(あらすじ・内容)
1944年6月、ノルマンディー上陸作戦が僕らの初陣だった。新兵ティムは、特技兵(コック)、銃は持つが、主な武器はナイフとフライパンだ。ティムは、冷静沈着なリーダーのエド、お調子者のディエゴ、無口なダンヒル、調達の名人で容姿端麗のライナス、小柄なスパークと長身のブライアンの衛生兵コンビ、赤毛のオハラ、文学青年のワインバーガーら後方支援を任務とする個性的な仲間たちとともに、度々戦場や基地で奇妙な事件に遭遇する。
不思議な謎を見事に解き明かすのは、普段はおとなしいエドだった。忽然と消え失せた600箱の粉末卵の謎、オランダの民家で起きた夫婦怪死事件など、戦場の「日常の謎」を連作形式で描く、青春ミステリ長編。
(感想)
15年の「このミス」「ミステリが読みたい」で2位、「文春ミステリー」が3位、第154回直木賞でも候補作になった作品です。もうじき発表になる今年の本屋大賞でも候補作に入っている作品です。
日本人にとっての第二次世界大戦って、ほぼイコールで大東亜戦争なのだけども、この小説の舞台はナチス・ドイツと戦う連合国のノルマンディー上陸作戦。日本人の新人作家が、あえてなじみのないテーマで、ここまでのものを書ききったということに新鮮な驚きと作者の非凡さを感じます。
直木賞の選考では、桐野夏生さんと伊集院静さんがこの作品を押していたのですが、他の先生方からは「なぜ日本人がこの戦争の話を書くのか」「ミステリーがちゃち」と酷評を受けました。
ミステリー小説としては、語り部のティムがワトソン役でホームズ役がエドなのですが、そもそもがトリックで読者を唸らせる作品ではない。パラシュートを集めたのも、粉末卵が無くなったのも、オランダ民家でのおもちゃ夫婦の怪死も、戦場の幽霊も、彼らにしてみれば過酷な戦いの合間の「ささやかな謎」にすぎず、それを解き明かすことで何かが変わるわけでもない。
でも、戦争という非日常の環境下での、彼らにとっての日常生活の中で生まれた謎は、トリック自体よりもその事件の背景にあったものを感じるべきで、それがけっしてちゃちなものだとは思えない。
また、あの大東亜戦争と同時進行で進んでいたこの戦争を日本人が書くことが、意味のないことだとも思えません。
ミステリーに注目するよりも、敵を前に高揚し、無抵抗の敵兵を撃って落胆し、ブライアン、オハラ、エドの死に動揺し、ダンヒルのために奔走する主人公のティム、彼と彼が無二の親友と感じていたエド、この二人の描かれ方はミステリーの範疇を超えて深かったと思います。
エピローグは1989年、「壁」が崩壊するベルリンのマクドナルドに、老境に入った戦友たちが集う。このシーンが実に良い。
本屋大賞の候補作10作の中で私が読んだのは、これと、「火花」と「世界の果てのこどもたち」の3作。3つの中では私はこれが一番です。