。でも、決して絶望ではない。時代や今までの価値観に殉じるのではなく、前を向いて残りの人生を歩もうとする主人公の残された人生を応援せずにはいられますまい。